自己満足でしかないけど…
殻雛さんは少し黙って、そして私の目をはっきりと見て言葉を返して来た。
「恋敵さんの気持ちはわかった。でもそれはあなたがしない理由だよね?私を止める理由は何?相手が可愛そうだから?それとも正義感?」
「…違う。私は私がどうにか出来ること以上の惨状を見たくないだけ。もう嫌なの。見たくもない物を見させられ続けた。後は責任を取りたくないの」
「責任って何?私が何をしても私の責任だよ。私以外の人が何かしても恋敵さんが責任を取る必要はないでしょ」
「それはそうなんだけど心情的には割り切れないでしょ。それに私なら防げることを防がないのは寝覚めが悪い。結局自己満足だし言い訳できるようにしたいだけだけど」
「言いたい事はわかる。でも、納得出来ない!なんで私だけ我慢しないといけないの?」
「殻雛さんはさ、仮に復讐を終えたとして本当に催眠アプリを手放せる?」
「え?」
「復讐を実行に移したって事はアプリの機能は当然試したでしょ?」
「家族とか近所の人で。でも私はひどい事はしてない。機能を試しただけ」
「使ってみてどうだった?」
「どうって特には何も」
「楽しかったでしょ?」
「え?」
「人を操れば自分の望みが叶う。勉強をしなくてもテストで100点を取れるし、好きな大学に入る事も出来る。お金も物も手に入れられる。付き合いたい人と付き合えるし、嫌いな人を殺すことも出来る。そうわかったでしょ。それなのに本当に催眠アプリを手放せる?」
「それは…」
「賭けてもいいよ。絶対に惜しくなる」
殻雛さんは言葉に詰まったようで無言でこちらを見つめてくる。
「私ね、テレビとかで催眠術を見ると怖くなるの」
「何で?あんなの偽物でしょ」
「まあそうだろうね。でもさ、本物だとしたら怖くない?」
「どういう所が?」
「催眠ってさ、脳に作用するわけでしょ。その場では影響がなさそうに見えても後々重大な問題が出てくるかもって思っちゃうの」
「恋敵さんが催眠を使いたくない理由がそれ?」
「そう。頭の中をいじるのよ。何が起きるのかわからないし、責任を取れない」
「それも治せるんじゃないの?」
「治せるだろうね。でも何度も催眠を掛けたら悪影響が出るかもしれない。それにどんな形で影響が出るかはわからない。私がその場にいるとも限らない。催眠なんて使わない方がいいんだよ」
「だからそれは恋敵さんが使わない理由でしょ!」
「まあ納得できる訳ないよね。だからさ、こんなのはどう?」
そういうと私は座らされている三人の方を向く。そして。
「《痛み》」
そう一言発した。
それだけで三人は顔をしかめてうめき声を漏らす。目には涙が溜まっている。
「これはね、脳で直接痛みを感じるの。それもそれぞれの人が感じる最も辛い痛みを。和らげる方法はない。この痛みではショック死することは無いし、常軌を逸する事も無いの」
「…それで?」
「もういいわ」
その一言で痛みは消える。それでも三人は先ほどの苦痛に喘いで焦点が虚ろになっている。
「ねえ、私はね、この後あなたたちの記憶から消える。正確に言うとあなた達に催眠を掛けたのが誰なのかわからなくなる。あなた達がこの先、人の道を外れた事をすれば私はまた同じことをする。これから先、近くにいる人がもしかしたら私かもしれないと怯えながら生きていく事になるよ。遠くに行っても無駄。遠隔でも発動できるから。あなたの近くにいる人に催眠を掛けて報告させるかも」
「あの、人の道に外れた事ってどんな事ですか?」
「自分で考えてください。少なくとも普通に生きている分には何もしませんし、正当防衛とかにも文句を付ける気はないです」
「これが恋敵さんのやり方?」
「そうね」
「私のする事と何が違うの?」
「え?」
「あなたがした事と、私がしようとした事にどんな違いがあるの?確かに殺す事を止めるのはわかる。でも一生残る怪我をさせる事と、一生残るトラウマを刻むことに大きな違いがあるとは思えない。まして、一生怯えさせながら生きさせるなんてそれこそ人格を歪めるでしょ。あなたは身体が無事ならそれでオッケーって事?」
「そうは思わない。けど、身体は取り返しがつかないでしょ」
「心ならどうとでもなるって言いたいの?苦しい記憶なんてどうとでもなるって」
「…違う。絶対。でも私ならどうにか出来る」
「あなたならそうね。…ねえ、もし私からいじめの記憶を消してって言ったらしてくれるの?」
「…望むなら」
「本気じゃないからやめてよ」
「うん」
そこで二人とも話さなくなった。殻雛さんは三人の方を向いている。声を掛けたいけれど、なんて言っていいのかわからない。三人はずっと怯えた目でこっちを見ている。気持ちはわかるけれどやめて欲しい。その目で見続けられるのは本当に辛い。ただでさえ苦しい話し合いをしているのにそんな目で見られると逃げ出したくなる。
数分後殻雛さんはゆっくりと振り向いた。
「こいつらからさっきの痛みの記憶消してあげて」
「え?」
「その代わりこいつらの土下座を動画で撮る。私に手を出させないように催眠を掛けて。私もこいつらが変な事をしない限り動画をばらまくことはしない」
「それでいいの?」
「良くはない。でもこれなら恋敵さんの提案よりは影響が少ないでしょ」
「そうだね。ありがとう」
「あんた達どうする?この提案受ける?断ってもいいよ。そっちの方が苦しいと思うから」
「土下座します」
そしてその場で三人の催眠を解き自ら土下座させた。
「ずっとあんた達に頭を下げさせたかった。でも虚しいだけねこんなもの。後の催眠は恋敵さんの方でしてくれるの?」
「わかった。やっておくよ」
「そう。じゃあこれ」
そう言って殻雛さんはスマートフォンを渡して来た。私は催眠アプリを抜いて返す。
「恋敵さん。あなたひどい人ね。話を聞くなんて言って最初から結論ありきなんだね。まああなたは誰でも操れるんだから私の頼みなんて聞く必要ないもんね。結局は私の話を聞いたって自己満足したかったんでしょ。それとも言い訳をする為?罪悪感を減らす為?まあ何でもいいけど自分の為でしょ」
「…どう思って貰ってもいいよ。あなたは本当に強い人だよ。ありがとう」
本当に強いよ。私なんかよりもずっと。
殻雛さんは何も言わずに屋上を降りて行った。高野さん達にも処置をして解放する。殻雛さんに関しては遠隔で催眠を使い遅刻と怒られないようにしたけれど、高野さん達は怒られるだろう。そっちに関しては知らない。そのくらいは我慢して欲しい。
誰も死ななかったし、殻雛さんは催眠を自ら手放した。私が殻雛さんに催眠を使う事もなく終わった。催眠も殆ど掛ける事は無くて済んだ。理想通りには遠いけれどかなり良い終わり方を出来ははずだ。満足しないと。そう思うけれど…。
「お疲れ様」
そう言いながら否穂が扉から出てくる。もしもの時の為に待機してくれていた。私がいいと言っても心配して誰か一人ついていてくれる。本当にありがたい事だ。私は恵まれている。それは間違いない。でも…。
「否穂…これ一生続くのかな…」
「学校サボってクレープ食べに行こ。二人も誘ってさ」
「…うん」




