出来る事・出来ない事
催眠災害(と私が呼んでいる物)とは何か。それは催眠ツールを手に入れた人たちが自らの欲望のままに使い、好き勝手に振舞い人を巻き込む事だ。言剥なんてかわいい物で人を物扱いする奴は沢山いた。催眠ツールを持っている人同士で争って殺し合う事もあった。理不尽に巻き込まれた人達にとっては災害みたいなものだろう。そしてそれを解決しないといけない私も災害に巻き込まれたようなものだと思っていないとやっていられない。一応加害者側だって、催眠ツールなんて物が無ければ何も出来なかったはず。災害に巻き込まれたと言ってもいいと思う。それで催眠災害。まあ、私が心の中でそう呼んでいるだけだからどうでもいい話だけれど。
解決しないといけないと言ったけれど、私が勝手に片付けているだけで、誰かに頼まれた訳でもないし、許可を得ている訳でもない。何ならその資格があるのかと聞かれればないというしかない。
ぶっちゃけもう首を突っ込みたくはない。嫌な物を見過ぎたし、私の時間だって奪われていく。学校で授業を受けていても、デートに行っていても寝ていても関係ない。嫌になる。
それならなぜ解決しているのか。枯花にそう聞かれた事がある。その時は対抗できるのが私だけだし、困っている人を見捨てる事なんて出来ない。私に出来る事があるならしたい。そんな風に答えた。嘘じゃない。でもそれが全てでもない。私はそれ以上に愛に嫌われる事が怖いのだ。愛はまたねと残して消えた。それならもう一度会えるはず。会えるに違いない。きっとそう。間違いない。そう自分に何度も言い聞かせている。
そして再開した愛に失望されたくない。特別な力を持っているのに助けられる人を助けずにいたら愛は私に失望してしまうかもしれない。責めるかもしれない。そして私の元を去っていくかもしれない。そう思うと眠れなくなる。怖くなる。愛は多分そんな事は思わない。責めない。失望しない。そう何度思っても本当に?と考え止まらなくなる。愛に嫌われるリスクがあるなら見たくない物を見続けても首を突っ込み続けよう。それに愛は私が他人を助け続けていれば褒めてくれるかもしれない。もし褒めてくれればそれだけで全て報われる。それを期待している。愛に誇れる自分でいたいという気持ちと恋理に対する罪滅ぼしの気持ちもあるけれど。
◇◇◇◇◇◇
「殻雛さん。やめて」
「うるさい!近寄らないで!あなたには何もしないから邪魔しないで!」
お昼休み。私は本来立ち入り禁止の屋上で大声を出していた。本来立ち入り禁止だから当然だけど掃除なんてされていなくて汚い。暑いし正直いたくはない。けど教室に戻る訳には行かない。何せ目の前で飛び降り他殺が起きようとしているのだから。それも一人じゃない。三人。クラスメイトの高野さんと木原さんと隣のクラスの管浅井さん。木原さんは男子で後の二人は女子。三人とも靴を脱いで柵を乗り越え飛び降りる寸前といった状態だ。
何故他殺なのかといえばそれは催眠で操られて飛び降りようとしているから。そしてそれを実行しようとしているのが殻雛志鳥。彼女も同じクラスメイト。ただ、学校には余り来ていないので殆ど話した覚えはない。けれど何故今こんな事をしているのかは察しがつく。
「助けてお願い!死にたくないの!今までの事は謝るから!」
そして泣きながらの懇願を「うるさい!」の一言で切り捨てている。彼女がされた事を考えれば無理もないけれど。
「あの、殻雛さん。本当にやめて。三人とももう腕限界だよ」
「うるさい!なんで催眠が効かないのよ!」
この質問は毎回される。同じ説明を何度もしているのに上手くなっていない気がするのは何故だろう。言剥したのと同じ説明をする。反応も似たようなものだ。ずるい、おかしい、卑怯、取引しよう、見逃して欲しい。だいたいこのどれか。けれど殻雛さんは少し違っていた。
「ありがとう」
「え?ありがとう?何が?」
「あなたのおかげで復讐が出来る。昔の私じゃどうしようもなかったから。終わった後なら回収でもなんでもすればいい」
「あの?私はその復讐を止めたいんだけど。後私のおかげじゃないよ」
「ねえ、私がこいつらに何されたか知っている?」
「何となくは。話はいくらでも聞くから高野さん達をとりあえず解放てくれない?」
「やだ」
「じゃあせめて一度柵の内側に戻して座らせてあげてよ。もう手が限界で催眠関係なく落ちそうだよ」
「わかった。一旦ね」
屋上に座らされている三人は怯えた目でこちらを見てきている。気持ちはわかるけれど、助けようとしているのだから止めて欲しい。後、屋上あんまりきれいじゃないからスカートとズボン汚れそう。まあ、正座じゃなくて体育座りなだけましだよね。多分。
「話を聞いてくれるって事は交渉出来るって事でいい?恋敵さんの話だと、私含めてほぼ全ての人間を操れるんでしょ」
「うん」
「ならそもそも私の話を聞いてくれる必要なんてない。最初から実力行使しなかったことも含めて恋敵さんは余り催眠を使いたくない。どう?」
「その通りです」
正直、殻雛さんの事が怖くなっています。こんな風に冷静に話をしてくる人は初めて。
「私が中学の時からいじめられていたことは知っている?」
「うんまあ一応」
私は殻雛さんとは違う中学だった。それでも高校に入ってから殻雛さんがいじめられていたことは耳に入ってくるくらいだったから相当酷くやっていたことは察しが付く。
事実殻雛さんが話してくれた内容は途中で耳をふさぎたくなる内容だった。私は人が道を外れた姿を沢山見てきたから耐えられるけれど、そうでなければ吐いていた。
「ちょっと待ってね。高野さん殻雛さんの話は本当?」
「その昔の事で憶えてなくて、そこまで酷い事はしてな」
「《本当?》」
「本当です」
「高野さん、こっちの話聞こえているよね?それに催眠にかけられているならわかるでしょ。嘘はつけないよ」
「ごめんなさい!心から反省しているから!本当に!謝らせて!」
後の二人も頷いている。信じたい。信じたいけれど…。
「《本音は?》」
「なんで私がこんな目にあわなきゃいけないの?そもそも」
やっぱり、人は簡単には変わらない。残念だけれど。なんかもう落胆する事もなくなった。いやまあ、人の本心なんて普通は聞けない事を無理矢理来ているのに落胆するなんて身勝手な話だけど。
「違うの!これは」
「あもういいや。《黙っていて》」
「わかったでしょ?何にも反省なんてしていない。こいつらは私が片親だからというだけで散々いたぶって来たの。しかも、親が偉いからって堂々とね」
「その、あのなんて言っていいか」
「何も言わなくていいから。何言われても怒りも痛みも消えない。だから私は復讐したい。だけど一人じゃ難しかった。その時この催眠アプリが携帯に入っていた。これはチャンスだと思った。この機会を逃したくない」
「気を悪くしたら申し訳ないんだけど、殻雛さんに同情している。正直私はさ、復讐を止める気はないの。だって、最初にした方が悪いし。私だって余りに酷い事をしていた奴には私刑をした事あるし」
「なら私の事も見逃して。こいつらを殺したら私の事は好きにしていいから」
「それは出来ない」
「じゃあ身体の一部を治せないくらいに壊す。それならいい?一生後悔しながら残りの人生を生きさせる」
「それも駄目」
「なんで?」
「私は今まで催眠で被害に合った人を何百人も見てきた。その中には壊された人も何人もいた。私の力はね、頭の中の事なら大抵何でも出来るの。消したい記憶だけを消す事も、トラウマだけを消す事も出来る。逆に忘れてしまった事を思い出させることもね。勿論、仮初の記憶を創る事も出来る。常軌を逸してしまった人を戻すこともね。私には理屈はわからないけれど、委縮してしまった脳を戻すこともね」
「そんなことまで出来るの?」
「そう、出来る。脳に関する事なら現代医学でも出来ないことも出来る。だけど身体は無理なの。失った物は戻せないし、ケガを治す事すら出来ない。それで苦しむ人を何人も見てきた。私がその人達の記憶を変えたりしていた。痛みを消す事はともかく、身体の一部が無いのは元からだって記憶を変えたりした。ただの自己満足で卑怯な行為。許される事だとは思ってない。まあ、誰にも責めさせる気はないけど」
そこで私は言葉を止めた。殻雛さんの反応を見る為に。




