愛の話
遠藤愛は特別だった。特別頭が良かった訳でもなく、運動が出来た訳でもない。何か一芸に秀でていた訳でもない。それでも愛は間違いなく特別だった。何がと聞かれても具体的には答えられない。愛という人間そのものが、その存在自体が特別だった。私は愛が天使だと言われても悪魔だと言われても、女神だと言われても信じた。仮にこの世界は愛の為に存在していると言われても納得していた。
愛は誰からも好かれていた。愛と会った人全てが好意を抱いていた。普通はそんな事はありえない。でも愛は普通じゃない。本当に全ての人に好かれていた。愛と話した全ての人間が愛の事を特別だと思って自分とは違うと考えて理想を抱いていた。愛が生きているだけで世界に光が溢れて愛が息を吸うだけで世界が浄化されて愛が話すだけで世界に祝福の言葉が流れる。理由なんてなくて愛という人間が全ての人の理想を具現化している。きっと皆がそう思っていた。別に愛は完璧じゃなかったからミスをするし変な事を言ったりもしたけど誰も失望する事なんて無かった。愛に理想を抱いてその理想が叶わなくても失望しない。そんな矛盾が愛に対しては矛盾じゃなかった。
愛がそんな事をするかは別として、いきなり目の前にいる無関係な人を刺したとする。愛がこれには理由があるから私は悪くないと言えば、99パーセントの人が納得する。その理由がどれほど適当なものであっても。決して催眠じゃない。愛の存在そのものを世界の全てが肯定し、包み込んでいる。そんな感じだった。
私が愛と出会ったのは小学二年生の時。私が恋理と公園で遊んでいる時に私も混ぜてと言ってきた。そして今日引っ越して来たのと。愛は引っ越して来た時から一人暮らしだった。お金はどうしているのか、親は何処にいるのか、様々な手続きはどうやっているのか等、誰も聞かなかったし、愛も何も言わなかった。ただ、小学二年生から失踪するまで子供が一人暮らしをしているという異常を全員が受け入れていた。
愛は私達に異世界から引っ越して来たと言った。そして自分の名前を終わる私で遠藤愛だと言った。当時は意味がわからなかった。正直今も何を言いたいのかはわかっていないけれど、兎に角カッコいいと思った事は憶えている。ともかく、単純な私は愛を見たその時から見惚れていた。容姿ではなく、存在そのものに。理由はわからない。ただ、子供心に愛は私とは違う、他の人とも違う愛は特別な存在なんだと思った。事実愛はずっと特別で誰もがそう扱っていた。そんな愛と友達として話せるだけで私の顕示欲は満たされ、空虚な優越感を感じていた。
だから愛に付き合おうと言われた時は驚いたし、それまでの人生で一番嬉しかった。付き合うって恋人としてだよねと聞き返す私に愛は笑いながらそうだよと答えた。
「悲愛は女の子が好きなんでしょ?隠しているけどわかるよ。良いでしょ」
「愛も女の子が好きなの?」
「ん~悲愛だから好き。それだけ」
「私でいいの?本気で言っているの?」
「どっちかっていうと悲愛が私でいいのかじゃない?私の事そういう対象とは見ていないでしょ」
それは事実だった。愛は私にとって友人で更に言えば崇拝に近い感情を持っていた。ただ、それは恋愛対象として見ていなかった訳ではなく、愛と私が付き合えるはずがない、釣り合っていない、友達としていられるだけでも奇跡だという諦めだった。
愛と付き合えるのは神に選ばれるような人間だけだと思っていた。
愛に告白された時私は気がつけば感情が抑えられず泣いていた。泣きながら愛に私でいいのと何度も聞き返していた。愛は私の背中を撫でながらこっちのセリフだよと笑っていた。愛からの告白に私は泣いてグダグダになりながらはいと答えた。
こうして私たちは付き合い始めた。心の底から幸せな時間だった。
けれど、これこそが恋理が催眠を創るきっかけになった。
7話は明日更新する予定です。




