後片付けって疲れるよね
次の日、私は自分のクラスで机に突っ伏していた。結局あの後後処理に一晩掛かった。それも言剥の方が片付いただけだ。まだやる事は沢山ある。気が重くなる。まあ言剥の方だけでも一晩である程度方が付いたことを喜ぶべきなんだろう。
それにしても眠い。昨日ほとんど寝ていないのだから当然だけど。あと10分で授業が始まるけれど、まともに受けられる気がしない。テスト前だから大切な授業なのに。
「おはよう恋敵さん。昨日はお疲れ様」
「おはよう委員長。昨日はありがとう」
「気にしないでよ。人助けなんだから」
委員長の家は旅館を運営している。昨日の男性もその旅館で面倒を見てもらっている。なぜそうなったのかといえば、前に私が助けた事があったからだ。それも催眠関連で。委員長のお父さんに逆怨みしている人が催眠ツールを手に入れて、旅館を乗っとられ殺されかけたのだ。そこを私が助けた事で感謝され、協力関係を結んだ。
催眠被害に合った人がいれば旅館で一時的に保護してもらい、面倒を見てもらっている。はっきり言えば監視だ。催眠に掛けられていた時の事を思い出してしまえば、精神的に不安になる。自傷行為は出来ないようにしているけれど、精神が不安定な状態では何をするかわからない。信頼出来る人たちに見ていてもらえるならそれが一番だから。
私には事情を話したうえで協力体制を築いている人たちがいる。警察や市役所、病院等。催眠被害に合った人たちを保護してケアして後処理をする。催眠を使えば一人でもなんとかなる。でも私一人じゃ時間が足りない。一人だけを何とかしようとしている内に助けられる人に気がつかず間に合わないかもしれない。それに色々な人に協力して貰えれば催眠を掛ける回数が減る。まあ、その人たちに私が催眠を悪用しているとか疑わないよう催眠を掛けているけど。申し訳ないとは思うけど協力者にまで疑われたら私の精神が持たない。結局催眠に頼っているのは私の弱さ。わかっているけど使ってしまう。最初は一人で全てやろうとしていた。それで限界に近づいていた。あのまま一人でやろうとしていたら耐え切れなくなっていた。
「後は放課後に話すね」
「わかった。授業頑張って。あれならノート見せてあげるから」
「ありがとう」
そう言って私は授業までの数分目を瞑って過ごした。
結局今日一日まともに授業は受けられなかったし、お昼は何も食べずに寝てしまった。幸い弁当ではなく購買で買うつもりだったので無駄になる食材は無かったけれど、おかげでお腹は空いている。
そんな状態だけど私は委員長と虚雨の三人で旅館に向かっている。旅館へは昨日催眠に掛けられていた男性に会って、催眠に掛けられていた間の記憶をどうするか決めるためだ。記憶を消すか変えるかそのままにするか。最終判断をするのは私ではなく、本人であるべきだと思う。つらい決断になると思うけど私が勝手に決めていい事じゃないから。
これからそんなシリアスな話をしないといけないのに私はずっと空腹に悩んでいる。お腹がならないか心配だ。気心知れている二人とはいえ、聞かれるのは恥ずかしい。否穂は今日も部活だし、枯花は用事がある。そもそも今日は私だけでもなんとかなるのだけど、虚雨は心配して着いて来てくれた。
「大丈夫?どっか寄っていく?」
空腹な事は気にしていないふりをしていたのに虚雨には普通にばれていたみたいだ。恥ずかしい。嫌考え方を変えよう。私の変化に気がついてくれる自慢の彼女だって。…まあお昼食べていないから誰でもわかると思うけど。
「いいよ、ダイエットだと思って我慢する」
「旅館で何か出す?」
「いやそれは悪いよ」
「スムーズに終わるかわからないし、夕食食べてきなよ。虚雨も」
「そう言う事ならご馳走になります」
「私も。ありがとう」
「それで?昨日の顛末教えて」
「顛末って言ってもいつもと変わんないよ。言剥に催眠掛けて家族呼び出してもらって、三ヶ月間の記憶を書き換えた。幸い外では使ってなかったみたいだし、どんな催眠を掛けているかをひたすら聞いてそれを辻褄合うように記憶書き換えてってその繰り返し。嫌になるよ」
この作業は本当に疲れる。言剥の例でいえば、夫の不倫を催眠で止めさせたのを自然消滅したことに変え、冷え切った夫婦仲が良くなったのは些細なきっかけがあった事にして、息子が悪い仲間と手を切ったのは周りについていけなくなったことにして、と、出来る限り家庭内で記憶の辻褄が合うように切り替える。これから先、記憶を書き換えた事で今後違和感を生じる事も有るはずだ。けれどそこまで面倒を見ていられない。実を言うと一度催眠を解いてみた。その結果、二人はぶち切れ殴ろうとした。殺す勢いだったので、催眠で記憶を書き換える事にしたのだ。まあ、家族に掛けていた催眠は傷つけよとしたものではなくて、仲を修復しようとしていた事が分かる内容だったから少し同情したのもある。
催眠掛けられていたことを自覚させて無理矢理でも話合わせる事も出来る。本当はそれが正しいのかもしれないけれど、家庭が崩壊するのも忍びない。勝手な事をしている自覚はあるけれど、そもそも最初から私が勝手に首を突っ込んでいるので開き直る事にしている。
「あの男の人は大学生なんだって。行きつけのカフェでバイトしていてずっと可愛いなって思っていたらしいよ。それで催眠アプリを手に入れてついペット扱いしちゃったんだって」
「うわあ」
委員長がドン引きしている。私はこのくらいの事では驚かなくなってしまった。間違いなく悪い事だ。
「それで週に数回家まで来てもらって可愛がっていたらしいよ。他の家族にはただのペットに見えていたみたい」
「それで?どういう風に書き換えたの?」
「親戚から預かっていた犬。そう書き換えた。頻度が多すぎるとかそんな親戚いないとかその辺の事は疑問に感じないようにしてね。今までは家で楽しんでいたらしいけど、つい外でも楽しみたくなったんだって。それで公園とか公民館とで場所指定の催眠を試してどのくらいの事まで出来るのか範囲はどの位とか実験したんだって。で、折角なら公園で堂々と楽しむことにしたんだってさ。それで公園に呼び出して服脱がせて散歩して。そこを否穂が見つけたわけ。私日付変わってから公園に服回収しに行ったんだよ!その服、家に忘れてきちゃったけど…。それでそっちはどんな様子だって」
「木喪雲さんって言うらしいよ。お昼頃ようやく話してくれたって。催眠解けた後は朝まで吐いて泣いてを繰り返していたって。多分記憶書き換えないと駄目じゃないかってお母さんが言っていた」
「やっぱりか。まあしょうがないよね」
「書き換えるとしたらどうするの?」
「うーん、言剥家に家事代行のバイトにでも行ったって事にしようかな。言剥家の人たちに掛けた催眠とは違うけれどそこはまあ催眠で何とかする。勿論、辻褄を合わせのバイト代は言剥家から出してもらうよ。そのくらいはしょうがないよね。その後、お金の事でもめてもそこまで介入する気はない」
「いいでしょ。それで。悲愛は親切心で解決してあげているだけでしょ。正義の味方でもないし」
「ありがとう」
親切心で他人の家庭をいじるのはいいのか。良くないはずだ。お金も勝手にとる訳だし。そもそも私にはその権利は無いわけで。それでも加害者は少しくらい罰を受けてもいいだろう。そう思ってしまう。
催眠被害を受けた人の大半は受けていた時の事を受け入れられず、記憶の抹消や書き換えを望む。当然だし仕方ないと思う。責める事は出来ない。自分は何一つ悪くないのに理不尽に晒されて一生癒える事はないであろう傷を心、場合によっては身体にも負う。時間、尊厳、人とのつながり、お金や物。かけがえのない物をいくつも奪われ壊され汚される。催眠で止めなければ突発的に自殺しようとした人も受け入れきれずに壊れかけた人もいる。
そうなるくらいなら忘れてしまえばいい。嫌な事を受け入れられない事を忘れられるならそれでいい。私にはそれが出来るし、その選択を責めるつもりはない。その権利もないし。
ならなぜ私がわざわざ催眠を解くのか、苦しい思いをさせてまで自分で決断させるのか。それは出来るだけ記憶を書き換えたくないからだ。私はこの催眠の力を完全には理解していない。もしかしたらいつか解けるのかもしれない。その時に私はそばにいないはずだ。もし解けた時に受け入れられなければ結局傷つき、苦しむ。そのリスクが無いとは言えない。なら苦しくてもありのまま記憶を受け入れて欲しい。そしてもう一つ、他人の頭の中をいじるのは怖い。何度やっても。だって自分の意志一つで記憶も感情も全て自由に出来てしまうのだ。怖い、怖くて仕方がない。本当に必要な処置だけ出来たのか、他に何か無意識でしてしまっていないか、元通りに出来たのか、そう思うと止まらないし吐気がする。
消したくはない。けれどそれは私の我儘でしかない。決めるのは本人であるべきだ。だから私は決断を受け入れる。それがどんなものであっても。
結局木喪雲さんは記憶を書き換える事を選んだ。




