え?浮気?
パンを食べ終わって少しして。一先ず私は糸識との一件を話した。愛も知りたがったし、すぐに愛の話を受け入れる覚悟がなかったから。
愛は何も言わずに話を聞いて一言「ありがとう」と言った。
そして愛が私を真っ直ぐに見てきた。始まる。そう気がついた。
「じゃあ今度は私の番。少し長くなるからごめんね」
「気にしないで」
「ありがとう。まずさ異世界に行った理由とは少しずれるけれど私の目的とか生い立ちとか聞いて貰ってもいい?」
「うん。わかった」
「私ね、普通になりたいの。普通扱いされたいの。それが私の目標というか夢」
「意味わかんない。愛は確かに特別だけど、それじゃダメなの?」
「私は嫌だ。私が生まれた世界ではね私は特別だったの。誰もが私の事を特別だって言って特別扱いするの。産まれた瞬間からだよ。物心ついた時からじゃなくて物心つく前から私は特別扱いされていた。それが普通だった。特別な事が普通。異常が正常。そんな環境だった。想像つく?」
「…つかない」
「私が何をしてもね、皆が凄い凄い凄いって褒めてくれるの。立って座って歩いて呼吸して食べて飲んで泣いて笑って怒って黙って。それだけで皆が褒めてくるの。私が何をしても肯定してくるの。友達の物を盗んでも、叩いても水をこぼしても、お父さんが大切にしていた物を川に落としてもね。わざとだよ。わざとやっているのに誰も怒らないの。皆が褒めてくれるの。盗んだ友達もお父さんも私の事を責めないの。むしろ褒めてくる。最初の頃はね、周りの人たちが褒めてくれる事が嬉しかった。皆が笑顔で私も笑顔。それでよかった。でもね、少しずつ外に出るようになるとね、私を取り巻く環境が普通じゃないって思い知ったの。公園で遊んでいる時にね、皆私に寄ってくるのよ。自分の子供を放置して私の事を優先するの。初めて会った私をだよ。自慢みたいに聞こえるかもしれないけれどね、私は昔から他の子よりも周りに対する理解力が高かったの。だから段々と周りが不気味に見えるようになったの。世界中の全員が私の事を褒めて肯定してくるの。誰も私の事を怒らない。でもね、他の子達は普通に怒られているの。いい事をすると褒められているの。それが羨ましくなった」
「そっか。でもそんな風に思えるのは愛が優しいからでしょ」
それしか言えない。私には何も想像がつかない。
「ありがとう。やっぱり悲愛は優しいね。ある日ね、ふと気がついたの。思い出したって方が正しいかな?私は神様の生まれ変わりなんだって。だからまだ幼いのに色々理解できるし、皆が特別扱いしてくれるんだって」
「そっか、そうなんだ」
普通なら何を言っているのってなると思う。でも、愛が言うならそれが真実だと思ってしまう。それが愛の言う特別扱いなんだと思うけど。
「その事を思い出した時にね、世界と世界を移動する方法も思い出したの。それでね、私は別の世界に行こうって思ったの。私を特別扱いしない世界に。でもね、そんな世界は無かった。絶望したの。このままずっと私は何をしても肯定され続けるのって。でも悲愛と恋理を見つけたの」
「私と恋理?」
「そう。私と同じくらい特別で周りの注目を集める恋理。そして私を特別扱いしない悲愛。その二人がいる世界があったの。それって奇跡じゃない?正直言うとね、最初悲愛の事は気にしていなかったの。気にしていなかったというとちょっと違うかな。友達だったから。私と同じくらい特別な恋理と一緒に居れば私だけが特別扱いされる事は無くなるかもって思ったの。そしてそれは当たっていたわ。前の世界よりも私は普通でいられた」
「恋理は確かに特別だけど、私は違うよ。だって愛の事思いっきり特別だと思っていたもん」
「そうだね。それはわかっていたよ。でも普通に接していてくれた」
「それは、恋理と愛が側にいたからだよ。私は自分が特別じゃないって子供の頃からわかっていただけ。私にとってはどっちも特別だからたまたまだよ」
「んー。それは違うと思うけど。まあそこは良いよ。過程なんてどうでもいい。結果が大事。私にとっては悲愛が特別って事だけが大事。私を私として扱ってくれる。悲愛はさ、私の事結構注意してくれるでしょ」
「そうかな?」
「うん、そうだよ。また忘れ物したの、気を付けなよとか、さっき少しひどい事言っていたよとかね」
言われてみたらそんな事を言った事もあるかもしれない。けどそんなのいちいち憶えていなし、それが大切なんて思わない。
「私ね、そんな事言ってくれる人は誰もいなかったの。だから嬉しかった」
そんな普通の事が嬉しいという愛。私には理解できない。全て肯定されるのは楽だと思うけれどきっとそれがずっと続くなら苦痛になる。私にはわからない痛みを愛は背負っている。
「正直私はもう諦めていたの。悲愛と恋理がいてくれるだけで満足するべきかなって。でもね2年前に恋理がある物を作ったの」
「催眠アプリ…」
「正解。恋理が作った理由は知っているよね」
「うん。愛を恋人にするため」
「そう。でもね私には催眠が効かないの。悲愛も試してみて」
愛の言う通りに催眠を掛けようとする。けど周りの色が白のままだし何を言っても愛は微笑んでいるだけだ。
「効かないでしょ」
「うん」
「キスしてとかだったらしていたんだけどね」
「え?」
「私には催眠が効かない。でも私は考えた。この力を使えば普通になれるかもしれないって。普通になるのはもう無理だって諦めかけていた。でも最後のチャンスが来たと思った。逃したくなかった。だから恋理に催眠を強化してもらったの。黙っていたのはごめんなさい。でも悲愛にこんなことしているって聞かれたら嫌われるって思っていたの。それでね、恋理は完成させた。今悲愛の目にある物。理創改脳。言っておくけど脳を作り変えるとかそんなことするつもりはなかったんだよ。私が欲しかったのは感染する力。全ての人に催眠が掛かるようにね。でも使う前にトラブルが起きた」
「それが糸識さんとの事?」
「そう。私も恋理が異世界に行こうとしているなんて知らなかったの。知った時にはもう完成していた。そして糸識さんが恋理を異世界に追放した後だった。恋理の死体は偽物。催眠に掛かっていない私だけはわかった。私はどうするか迷ったの。恋理を追いかけるかこっちに残るか」
「ちょっと待って。恋理の死体が偽物ってあれは皆に催眠が掛けられていたって事でいい?私にも掛かっていたって事だよね」
「そうだよ。あれは恋理自身が掛けたもの。死体なんてなかった。全員が催眠に掛けられていてありもしない物をあると思っていた。私にはありもしない死体に皆が泣きついて存在しないお骨を拾っていたの。異世界追放が避けられないとわかった恋理自身がいなくなっても問題が起きないようにしたんだって」
その結果私も恋理の家族も悲しんだんだけど。他にいい手があったかと言われれば答えられない。まあ仮にそういう事を言っても恋理は聞かないけど。
「私の異世界に行く力はそこまで自由に使う事が出来ない。奇跡を起こす為には力を溜める必要があるの。次元を超えるには五年くらいためておく必要があるの。だから恋理元に行く事は出来てもこっちに戻れる保証はない。悲愛と離れるのは嫌。だって付き合い始めたばかりだったし。でも恋理も大切な友達。迷ったの。本当は迷う事じゃないけど迷ったの」
「それはしょうがないでしょ。誰だって危険な事はしたくない。当たり前だよ。その上で愛は危険な道を選んだんでしょ。すごいよ」
「ありがとう。悲愛を見て決めたの。恋理の葬式で何も言わずに泣いていたでしょ。恋理に対してあれ程深く悲しんでいる悲愛を見て決めたの。恋理を助に行こうって。友達なのに色々と悩んでいた自分が嫌になったの」
「…なんで私も連れて行ってくれなかったの。私に話してくれなかったの」
「ごめんね。悲愛を危険な目に合わせたくなかった。話したら止められるか一緒に行くといっていたでしょ。私は悲愛とそこで言い合う事を恐れたの。私の決意が揺らぐから。どっちも私の我儘。本当にごめん」
「…わかった。いいよ。同じ立場なら同じことをしていたと思うし」
「ありがとう。それで恋理に会う事は出来たけれどやっぱり帰る事が出来なくなった。異世界で色々危険な事があって力も使っちゃったしね。二年間私達は色んな異世界を旅しながらこっちに帰ってこようとしたの。まあ恋理は異世界の技術を取り入れて色々作っていたけど」
「大変だったね。無事でいてくれてよかった」
「悲愛もね。恋理は自分の世界で完結していて、人が何しても気にしないでしょ。だから異世界に居ても楽しそうだった。勿論帰りたがってもいたけどね。私は兎に角帰りたかった。楽しい事も有ったけどここが好きだったし悲愛にも会いたかった。兎に角ね、私にとって悲愛は特別なの。他の誰でもない、悲愛が特別で大好きなの。糸識さんの事は何も関係ない。悲愛が好き。悲愛と付き合いたかったから告白した」
「そんなこと言わないでよ…。そう言われちゃったら何も言えないよ」
「悲愛は私の事嫌いになった?」
「そんなわけないじゃん…。好きだよ、大好きだよ」
「ありがとう」
「じゃあもう一度付き合おうよ。駄目?」
「駄目じゃないけど、駄目だよ。私もう恋人居るし…」
「え?浮気?」




