ただいま、悲愛
たった一行それだけだった。メールを送り返しても何故か戻って来てしまう。何処の公園か書かれていないし、時間の指定もない。一方的でこっちの予定とか何も考えていない。待ち合わせとしては余りに欠けている。それでも私は迷わずに…ほんの少し迷った振りをして明日行く事に決めた。愛の言っている公園はわかる。羽院久公園。私達が初めて会った場所。愛の言う公園はそこしかない。問題は時間。常識で考えれば朝の八時から夕方六時くらいまで。でもメールには明日としか書いていない。それなら選択肢は一つ。日付が変わる前から公園に行って日付が変わるまで待つ。それしかない。馬鹿らしい選択だけど愛にもう一度会えるなら私にはそうするしかない。
ゆっくりとため息をついて準備を始める。家に有った古いカイロを引っ張り出して冬用のジャンバーを出す。ひざ掛けをリュックに詰め込む。それと暇つぶし用の本を数冊。スマホ用のモバイルバッテリーと懐中電灯、虫よけスプレー。テントを持っていきたいけど既に荷物が重くなっている。誰かに手伝ってもらうのはしたくない。後はコンビニでパンでも買おう。明日は一日中起きていないといけない。一先ず寝よう。
23時過ぎ。家を出た。愛と会う事を考えると化粧をしないという選択肢は無かった。結局シャワーを浴びて化粧をして服を選んでなんて事をすると殆ど寝る時間は無かった。堂々と出て行っても誰も止めない。これからの事を考えると期待と不安が混ざり合って気分が悪くなる。近くのコンビニでパンを買い込んでエナジードリンクと缶コーヒーを数本ずつ買う。ちょっと買いすぎてしまった気がするけど出来るだけ公園から動きたくはない。重いけど我慢するしかない。
そして10分後羽院久公園のベンチに私はいた。街灯はあるけれど余り明るくはない。本を読めるほどじゃない。この中でスマホをすれば目が悪くなりそう。催眠を持った時私の視力は3.0になった。それ以降全く落ちていない。だから大丈夫だとは思うけれど、スマホの充電だって無限じゃない。モバイルバッテリーがあるけれど最近スマホの電池の減りが早くなり始めているし無駄遣いは出来ない。胴内さんに頼めば車を出してもらえるだろうからその中で待つことが出来るし、人を使って見張ってもらう事も出来るはずだ。でもしたくない。愛に会う時に私は一人でずっと待っていたと言いたいから。あなたを待っていたと。恩に着せたい訳でも罪悪感を抱いて欲しい訳でもない。ただ、愛をずっと待っていたと知って欲しい。
気がつくと日にちが変っていた。0時ちょうどに来てくれるんじゃないかと少し期待していたけれど来ることは無かった。後はひたすら待つしかない。結局私は退屈に耐え切れずスマホを使い始めた。明るくなれば本を読める。もし充電が無くなってもどうにかしよう。モバイルバッテリーを持ってくることをお願いするくらいならいいはずだ。
そうして寒い中私は待ち続けた。眠気に耐えて、何でこんなことをしているんだろうって思考を何度も振り払って。そして午前8時。
「ただいま。悲愛」という声が聞こえた。
振り向くとそこには愛がいた。前とは違って髪の毛がショートカットになっている。青色のリストバンドをして何処かの民族衣装みたいな少し不思議な服を着ていて背は少し高くなっている。間違いなく愛。ゆっくりと笑いながら口を開く。その何気ない仕草に見とれてしまう。
「2年振り?だよね。多分。また会えて嬉しいよ」
愛は普通に歩いて普通に私の前に来た。
「座っていい?」
そこでようやく私は我に返って返事をする事が出来た。
「うん…。久しぶり。座って」
私の声は小さくかすれていた。隣に座った愛が私の顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?元気ない?具合悪いとか?」
「ううん。大丈夫」
「もしかしてずっと待っていてくれたの?」
「そんな事無いよ。来たばっかり。ひゃ」
愛が急に手を握って来たから変な声が出てしまった。
「嘘でしょ。手がすごく冷えているよ。体温高めなのにさ。それにそんなに厚着しているし荷物も沢山」
「だって何時か書いてなかったし、メールも戻ってきちゃうし」
「それでずっと待っていてくれたの?」
「うん…。だって愛を待たせちゃ悪いと思って…。早く会いたかったし」
「ごめんね。待たせて。こっちに何時に戻ってこられるかわかんなかったから。メールもこっちと繋がった時に急いで送ったから。説明全然出来てなかったよね。悲愛のメールも向こうまでは届かないし。でも嬉しいよ。私の事待っていてくれて。何時間も待っていてくれて。私の方が悲愛を待つつもりだったから」
「そっか」
「恋理も後で戻ってくるから」
「恋理生きているんだよね?ずっと死んだって思っていたの」
「勿論。この後会う?」
「会うよ!私恋理の事ずっと殺したんじゃないかって思っていたんだよ!」
「そっか、ごめんね」
「あの死体は何?恋理は何処に行っていたのよ!そもそも目的は何よ!」
「そっかそれも知らないんだよね。そうだよね。勿論説明するから。今日平日?学校は大丈夫?」
「学校は…今日はサボるつもりだったから」
「悲愛が?へー。ちょっと変わったね」
「色々あったからね。サボりたい訳じゃないけど結構休んでいる」
「そうなんだ。今日はこの後予定ないでしょ。朝ごはん何処かに食べに行く?」
「あのさ!そんな事よりもさ、もっと話す事無いの!」
これまでの2年間なんて無かったかのように、まるで一週間旅行に行ってきただけのように話す愛に私は感情を爆発させてしまった。
「何でどっか行っちゃたの!何も話してくれなかったの!異世界とか後から聞いたけどさ!意味わかんないし!私の事嫌いなの?」
愛を前にして私は感情を抑える事が出来なかった。もしもう一度会えたら冷静に笑顔でお帰りって言おう。微笑みながら話し掛けよう。そう思っていた。愛が何処に行っていたのか。何をしていたのか。どうして何も言わずに行ってしまったのか。愛が話そうとしなければ無理に聞き出すことはしないでいよう。そう決めていた。その決意は簡単に崩れていた。
私は泣き叫びながら愛に話し掛けていた。
「何で置いて行ったの!何をしていたの?答えてよ…。ずっと寂しかったんだよ…。何で私を置いて行ったの。寂しかったの。やっぱり嫌いなの?私の事嫌いなの?」
感情が抑えきれない。自分が何を言っているのか自分でもよくわからない。子どもが駄々をこねるみたいに叫んでしまう。
「違うよ。私は悲愛の事が大好きだよ。愛している」
「じゃあ何で置いて行ったの!私!私は、寂しかったの!ずっと!」
「ごめんね」
「謝んないでよ!謝られたら許しちゃうんだからさ」
「わかった」
「やっぱり謝って!そして褒めて!私頑張ったんだよ!恋理が作った催眠のせいでさ、色んな人が道を踏み外して酷い目に合って!それを私なりに解決しようとしてさ、見たくもない物見続けてさ、何でこんな事私がしなきゃいけないのって思いながら人助け続けたんだよ!愛に褒めて欲しいから。愛に相応しい人でありたかったから。頑張ったんだよ…」
「ごめんなさい。本当にごめん。悲愛に何も言わなかった。悲愛の事を置いて行った。そして凄いよ。悲愛は本当に凄い。言えって言われたからじゃないよ。本当に心の底から思っているの」
「なら話してよ…。私には何も話してくれてないじゃん。糸識さんに告白されていたなんて知らなかったしさ、私に告白してくれたのも糸識さんに断るためにしてくれたのとか考えちゃったしさ。もうそんな事考える自分が嫌になるの。話してよ全部。もう隠し事は嫌だ…」
「勿論。話すよ。全部話す。約束する。説明する。でも場所移そう。手冷たいしさ、身体も冷えているでしょ。悲愛に風邪ひいて欲しくないよ」
「…うん」




