悲愛だから
「後悔しているの?」
枯花の言葉に私は頷いた。
「何で?」
「もっと色々上手く出来たと思う」
「そんな事無いでしょ」
「あるよ。だって私は催眠を使えるんだから。だいたいなんでも出来るんだから。他の人ならもっといい方法で解決できたと思う。愛と恋理なら誰も傷付けないで」
「悲愛、駄目だよ。そんなこと考える意味ないって」
「でも、私は。最後糸識さんを脅す必要なんてなかったし。心の奥で見て見ぬふりしてた事当てられて苛ついていたんだと思う。ただの八つ当たりで怖がらせたの。やっぱり私じゃなくて」
「悲愛。私はね、愛にも恋理にも会った事無い。だからどんな人かなんてわかんない。多分凄い人達なんだよね。いつも褒めているんだし。でもこれだけは言えるよ。他にどんな人がいても関係ない。私達が好きになったのは悲愛、あなただよ。あなたの事を好きになったの」
「ありがとう」
「私はね、悲愛の選択が絶対に正しいとは思わない。悲愛の言う通りもっといい答えもあったかもしれない。結果的に間違えているかもしれない。でもそんなの関係ないよ。あなたがどんな選択をしても間違いをしても私は、私達は一緒に居るから。この前も言ったでしょ」
「うん、ありがとう」
どうして枯花はそこまで言ってくれるの?聞きたい。でも聞けない。そこで出た言葉がもし本音じゃないって私が感じてしまったらきっと私達に関係は終わってしまう。臆病な私はいつも逃げる。それしか出来ないから。
「悲愛はさ、ずっと私に寄り添ってくれたでしょ」
「それは当たり前だよ」
「違うよ。絶対にそんな事無い。私が変態に催眠を掛けられて。嬲られた。それをあなたが助けてくれた」
そう。枯花は加虐趣味の変態女に捕まった。初めてこそ奪われなかったけど痛めつけられた。枯花のお腹には消えない傷が残っている。私が助けるのが一日遅かったら体のどこかが欠損していたと思う。変態女は枯花の知り合いだった。近所に住む優しいお姉さん。そのはずだった。枯花は親しい人に裏切られて心に深い傷を負った。その上で掛けられた催眠が最悪だった。逃げられないよう抵抗できないよう、そして狂わないよう催眠を掛けられていた。身体と心に傷を負った枯花は憔悴して混乱していた。
「私はあの時悲愛に八つ当たりして酷い言いったでしょ」
「あれはしょうがないよ。あんな状況じゃ混乱して当然だから」
「手首を切ろうとした私を止めてくれて、私が落ち着くまでずっと側にいてくれたよね。私が眠るまで手を繋いでくれたよね」
「うん」
錯乱状態の枯花を放っておけば何をするかわからない。当時はまだ協力体制なんて築けていなかった。助けた人は催眠で何とか抑え込むか私が付き添うしかなかった。枯花を助けた時は他に催眠災害が起きていなかったから一先ず付き添うことにしたのだ。病院に送り込んでお腹を縫ってもらって。家に帰る事は出来ると言われたから枯花の家に住ませてもらって一週間付き添った。
「あの時も私は上手く出来なかった。もっと早く色んな人協力していれば良かった。結局私は枯花の家族に催眠を掛けたし。虚雨の事も信用しきれてなくて。もっと早くから力を貸してって言えていれば」
「また、そんなこと言って。兎に角聞いて。一週間本当にずっと付き添ってくれたよね。看病してくれた。それでさ八日目に出てったじゃん。あの時私は見捨てられたって思ったの。一週間私はあなたに当たってばかりだったから。私はね次の日死のうって思っていたの。悲愛は私を助けてくれたのに八つ当たりして。そんな自分にも世の中にも絶望してもうどうでもよくなっていたの。でもね次の日あなたは居た。ぐっすり眠っていた。汚れた服のままでね。それで気がついたの。悲愛は私みたいな人を助けていてたんだって。そう気がついた時あなたの力になりたいって思ったの」
「それで私の手伝いをしたいって言ってくれたんだ」
「そうだよ。私に出来る事なんて無かったかもしれないし、実際私は殆ど何も出来ないけどそれでもあなたの力になりたいって心の底から思ったの」
殆ど何も出来てない?全然違うよ。あなたが私の事を助けてくれたの。あなたのおかげで誰かに頼っていいって思えた。出会えてなかったら虚雨にも力を貸してって言えなかった。色々な組織や人と協力体制を結ぼうなんて発想にはならなかった。そして一人で全部何とかしようとしてきっとどこかで限界を迎えていた。
「私は愛でも恋理でも虚雨でも否穂でもなくて悲愛だから力になりたいって思った。悲愛だから好きになった。悲愛だから愛しているの」
「ありがとう。私も大好きだよ。枯花」
「やー照れるね。折角だしこのまま何処か行こうか」
「えっとそうだね」
「ちょっと突っ込み待ちだったんだけど。この後大事な用があるでしょ」
「あ、そうだね」
「もしかして素で忘れていた?」
「うん」
枯花の想いを聞いて。心から嬉しくて忘れていた。今私達は糸識の家に向かっているのだ。
◇◇◇
「それでこれが異世界に繋がるの?言っちゃ悪いけどこれで?」
「そうだって」
枯花の言いたい事はわかる。糸識の部屋に置いて合ったそれはどう見ても異世界に行けそうにはない。何せそれはテレビなどのリモコンを手のひらに収まるくらいに小型化したような物だったから。リモコンと違うのはボタンが三つだけで下に二つダイヤルがある事くらい。大きなダイヤルの中にもう一つ小さなダイヤルが収まっている。大きなダイヤルの方には0~12の数字が書かれていて、小さなダイヤルにはよくわからない記号が13個書かれている。扉と言っていたのだからもっと大型の装置だと思っていた。流石に扉そのものだとは思っていなかったけど、アニメとか漫画で見るようなワープホールの装置みたいなものをイメージしていた。全然違った。神秘さのかけらもない。しかも電池式だし。
今の糸識は私に嘘をつけないから間違いないはずだけど。本当にこれ?私も少し不安になってしまう。まあ信じるしかない。他に手がかりはないし。小色によるとONスイッチを押す事で異世界に繋がり、OFFスイッチで切る、何も書いていないスイッチは不明との事だ。不明って怖い。後はダイヤルで波長を合わせて異世界に繋げる。それだけ。ただその波長を合わせる事が難しい。13×13で169通りのはずだけど、その全てが繋がる訳じゃない。しかも一度繋がった組み合わせでも次は繋がらなかったり、別の異世界に繋がったり前は繋がった組み合わせが繋がったりするらしい。そもそも糸識によると異世界は無数にあるとの事で、恋理と愛を探すことは現実的じゃないと言われた。私もそれは正しいと思う。そもそも繋がった所で 恋理と愛がいる場所に繋がる訳じゃない。探しに行かないといけない。あらゆる異世界を探して、愛と恋理を探すのは一生懸かっても無理だ。こっちの世界に戻ってこられるかも怪しい。
糸識も人に試させていたけれど、変な怪物に襲われたりといった事もあったとの事だ。やばすぎる。それで一年前にはもう使わなくなって放置していたらしい。ていうかよく異世界からのウイルスとか入ってこなかったな。この機械を使うのはリスクが高い。高すぎるそれはわかっている。でも私は愛と恋理にもう一度会いたい。どうしても。…でも虚雨達を犠牲にする事は出来ない。どうしよう。迷った結果私は当てずっぽうで一度だけダイヤルを合わせることにした。
夜中の公園で人払いをして、ダイヤルを合わせる。そしてONスイッチを押す。成功すると巨大な扉が現れるとの事だ。一応扉要素あったんだ。
そして…一瞬扉が現れた。叙述詩神曲を元に作られた地獄の門のような扉が。それは開くことなく消えた。それだけだった。いくら待っても何も起こらなかった。私はもう一度押すか迷って止めた。聞いていた話とは少し違うけれど奇跡は起きなかった。良かったそう思わなきゃいけないけど、思えない。私が持っていれば使いたくなってしまう。だから否穂達に隠してもらった。
それにどのくらいの意味があるのかはわからないけれど、しないよりはましだと思う。こうして私の話は終わった…はずだった。




