天使は怯えて人は笑う
「《《結局あなたの目的は何?さっさと答えて》》」
「悲愛の催眠能力を貰おうと思ったの。色々改造してみたんだけどね、結局この町の外では使う事は出来なかったの。それなら使える物を手に入れればいい」
「それは無理だよ。だって私のは目に入っているから。渡すことは出来ない。諦めて」
「出来るよー。だって悲愛は恋理から貰っているじゃん。私は見ていたから。同じことをすればいい」
「…見ていたの?恋理は私にどうやって催眠を私に宿らせたの?」
「そっか、意識なかったもんね。あのね、恋理が手から魔法陣みたいなものを出してね、それがあなたの目にスーって入って行ったの」
「それが催眠の力」
「そ、頂戴」
「無理だよ。私にはそんな事出来ない。やり方わからない」
「私がわかるから。呪文を唱えて手をかざしてそれでおしまい」
「そうなんだ。でもやり方わかってもあなたに渡す気はないから」
「私の催眠はね、あんまり強くなくてね、悲愛に掛ける事は出来ない。だから諦めていたの。結構悲しかったんだよ。折角催眠アプリを持っているのに、悲愛にバレないようこそこそ活動してさ。いつかバレるかもって結構怖かったんだから。でもね、悲愛の催眠も私には掛かっていない。それは多分私が天使だったから。それならやりようはある。天使の力をどうにか催眠アプリと融合する事出来ないかなって。それでね、二年掛けて悲愛の力と互角まで高める事が出来たの。私凄いでしょ」
糸識はこっちの話なんて聞く気はないみたいで勝手に話を進めている。それでも私に向かって情報をペラペラと話してくれる。
「互角なら私のを奪う必要はないでしょ」
「色々改造したんだけどね、恋理の催眠と同じくらいの強度にはなったんだけど町の外に出は使えないし。これはさっき言ったよね。後、悲愛の催眠みたいに勝手に掛かることは無いの。それにね催眠の強度を上げると一日しか持たないの。だから不便なんだよね」
「それ互角って言わないでしょ」
「互角でいいじゃん。さっき虚雨がフリーズしたの見たでしょ」
「私はあなたが催眠アプリを渡した人から回収していたけど、完全には解けていなかったって事だよね?志鳥はアプリを回収した後もあなたの事暫くは忘れていた訳だし」
「それはね私なりに色々と頑張ったの。悲愛から力を貰うためにはどうすればいいのかなって。色々と工夫したんだよ。催眠を二重に掛けてね、一つは悲愛が回収した催眠アプリでもう一つは強度の高い奴を掛けていたんだよ。どうやったかって言うとね、実は毎日催眠アプリを見るように指示したのはそこで催眠が掛かるんじゃなくて、そこから特定の動画を見るように暗示が掛かるの。それを見ると強度の高い催眠が掛けられるの。動画を作るの凄い大変だったんだから」
「その動画消して」
「わかった。……消したよ。後ね、スマホに盗聴アプリを仕込んでおいたの。それで悲愛がどんな行動しているのかなって、調べて色々作戦立てたんだよ」
「それはまあいいや。それで?私が催眠を差し出すとでも思っているの?」
「んー。無理矢理奪うのは無理だし、頂戴って言っても貰えないでしょ。だから交渉で貰おうって。悲愛は優しいじゃん。周りの人がさ、催眠に掛かっているなんて放っておけないでしょ。もし、悲愛の力で解けないならどうするかな?私は見捨てられないと思うの。私はね、私が幸せなら周りの人に不幸になって欲しい訳じゃないの。だから約束するよ。貰って後は悲愛たちに手を出さない。もし断れば私は色んな人に催眠を掛け続ける。この町が機能停止するようにね。解こうとしても解けない。何人も何十人も何百人も何千人も何万人も苦しんで傷ついていく事になる。悲愛は放っておくことなんて出来ないよね?私もしたくないな。ね?もうわかるでしょ」
「そうね。あなたの目的はよくわかった」
「それにね、これは私の親切心なの。だってさ、悲愛ずっと嘆いていたでしょ。知っているよ。何で私がこんな目に合うのって。だからさ、私がその責任を背負ってあげるよ。辛いんでしょ。もう背負いたくないんでしょ。嫌なんでしょ、なら私に頂戴。いいでしょ、解放してあげるよ」
もう聞きたくない。もう黙らせてしまおう。聞きたい話は聞けたんだし、もういいでしょ。そう思う。でも。
「私ね、催眠を持ってから人間関係をまともに築けないってわかったの」
「それは何で?」
「高校に入ってすぐにね出来たばかりの友達に失礼な事言っちゃったの。悪気なくね。すぐ謝ったんだけど、空気が悪くなっちゃったの。お互い知り合ったばっかりだし、知らない事はしょうがないよねって事でその場は終わって、今は普通に友達付き合いしているんだけど」
「ねえ何の話なの?私全然興味ないんだけど」
「私もあなたの話を聞いたんだんだしもう少しだけ聞いてよ。私その時思ったの。まあ催眠使えばやり直せるからいいかって」
「その通りじゃん」
「私その事に気がついた時吐きそうになったの。ずっと自分の為には催眠を掛けないように、必要最低限しか使わないようにって決めていたのに私は心のどこかで何かあれば催眠を使っちゃえばいいって思っていたの。人間関係も何もかも催眠を使えばどうにかなる。どんな失敗をしてもやり直せるって。そう気がついちゃえばもう戻れない。一度考えた事は消えないの。それ以降私は人との関係を作るのが下手になった気がするの」
「意味わかんない。使えばいいのに。好きなだけ。いい子でいたいから言い訳して催眠使いたくないだけでしょ」
「…そっか」
「そもそもさあ悲愛の言っている事矛盾してない?」
「え?」
「催眠を実際使うかどうかなんて関係ないでしょ。持っているだけで強制するんだから」
「何言って」
「え?本当にわかってないの?嘘でしょ?催眠なんて強力な力持っている時点で人間関係強制しているのと変わんないじゃん。だって催眠があればなんだって出来るんだよ。何もしなくても脅しているのと変わんないじゃん」
それは私が心の何処かでわかっていたけれど目を逸らしていた話。聞きたくない言葉。
「恋人には力の事話しているんでしょ。聞いたよ。勿論催眠でね。全てを話す事が誠実さ?それは悲愛の自己満足でしょ。そんな強力な力を持っているって事を言えばそれだけで脅しになるじゃん。彼女が三人とか本当に自分が好かれているって思っているの?普通に考えてさ、マイノリティ側の人が何人も側にいる事あるのかなあ?それで自分を好いてくれるってどんな確率なの?」
聞いていると息が上がりそうになる。苦しい。耳を塞ぎたい。ここから逃げ出したい。
「本当に好きならさ、彼女達解放してあげればいいじゃん。ずーっと縛り付けてさこれからも自分の欲求満たすために側にいさせるの?かわいそう」
「あなたの言いたい事はわかった。参考にするね。ありがとう」
「あ、でももう考えなくていいよ。私が催眠貰ったら全部上手く解決してあげるから!悲愛からは催眠貰うんだし三人くらい彼女のままでいさせてあげるよ」
必要以上に長い話が終わって。私はもう疲れていた。説得も無駄に終わった。これ以上は聞く事もない。さっさと終わらせよう。まずは誤解を解いてあげないと。
「あなたは幾つか誤解しているみたいだから教えてあげる。あなたはもう私の支配下にあるの」
「え?」
「そもそもさ、恋理が作ったのは催眠なんかじゃないよ。恋理がわざわざ催眠程度の物を作る訳ないでしょ。恋理は催眠アプリなんて無くても洗脳出来た。話術だけでね。勿論時間は掛かるし、一度に大勢は掛けられないだろうけれど、恋理にとって催眠は異世界の力とやらを使ってまで作る物じゃない」
「…何言っているの?」
「ねえ。何であなたはスマホを私に渡してくれたの?何で今私達は屋上にいるの?」
「何でって。私が悲愛の為にそうしたいと思ったから。私優しいでしょ」
パンっという音が屋上に響く。私が両手を叩いた音。それが合図。
「え?何で?え?私悲愛の為に行動しているの?何で?でもそれが当たり前…違う?何よ来れ…私が私じゃないみたいに…」
一時的に正気に戻る糸識。当然だけど混乱している。
「正解。凄いね」
「え?それってどういう」
「あなたは今人間じゃなくなりかけているの。まあまだ支障の出ない範囲だから大丈夫だよ」
「何言っているの?怖いよ?ねえ悲愛?」
「わかった?私の支配下にあるって。まあ混乱するよね。当然だよ。説明してあげるから安心してね。恋理の作っていた物は催眠なんかじゃない。もっとおぞましくて歪んでいて、醜悪でこの世にはあってはいけない物。理創改脳って言うの。催眠ツールは脳へシグナルを送って都合のいい情報を思い込ませる…んだって。私も大まかにしかわかってないけど。でも理創改脳は違う。脳を作り変えるの。細胞ごとね。私の都合のいい人間に。わかる?人間って言ったけどさ、脳の作りが変わった存在を人間って言うと思う?」
「何言っているの?よくわかんないよ?悲愛?ねえ?」
「これはね使っちゃいけない力なんだよ。わかるでしょ。人を作り変えるのもそうだし、もしこの世界が私に都合のいい存在になったら世界は回らなくなる。滅びるだけだよね。恋理なら管理出来るかもしれないけどさ」
「ねえ悲愛、答えてよ」
「もしさあ技術が発展したとしてアンドロイドが人間と同じ見た目になったとして、人と完全に同じ思考を持てるようになったとして人間だと認められると思う?」
小色は答えない。怯えた顔で泣きそうな目で私を見ている、
「私は無理だと思うな。多分さ、人は人以外が人になる事に嫌悪感を持つと思うの。逆もそう。人が人以外になるのもね。まあこれは私だけの考えだから他の人は違うかもしれないけど。同じようにゲノムが人間でも脳が作り替えられた存在を人間とは思わないな。まあ脳を作りかえるだけだから見た目は人間そのものだけど。でもさ、殺人と何も違わないと思うんだ。小色はどう思う?」
「何それ…そんな力あり得ないでしょ」
質問には答えてくれないけれど、目の怯えが答えている。まあ私もさっきの質問に答えていないしお互い様だろう。
「あり得るよ。恋理ならね。恋理が作った物が天使程度に効かないはずないじゃん。大丈夫だよ小色。怖くないから。私は小色の事元に戻すしね。まずは異世界の扉だっけ?それの在りかを教えて」
そう言って笑う私はきっと天使に見えたに違いない。




