糸識小色との話し合い
まずは皆と合流しよう。そう考えて私は学校に戻った。いつもの学校、いつもの空気。それが教室に入った瞬間変った。全員が私の方を見てくる。枯花、否穂、委員長、先生、クラスの皆。少しビクッとしてしまったけど平静を装いながら皆を見る。目に光が無い。
そして私の席に座っている人がいた。このクラスに、学校にいるはずがない人。
「糸識さん」
「小色でいいよ。悲愛。久しぶり…じゃないね、この前一緒にカフェ行ったし」
「そうだね。この状況小色さんがやったの?」
「さん付けしなくていいよ。当り前じゃん。こんな事催眠使えないと出来ないでしょ」
「まあそうだよね。それでえっと私に用があるんだよね?」
「勿論。お話したいなって」
「私も話したい事があったの。場所を変えましょう。皆に掛けている催眠解いてよ」
「何で?ここでいいじゃん」
「人に催眠掛ける事でどんな影響あるかわからない。ずっとかけ続ければ後遺症があるかもしれない。だから解いてあげて」
「そんな事気にしているの?悲愛が解けば」
「わかった」
そう言って催眠を解こうとした時だった。背中に衝撃を感じる。そして前のめりで倒れかけた。何とか耐えて後ろを見るとそこには虚雨がいた。手にはペン先の出たボールペンを持っている。だけど刺されたような痛みはない。多分手で押された。虚雨の目にも光は無く立ったまま動かない。解けるように願っても眼の光は戻らない。
「あーやっぱりフリーズしちゃったか」
「私を殺すつもりなの?」
「まさか。殺すつもりなら拳銃とか持たせているよ。ボールペンなら刺されても死なないでしょ。ただの実験だよ。私の催眠と悲愛の催眠どっちが強いのかなって。互角みたいね。悲愛を傷つけないって命令と、私の刺せって命令。どっちをすればいいのかわからなくて固まっちゃった。でも押しはしたのなら私の方が少し強いのかな?取りあえず私の催眠解くのは無理みたいね。やっぱここで話しようよ」
「目的は何?」
「私ね、天使の生まれ変わりなの。天使の頃は色んな人に慈愛をばらまいていたわ。それでみんなは最初感謝するの。でも段々それが当たり前になってくる。感謝なんてしなくなる。それにね、私気がついたの。彼らのしている感謝は私にじゃない。起きた奇跡に対して。それで思ったの。私はもっと私自身に感謝して欲しい。愛して欲しいってね。それで人に転生することにしたの。転生すると天使の力は殆ど失われるけど、一部は残る。私は生きているだけで愛されるの」
どうでもいい話が始まった。興味ない。私は糸識がどんな生まれでもどんな生い立ちでもいい。それよりも今の話を進めたい。
「幸せだった。私はずっと満たされていた。だって皆が私を認めてくれる。褒めてくれる。愛してくれる。こんな幸せな事はないでしょ」
いつまで続くのこれ?普段ならいくら話してもらっても構わないし付き合うけど今はそれどころじゃない。凄く気持よさそうに話しているから止めにくいけど、こんな事聞いている時間ないんだよね。
「私はずっと自分が世界で一番特別だと思っていたの。でも違ったの。私は私よりも特別な人に会ったの。誰かわかるでしょ」
特別?それなら決まっている。
「愛と恋理」
「恋理は違うよ。あれは異常なだけ」
は?何言ってんのこいつ。もう黙って欲しい。
「愛はね、本当に特別だったの。一目見てわかったの。特別なんだって。私よりもね。わたしは愛に私を愛して欲しかった。私を見て欲しかった。だから告白したの」
「え?」
「やっと私の話に興味持ったね。私これでも私に向けられる感情には敏感なんだよ。そう悲愛と付き合う前にね。振られちゃったけど。はい、スマホ」
「ありがとう。それで?」
「正直悔しかったしムカついたね。だって私のお願い断られるのは初めてだったもん」
糸識と私は話しながら屋上へと向かった。愛が糸識に告白されていたなんて知らなかった。この話は興味がある。けど今の状況でする話ではないよね。どうしよう。
「嫌いになるかと思ったの。でも違った。むしろ前より気になった。だって私よりも特別で私の思い通りにならない人。そんな人が私の物になれば私はもっと特別になれる。そう気が付いたらむしろ燃えたね」
「そうなんだ。それでこの話まだ続く?」
「もー。急かさないでよ。まだ要の話をしてないから。絶対悲愛が知りたい事だよ」
まだ続きそう…。でも私が知りたい事ってなんだろう。この状況で言うのであれば間違いなく私が聞くべき事だって糸識は思っている。念の為聞いておこう。
「私結構アプローチしたのに全然振り向いてくれなくてさ、しかもあなたと付き合い始めたのよ。すっごいショックだった。だけど割り切ったの。寝取ればいいって」
割り切るなよ。そんな事があったなんて何も知らなかった。愛が私に告白したのはもしかして。考えたくない事を考えてしまう。
「それでね。普通の方法は無理だと悟ったの。だから恋理が作った催眠アプリを使うことにしたの」
「恋理の?どういう事?」
「恋理が催眠アプリを作っている事は知っていたの。それも異世界の力を使ってね。私は前世の知識を活かして取り入ろうとしたの。でも恋理は私に興味がないみたい。何を行っても空返事。本当にムカついたね。でも作っている物は有用だから私はそれだけ奪おうと思ったの。それでね、私は名案を思い付いたの。催眠アプリを手に入れてついでに恋理を排除する方法。何だと思う?」
「…わかんない。もしかしたら恋理を殺したのはあなた?」
「名前で呼んでよ、つれないなあ。殺してないよ。そんなことするわけないじゃん。恋理は生きているよ」
「え?どういう事?」
恋理が生きている?良かったという思いとやっぱりという思いが混ざり合いどう反応していいのかわからない。
「まあ焦らないでよ」
さっさと話してよ。
「私はね、恋理に異世界に行く方法を教えたの。そうしたら恋理は直ぐに食いついたわ。まあでも教えた時は本当に行けるなんて思っていなかった。でも恋理は異世界に行く装置を完成させかけたの。もう少し時間があれば完成していたでしょうね。ありえないでしょ。次元を超えるシステムの構築なんて人に出来る事じゃないわ。天使の力を再現するようなものよ。正直引いたわ」
ありえない?何を言っているの?あなたが教えたのは恋理だよ。恋理に出来ない事なんて何もないと思う。恋理がその気ならきっと死者を生き返らせることも、タイムマシンを作る事も出来るに違いない。次元を超えるくらい出来て当然だ。天使だったと言うのにそんな事もわからないなんて。
「それで?恋理は本当に生きているんだよね?何処にいるの?」
「さあ?」
「…ねえ。そろそろ限界なんだけど。ちゃんと答えて」
「恋理が悪いんだよ。異世界に行く装置なんて完成させかけるし、行く方法教えたのからお礼に催眠ツール頂戴って言ったのにくれたやつじゃ愛に催眠掛けられなかったし」
「それで?」
「だからね。恋理に反省してもらうことにしたの。恋理が作った異世界の扉を使って、恋理を異世界に飛ばしたの」
「は?どういう事?」
「そのままだよ。恋理を異世界に行かせた後、死んだ扱いされていたのは驚いたけど。でもまあラッキーだったから放置していたけど。もし行方不明扱いで騒ぎになっていたら面倒だったと思うから」
どういう事?恋理がいなくなったのは糸識のせい。でも恋理が死んだように細工したのは糸識じゃない。今の糸識は嘘を付けない。なら、嘘をついていないと思っている?恋理は異世界から戻って来て死んだの?
私の混乱を他所に糸識の話はまだ続いていた。
「でもさ、予想外の事が起きちゃったの。愛もね、異世界に行っちゃったの」
何を言っているの?愛も異世界に行ったの?どういう事?
「多分さ、恋理を探しに行ったんだろうけど、酷いよね。私は愛といたいから恋理を追い出したのに愛までいなくなるなんてさ。悲愛も寂しかったでしょ。私ね、一度は探しに行こうって思ったんだよ。でもね、異世界の扉が上手く使えなくて諦めたの。その内帰って来るかなって思っていたけどさ、全然帰ってこなくてね。私は諦めて待つことにしたの。待っていればその内帰って来るでしょって。でも帰ってこなかった」
帰ってこない。その言葉が私の胸を締め付けてくる。異世界に行って帰ってきていない。二年間も。それはもう帰って来る事は出来ないの?私は愛と恋理にもう会えないの?二人とも生きていたのに?二度と?ずっと?もう一生?
「だから私は愛の事は諦めることにしたの。それでね、色々考えた結果私は催眠アプリを有効活用することにしたの。催眠アプリを使って世界中の人から愛されようって。愛の心が手に入らないならその分他の人から愛されればいいって思ったの。催眠アプリを改造して世界中で使えるようにしようって、色々工夫していたの。色んな人にばらまいたのも実験だったの」
「それで何人の人を傷つけたの?良心は痛まないの?」
「んー。まあ少しは痛むけど。私が幸せになるためだからね。人は誰でも幸せの為に誰かを蹴落としているでしょ。そんな事無いって人がいるかもしれないけど自覚が無いだけ」
「生きていく過程で自然とそうなる事はある。でも催眠アプリをバラ撒くのは本来傷つかない他人を傷つけて蹴落とさせているだけ」
「まあそうかもね。でもさ、恋理も同じことしていたでしょ。私だけ責めるのはおかしくない?一応言っておくけど、私がバラ撒き始めたのはここ一年くらいでその前のは違うよ」
それを言われると何も言えない。それはその通りだから。恋理がしていた事は最低で、正しくなんてない。
「それはそうね。でも他人がやっているからってあなたがやっていい理由にはならない」
「力を持っている人間が使っちゃいけないなんて理不尽でしょ。悲愛だって自分の為に催眠を使っているじゃん。ほら警察だってさ、自分の支配下に置いて好き勝手にやっているでしょ。秘密基地みたいなものまで作らせてさ。悲愛ばっかりズルいよ。私だって皆を支配下に置いて自由にやりたい」
「私は!被害者を助ける為に!」
「それは悲愛の理屈でしょ。悲愛が放っておけないから介入して、その為に使った。悲愛も悲愛の為に使った。違う?そもそも悲愛も自分のしたいように使っていれば良かったのに」
もういい。糸識に何を言っても無駄だ。さっさと聞きたい事を聞いて終わらせよう。




