異変
さてどうしようか?どうすればいいのか?どうする事が正しいんだろうか?私は悩んでいた。原因は似顔絵。殻雛さんに催眠を掛けて描いて貰った似顔絵。そこに現れた人物を私は知っていた。というか何で気がつかなかったのか。自分の間抜けさが嫌になる。金髪のポニーテールはそれなりに珍しいのに。ここ最近何回か会っているのに。自分の間抜けさが本当に本当に嫌になる。恋理なら絶対にこんな事なかっただろうな。紙に描かれていたのは私の中学時代の友達で初めての感情を抱いた人。糸識小色。
とても明るい性格だった。クラスの人気者でいつも周りには誰かがいた。お金持ちで何でも持っていた。成績もよかったし、運動も出来た。モデルにスカウトされたって噂もあった。多分本当だと思う。それだけの魅力があった。私も彼女の事は凄いって思っていた。私の性的指向関係なくとても魅力的な人だった。きっと愛がいなければクラスの誰よりも注目を集めていた存在だったと思う。
その糸識さんが催眠アプリなんてヤバイ物を人に広めている?何の目的で?信じられない。だって何でも手に入るでしょ?糸識さんも操られているの?
いくら考えても答えは出ないし、直接確かめるしかない。糸識さんは簡単に見つかった。私とは違う高校に毎日通って家に帰る。放課後は友達と遊ぶ事が多い。休日もよく友だちと出掛ける。高校でも人気者で成績優秀、運動神経抜群なのは変わらない。先生からの評価も高い。
行きつけのカフェからお店、仲のいい友達、家族。一日も掛からずに簡単にわかった。
後は話を聞くだけ。放課後家を訪ねる。枯花達には一人じゃ危険だって止められたけれど、相手も催眠アプリを持っているなら、それも今までの物より強力と考えられるなら、私が何とかするしかない。気が重い。いつも以上に。
それでも何とかするしかない。今から学校なのに気が重い。
「おはよ…」
「恋敵さん。大変だよ!」
教室に入ったとたん、焦った様子の委員長に話し掛けられる。
「どうしたの?」
「木喪雲さんがいなくなった」
「え?」
「書置きがあったの」
委員長が差し出した紙にはこう書かれていた。『お世話になりました。全て思い出しました。復讐します』と。
「…いついなくなったの?」
「多分今朝。しかも催眠アプリを持っていると思う」
「嘘でしょ?」
「この手紙に気がついたお父さんが止めようとしたみたいなんだけどね、何故か棒立ちで動かずにいたの」
「それって。マジか…」
「話し掛けたら元に戻ったんだけどね」
「良かった。わかった。ありがとう」
そう言って教室を飛び出す。復讐。それなら行き先は言剥の所しかない。あーもう、なんでこうなるかな。こんな事初めて。何で記憶が戻るの。しかもこんなタイミングで。ありえないでしょ。
タクシーを捕まえて言剥の家に向かう。たった10分が長い。
言剥の家に着いて。一度深呼吸をしてチャイムを押す。反応はない。まあそうだよね。
「失礼します」そう言いながら玄関ドアを開ける。鍵は掛かっていない。仕方がないとはいえ人の家に入るのはやっぱり嫌だなあ。何回やっても慣れない。まあ慣れちゃいけない事だけど。
「失礼しまーす。誰かいますか?」
「入って来るな」
男性の声が聞こえた。大きくはないけど少し怒りを含んだような声。聞き覚えのある声。
「木喪雲さん。思い出したんだね」
言葉を無視してリビングに入るとそこには思った通りの二人が居た。
拳銃を突きつけている木喪雲さんと涙をこぼしながら震えている言剥母天。言剥は椅子に座らされている。縛られていないのに逃げるそぶりはない。催眠に掛けられているのは間違いなさそうだ。
「思い出した。全部だ全部。こいつにされてきた事全部」
「そっかごめんなさい。私の記憶変更が失敗しちゃったんだね。それでまた辛い目に。本当にごめんなさい」
「謝んな。あんたが失敗した訳じゃない。記憶を戻してくれた人がいるんだ」
「ちょっと待って、それってどういう事」
「あんたには感謝してんだ。助けてくれたし善意で記憶を消してくれたんだろ。旅館の人たちにも世話になった。あんたには何もしたくない。帰ってくれ」
「言剥さんには何かするの?」
「こいつには全てを思い出せた。その上で罰を与える。足を打ち抜く。一生歩けないようにする。殺しはしない。俺にした事一生後悔させる!止めるな」
この前の木喪雲さんは怯えていて僅かな物音にも反応していた。私にも怯えて催眠で精神を安定させなければ話をする事も難しかった。けど今の木喪雲さんは違う。怒りに満ちていて、目からは強い意志を感じる。怯え涙を流している言剥の右足ふくらはぎに銃口を突きつけている。撃つつもりだ。
何でこんな事になるのかな?私散々頑張って来たよね?見たくないもの見て。したくないことして。言いたくないこと言って。寝ている時に呼び出されて、デートしている時に呼び出されて、テスト勉強中に呼び出されて、授業中に呼び出されて。それでろくにお礼も言われず報酬もなし。勿論さ、記憶をいじるのは良くないと思うよ。いくら確認を取っているとはいえ、催眠災害に合った後じゃ正常な判断出来ないだろうし。でもそれが最善だったし。私の頭じゃあれ以上の解決策なんて思いつかないし。ずっと頑張って来たのに。私なりに人助けしたのにその結果がこれか。
「無理。止める。言剥さん。わかったでしょ。あなたがした事が最低だって事」
怯えながら頷き続ける言剥。今まで一言も発していない事を考えると話さないように催眠を掛けているのだろう。まあ悲鳴とかあげられたら面倒だしね。
「無駄だよ。あなたはもう私も言剥さんも撃てないよ」
止めると言った途端、木喪雲さんはこちらに銃口を向けてきた。判断早いなあ。
「撃てないでしょ。無駄ですよ」
「俺がこいつにされた」
「すみません。あなたの話聞いてあげたいし、気持ちを吐き出させてあげたいんですけど私も今色々限界何です」
私は何も言わなかった。ただ銃を置くように願った。それだけで木喪雲さんは銃をゆっくりと机に置いた。
「いつ俺に」
「最初からです。最初から。あなたと会う前からです。その辺は言剥さんから聞いていないんですね。幾つか聞きたい事があります。《あなたの記憶を戻したのは誰ですか?質問には素直に答えてください》」
「名前は知らない。あんたと同じくらいの年齢の女子だ」
「金髪のポニーテールの子」
「そうだ?」
「…彼女が催眠アプリをあなたに?」
「そうだ。拳銃も渡された。それでやりたい事をやれって。それで俺はこいつを…断った。断った?そうだ断ったはず。え?」
様子がおかしい。もしかしたら操られている?言剥を撃とうとしたのは本人の意志じゃない?
「《私が掛けていない催眠は解けます。彼女との会話を最初か再現して》」
『ねえお兄さん。あなたに力をあげる。これでしてほしい事があるの。
おはよう。初めましてだよね?えっと言っている意味がわかんないんだけど
催眠解除。これで思い出すでしょ
え?何だこれ?は?嫌だ!何だこの記憶、う
あー吐かないで。発狂禁止。冷静になれ。今思い出した記憶はね、あなたの本当の記憶。本物の記憶。悔しいでしょ。惨めでしょ。ムカつくでしょ。復讐したいでしょ。同じ目にあわせたいでしょ。力を貸してあげる。催眠アプリと拳銃。これで復讐できるでしょ
…いい。いらない…
は?何言っているの?
…いらない
本気?
思い出した。そう。俺がこの旅館にいる理由も。確かに思い出した。悔しいよ。惨めだよ。ムカつくよ。復讐したいよ。同じ目にあわせたいよ。でも助けてくれた人達に顔向けできない。だからいいよ…
何それ?情けないなあ。まだ相手が怖い訳?
違う。いや違くはないけれど、怖くないと言えば嘘だけど。そいう事じゃなくて
あーもういいよ。折角ここまで来たんだし。はい、あんたは復讐をする。スマホ渡して。…アプリインストールしたから。使い方は見ればわかる。ほら、拳銃とスマホ。家の場所はわかるでしょ。さっさと行って』
「それで復讐しないといけないって。こいつを痛めつけないとって」
成程。復讐という割には足を撃つだけで終わりにしようとしていたり(充分酷いけれど)私に手を引くよう言ったりと所々で理性が働いていたのは元々復讐する気が無いのに催眠で誘導されていた影響っぽい。
「あなたにアプリを渡したのはこの人?」
そう言って念の為似顔絵を見せると木喪雲さんは頷いた。やっぱり糸識さんが。
木喪雲さんと言剥の事をどうするか考えた結果一先ず胴内さんに任せる事にして私は学校に戻る事にした。彼女は色々と危うい気がする。警察の人にも協力してもらって対応しよう。皆にも伝えないと。




