点数は…楽しかったよ!
「おはよう。恋敵さん」
「おはよう」
そう言いながら振り返るとそこにいたのは殻雛さんだった。月曜日のあの騒動の後も学校には来ていなかった。少し心配していたけれど、私が口を挟んでいい問題じゃないし、気まずいしそもそも交流もなかったしで何もしていなかった。
殻雛さんが来たことで教室の空気も少しざわついている。
「えっと調子はどう?」
「特によくもなければ悪くもない」
「そっか。悪くないなら良かったよ」
何を聞いていいのかわからずに適当に聞いてしまったけれど普通に答えてくれた。この前の事を切り出す訳にも行かないけど折角学校に来て挨拶してくれたのにたったこれだけで終わらせたくない。なんて話し掛けよう?そう考えていると殻雛さんの方から話し掛けてきた。
「少し話したい事あるの。近いうちに時間作ってもらえないかな?」
「勿論いいよ。何なら今日の放課後でも」
「じゃあ今日でいい?」
「うん。他にも友達連れて行っていい?」
「晒首晒さんの事?」
「そう。後二人来るかも」
「事情知っている人?」
「そう」
「ならいいよ」
そういうと殻雛さんは自分の席へ行ってしまった。その後クラスメイトからは知り合いなのと聞かれたりしたけど、特に何事もなく放課後になった。殻雛さんは少し浮ついているクラスの空気なんて気にせず過ごしていた。凄い精神力だと思う。ちょっと羨ましい。その殻雛さんが他人を殺そうと思うまで追い詰められたんだからいじめの酷さがわかる。
殻雛さんとは学校外で合流した。そして近くのカラオケボックスへ入る。昨日と同じカラオケボックスだけど今日は歌いに来たわけじゃない。勿論膝枕してもらいに来たわけでもない。5人もいるとなるとカフェとかでは迷惑になるかもしれない。密談という訳じゃないけれど、余り人に聞かれたくない話だろうし。だって私と殻雛さんの共通の話題なんてこの前の出来事しかないし。今日は3人とも時間があるとの事で一緒に話を聞く事になった。枯花と否穂はテスト大丈夫なのかな?まあ今回は私もちょっと…かなり怪しいけど。皆に来てもらえて私としては心強いけれど、殻雛さんは少し圧を感じないか心配になる。でも事前に数を伝えてあるから大丈夫と思おう。
「ここなら他の人に話聞かれる事無いから。念の為、防犯カメラの映像も消すから」
「そこまでしなくていいけど」
「しなくていいならしないね」
何から話すか迷って、取りあえず私は虚雨と枯花の事を説明することにした。
「そういう訳だからここにいる三人は催眠の事を知っているの。信用してもらって大丈夫だから」
「わかった」
殻雛さんはそこから少し考え込むように目をつぶった。そして目を開くと私の方を向いた。
「この前はごめんなさい。そしてありがとうございました」
そう言って頭を下げた。
「え?」
咄嗟の事で反応できずにいる私に対し、殻雛さんの言葉は続いた。
「私最低の事言った。恋敵さんの言っている事は正しいってわかっていたのに。少なくとも人を殺すよりはよっぽどいいって頭ではわかっていたの。それでも抑えられずにあなたのことを非難した」
予想外の展開に固まる。催眠災害を解決して感謝された事はある。あんたにそんな資格はないって責められた事はもっと沢山。でも謝られたことはなかった。
「悲愛、何か答えてあげなよ」という枯花の言葉を聞いて私はようやく我に返った。
「気にしないで。本当に。私こそ殻雛さんの痛みとかを無視して行動していたんだし」
「あなただって傷ついているんじゃないの?」
「…何でそう思うの?」
「だってわざわざ対話をしようとしているから。恋敵さんの力なら相手の意志なんて無視して解決できるのに。私に言ったよね。頭の中をいじりたくない。責任取れないって」
「うん。その通り」
「でもそれだけじゃなくて恋敵さんの優しさでもあるよね。人の事を変えないように。とんでもない力を持っているのにむやみに振り回さないようにしている」
「そ、そんな事無いけど」
「それに私を止めてくれた。あの後ずっと考えていたの。私はあいつらを殺してその後どう生きるのって。ずっと復讐の事ばっかり考えていた。だからその後なんて考えていなかった。でもあなたに止められた。それでこれからの事を考えたの。やりたい事、見たいもの、食べたいもの、行きたい所。そう考えた時、私まだまだやりたい事沢山あるんだって気がついたの。そしてきっと人を殺していたらそれを楽しめない。法で裁かれても裁かれなくても、誰にばれていなくても心の棘になる。後悔する。そう気がついたの。だから止めてくれてありがとう。恋敵さんが止めてくれたから私はまだこれから生きたいと思える」
予想外の話に戸惑いを隠せない。だってそんな事…。
「悲愛。何か言いなよ」
「え、ああ気にしないで」
「違うでしょ。そこは素直にありがとうっていいなよ」
虚雨が笑いながら話し掛けてくる。
「ありがとう。そう言って貰えて嬉しいよ」
これは虚雨に言われたからじゃない。本心からの言葉。だって被害に合った人を助けても殆ど感謝されなくて加害者には責められる。被害者は記憶を消す事も多いし、そんな状況じゃない事はわかっている。それでも私は誰かにありがとうって言われたかった。枯花達は褒めてくれるし嬉しいけれど、一言くらいお礼言ってくれてもいいじゃん。そう思わないと言えば噓になる。だから私の行動を優しいと言ってくれて、私のおかげで生きたと思えるとまで言って貰えた。
「恋敵さん泣いているよ」
「え?」
「ほら使いな」
「ありがとう」
私は気がつけば泣いていた。枯花が差し出して来たハンカチで涙を拭きながら改めてお礼を言う。
「ありがとう。そう言ってもらえて本当に嬉しいよ」
今までの事が少しだけ報われた。
「恋敵さん、あなたの事を信用するって決めたの。だから言わなきゃいけない事があるの」
殻雛さんの表情が変わる。これからが本題みたいだ。感謝してくれた事が主じゃないのは少し悲しいけれど、信用するって言って貰えたのは嬉しい。
「何?」
「私ね、思い出したんだけど、催眠アプリはいつの間にか入っていたんじゃない。私に存在を教えてくれた人がいるの」
「え?」
予想外の言葉に驚く。催眠アプリは勝手にインストールされている。それが私の認識だった。でも誰かがその存在を教えている?どういう事?
「殻雛さん。詳しく教えて」
「詳しくって言っても話せる事はあまりないの。二週間くらい前の話なんだけど、私は買い物に出ていたの。その帰り道ね、同じくらいの年の子に話し掛けられたの」
「女子?男子?」
「女子よ。金髪のポニーテールでお金持ちみたいだった。ブランド物の靴履いていたし、爪とかにもお金かけてそうだった」
「成程。続けてもらえる?」
「あなたの不満を聞かせてって言われたの。普通は話さないでしょ。初対面の人になんて。特に私は人間不信気味だったしね。それなのに話していた。いじめの事とか全部。今思うと最初に話し掛けられた時に、催眠を掛けられたんだと思う。スマホの画面を見せられてね。ちらっとだけ見た憶えがあるの。私の話を聞いてその子は言ったの。復讐したいでしょって?私はしたいって答えた」
「それで催眠アプリを紹介されたの?」
「紹介されたって言うよりその場でスマホを渡してインストールされた。私は家族でもスマホを渡したくない。でも渡した。初めて会った人にね。それでこれ使って頑張ってねって言われた」
「その事を忘れていたんだよね?」
「そう。私の認識だとその日は普通に買い物して帰っただけだった。夜、気がつけばスマホに勝手に催眠アプリが入っていた。その後は話した通り」
「いつ思い出したの?」
「月曜の夜」
「って事はあの日だよね」
「そう」
「記憶が戻ったきっかけに憶えはある?」
「きっかけではないけど、私なりの推測があるの?憶測になるけどいい?」
「お願い」
「多分だけどあの催眠はあなたの物より弱いと思うの。私ね、催眠アプリを手に入れてから毎日同じ時間にスマホのアプリを開いていた。夜九時ね。その時に催眠に掛かっていたんだと思う。私の記憶が戻ったのは九時をちょっと過ぎた頃。つまり一日しか効かない。だから毎日掛けるように仕向けた」
「自分で自分に催眠を掛けるように仕向けられていたって事?」
「多分ね。そう思えば相手が自分で催眠アプリを入れさせなかった事も辻褄が合う気がしない?」
「今までの催眠ツールは人に掛けるもので自分に掛ける機能は無かったはず…。新しい物?それとも改造したもの?ここ最近催眠ツールがスマホばっかりだったのはそいつがバラまいていたから?もしそうなら他のデバイスは全部回収終わったのかな?いや楽観的過ぎるし」
「悲愛。悲愛!」
「あ、ごめん何?」
「一人の世界に入らないで。殻雛さん困っているよ」
「あ、ごめん」
考え事をする時、自分の世界に入ってしまうのは私の悪い癖だ。自覚しているけれど、なかなか治せない。恋理や愛は私が考え込んでいても特に何も言わなかった。恋理はまったく気にしないし、愛は何も言わずに側にいてくれていた。否穂達も私の癖を知っているから普段は何も言わない。
「それで恋敵さん。私はその女の人を探した方がいいと思うの」
「同感ね。私も探すつもり」
「それで私が彼女と会ったところを毎日歩いて回るつもりなの。良ければ恋敵さん達にも付き合って欲しいの」
「それもいいと思う。でも殻雛さんが受け入れてくれるならもっと手っ取り早い方法があるの」
「それは何?」
「似顔絵を描いてもらうの」
「ごめん。私絵が下手なの」
「絵の上手さは関係ないわ」
「どういう事?」
「催眠で操って描いてもらうの。そうすればほぼ写真と変わらないクオリティーの絵を描いてもらう事が出来る。その絵を元に警察で探してもらう。警察にも事情知っていて協力してくれる人がいるの。私の力は催眠ツールを持っているだと遠隔で操る事は出来ないの。直接見ないと駄目だから」
「成程ね。確かにその方法の方が早いし確実ね。それでデメリットはあるの?」
「疲れるし、手が痛くなる。後、催眠を掛けられるのは抵抗あるんじゃない?」
「あなたの事を信用すると決めたから。催眠は掛けてもらっていいわ。でも一つ条件出していい?」
「何かな?」
「えーっと。その。うん」
何か言いにくい事みたいだ。まあ催眠掛けられるなんて普通嫌だしね。
一呼吸就くと、殻雛さんは少し顔を赤らめながらこう言った。
「友達になって!」
「え?友達?」
「そ、そう。私高校に入ってから友達一人もいなくて、そもそも殆ど通ってなかったのもあるし、中学から友達なんてほとんどいなかったけど、私は別に一人が好きな訳じゃなくて、イベントとかも誰かと行ってみたいし、あ、でも人付き合いの方法とかよくわかんなくて、迷惑かけるかもだし、やっぱり私なんか」
「落ち着いて殻雛さん」
「あ、ごめんなさい。つい」
「ていうか私はもう友達だと思っていたけど」
「え?嘘でしょ?」
「まあ枯花はそういう性格だから」
枯花の友達認定がどういう基準なのかは正直私も気になる。それはそれとして殻雛さんが友達か。
「殻雛さんが友達なら楽しそう」
「確かに」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。きっと楽しいよ」
「じゃあこの後何歌う?」
「え?いや私はいい」
「聞くだけでいいからさ」
「否穂は音痴だから覚悟しなよ」
「は?何言ってんの?私の上手さ教えてあげる」
「まず延長申請しないと」
「ちょっと待ってよ!そもそも似顔絵描くんでしょ」
「そんなん明日でいいじゃん。今日は今日で楽しまないと!友達記念で私奢るよ。何か頼も。何飲む?」
「殻雛さん、諦めて。これからずっとこんな感じだから。でもきっと楽しいよ」
そう言って私は微笑んだ。だって本当に楽しいし、きっと殻雛さんも楽しめると思うから。




