友達が好きな人と付き合っているなら記憶を消せばいい
恋理が何故催眠術なんて人智を超えるものを作り出したのか?理由は一つ。愛と恋人になる為。人にとってはそんな事の為にと思うだろう。けれどこの話を聞いた時、私は心の底から納得した。
恋理は世界を手に入れたいとか、支配者になりたいとかそんな小さな野望を持っていなかった。他の人にはともかく恋理にとっては小さなことだ。だって、手に入れようと思えば手に入るから。誰だってほんの少し頑張れば手には入る物を求める事を野望とは言わない。
それよりも恋理が求めた物は愛の気持ちだった。だってそれが唯一恋理の自由にならない物だから。愛以外なら恋理は心だって手に入れる事が出来る。
恋理にとって私は友達だった。嬉しい事に恋理は私と友達で居続けたいと思ってくれていた。だから催眠術を開発した。恋理自身がそう言っていたのだから間違いない。
二年前のあの日、中学校のクラスで私は恋理と向かい合って話をしたから。急に学校に来てと呼び出されたあの日。催眠を創ったと打ち明けられた。
「私ね、悲愛の事大好きだよ。悲しんでほしくない。愛の事も大好き。どっちも特別。でも種類が違う。私は愛の心が欲しい。二人とも好きだからどっちにも悲しんでほしくないの」
「それと催眠は何の関係があるの?私にはわからないよ」
「付き合っている事実を無くしちゃえば苦しむことはないでしょ。悲愛は愛の事が好き。愛も悲愛の事が好き。だから付き合っているし、別れる事になれば苦しい。それなら最初からなかった事にすればいい。それにね、私は悲愛の事親友だと思っているの。仮に愛を無理矢理奪えば私たちの関係に亀裂が入るでしょ。それは嫌。だって悲愛の事大好きだから。これからもずっと友達でいたい。催眠を使えば私は愛と付き合いながら悲愛とも友達でいられる。でしょ」
そこまで聞いて私はようやく理解した。恋理が催眠術を作ったのは私と愛に対する優しさからだったと。普通に考えれば軽蔑するべき事なんだろう。でも私は嬉しかった。恋理が私との関係をそこまで大切にしていてくれた。これからもずっと友達でいたいと言ってくれた。その事実に感動すら覚えていた。
きっと恋理が求めている人が愛じゃなければ私は催眠を受け入れていた。愛は私にとって特別だった。私の事を好きだと言ってくれた。付き合いたいと言ってくれた。例え恋理でも愛だけは渡せない。
「愛と付き合うためだけにこんな事をしたの?どれだけの人の人生を壊したの?それでいいの?」
「勿論。悲愛だって分かっているでしょ。私は私が大切な物以外はどうでもいいよ。いくら傷ついても苦しんでもね。時間稼ぎ?意味ないよ」
わかっていた。恋理に説得なんて意味が無い事は。時間稼ぎも思いつかなくて私はただ逃げ出した。逃げようとした。でも出来なかった。動けなかった。
「無理だよ、私がスマホ見せた時点で催眠に掛かっているから」
そう言われて。何も出来ないとわかって。それでも愛と別れたくなくて。それで抵抗しようとした。そこまでしか覚えていない。
気がつくと恋理はいなくなっていた。私は訳の分からないまま帰ろうとして、学校を出た。そこで恋理を見つけた。地面に伏して死んでいる恋理を。
警察の捜査とか学校の聞き取りとか色々あり過ぎて、現実味がないまま数日が過ぎていた。恋理の死は自殺として処理されて、葬式があった。私は立ち直れないまま葬式に参加して流されるままに焼香をしてお経をあげて気がつくと出棺が始まっていた。泣くことすら忘れていたけれど、私の様子がずっとおかしかった事も有ってみんなが心配してくれていた。
葬式の後、愛と二人になって私は初めて泣いた。愛にはあった事全てを打ち明けた。ひたすら泣いていた。
次の日、愛はまたねと一言だけメモを残して消えた。
私は未だに恋理が死んだ事を受け入れきれていない。というよりも生きているんじゃないかと疑っている。だって恋理が私に殺されるなんて信じられない。そもそも催眠術なんてとんでもない物を開発した恋理だ。私や他の人が見た死体が偽物や幻だっておかしくはない。恋理は何処かで生きているかもしれないし、皆に催眠を掛けて他人に成りすまして生きているかもしれない。恋理ならあり得る。
勿論、私が殺した事を認めたくないからそんな言い訳をしているんだろと言われればその通りだとしか言えない。それでもどうしても恋理は生きているのではないかと思ってしまう。
私には何もわからない。愛がいなくなった理由も恋理が本当に死んだのかも。
ただ一つ確かな事がある。
私は一人になった。
そして催眠ツールを持った人達が欲望を解放させ始めた。恋理はバラ撒いたサンプルに幾つか制限を掛けていた。まず催眠ツールが使える範囲はこの町だけ。この町を出てしまえば使えないし、持っている人が外に出れば外から催眠は使えない。掛けた人が出ても掛けている催眠は解けないけど、町の外で命令を出す事は出来ない。掛けられた人が出てしまえば解ける。当然パニックになる。私もそれで気がついた。
次に行動の制限と記憶の制限。恋理がいなくなっても三ヶ月の間は催眠に関する事を思い出せないようになっていたし、恋理の命令以外は普段の生活しか送れないようになっていた。その二つの制限が消えた。町はある日いきなりパニックになった。
私もサンプルがバラ撒かれていた事は聞いていたけれど恋理と愛がいなくなった喪失感から気が回っていなかったし三ヶ月も何もなかったからてっきり終わった事だと思っていた。
そして地獄が始まった。結局急に変わり始めた町に対して後手に回って何とか走り回って解決していた。あっちを解決すれば後処理で十倍の問題が出てきた。家族を守って他の事を解決しようとして、疲れ果てて。その繰り返しでボロボロなっていく様子を見て家族は心配してくれて、限界を迎えていた私は嫌気がさして催眠を掛けてしまった。そしてまた自己嫌悪に落ちた。当時はまともに眠れなかった。食欲もなかった。限界を迎えそうになっては自分に催眠を掛けて無理矢理食べて眠っていた。学校になんて当然行けていなかった。
人の欲望とエゴと醜さを何度も見せられることになった。最初の内は催眠術の事を誰にも打ち明ける事はしていなかった。だから一人で全てを背負い込むことになった。失敗も多かった。当然だ。だって、そこら中に催眠を掛けて元の生活に戻そうとしても必ず掛かっていない人が出てくるし、一人で全ての事に対処しきれるわけがない。事件は増え続けて対処しないといけない事も増え続ける。私は限界だった。なんで私がこんな目にあわなきゃいけないのか。もう限界だ。もうこんなもの見たくもない。何もしたくもない。余りに醜悪な光景を見て自分を守るために消した記憶もある。兎に角追いつめられていた。限界だった。虚雨に会ったのはそんな時だった。




