警察署にいると悪い事してなくてもなんか悪い事している気になるよね
「悲愛、今日の放課後って暇?」
否穂が要件を言わずに暇かと聞いてくるときは何か厄介な問題がある時だ。多分警察関係。昨日の今日で流石に疲れている。というか雨擦さんの後片付けで殆ど寝られていないし。出来れば関わりたくない。
「いや暇じゃないけど」
暇です。
「じゃいいや」
「一応聞くだけ聞いとく」
「いいよ別に。急ぎじゃないし。悲愛は聞いちゃえばほっとけなくなるでしょ」
その通りだけど。だから聞きたくないんだけど。聞かなければ聞かないで絶対にもやもやする。後、否穂はけっこう割り切るタイプなので他人は他人、必要なら関わる。助けられるなら助けるし、無理なら助はしない。そんな感じだ。少し恋理に似ている。まあ、恋理程ドライじゃないけれど。恋理は助けられる人でも興味無ければ助けないし。
その分、否穂も恋理も身内認定した人には凄く優しい。
「聞くよ、教えて」
「えー本当に良いよ。疲れているでしょ。休みなよ」
「…本当に急ぎじゃない?」
「えっと誘拐だって。五歳だか六歳の女の子」
緊急じゃん!超緊急事態じゃん!一刻も早く解決しないとまずいやつじゃん!放課後とか言ってらんないやつでしょ!
「いやそれは駄目だよね!何とかしないと!」
「でもそれはお父さん達の役目だし」
そうだけどさ!それは正論だけどさ!
「いいから行くから。車回してもらって」
「わかった」
「今すぐね!」
「本当に優しいね」
最初は否穂と二人で行くつもりだったけれど、心配してくれた虚雨と心配半分、サボりたい気持ち半分の枯花も一緒に行くことになってしまった。
迎えに来た車は流石にパトカーじゃなかった。前パトカー出来た時は騒ぎになってしまい後処理が大変だった。まあ今回もサボりにならないよう少しは催眠を掛けるけど。後なんかパトカーに乗ると自分が悪い事をしているような気になってしまう。枯花とかは初めて乗ったってはしゃいでいたけれど。
警察署に着くと裏口から入る。馴染みの警察官が迎え入れてくれた。そのまま所長室に案内された。
「いやよく来てくれた。恋敵さん」
そう笑顔で声を掛けてきたのは否穂のお父さん。警察署所長の晒首晒胴内さん。否穂とはあまり似ていなくていかつい顔をしているけれど、とても優しい人だ。
私は催眠後の処理を協力してもらう変わりに、時々手伝いをしている。例えば記憶喪失の人が発見された時に記憶を戻したり、立てこもり犯を自首させたり。今回みたいな緊急事態の時も協力している。
「それで誘拐があったんですよね」
「そうです。それで力を貸してほしくてですね」
「それは勿論いいですけど、掛ける相手はいますか?」
「犯人の写真があります」
私は人の姿がわかればその人をイメージする事で催眠を掛けることが出来る。感染しているかどうかも写真越しでも判別できる。
「わかりました。それならそいつに催眠を掛けて居場所を連絡させます。もし共犯者がいて写真が撮れそうなら送らせます。それでいいですか?」
「頼みます」
私が力を貸す場合人を殺さないようにする。それが条件。掛ける奴にも無理をさせる気はない。犯罪者に同情する気はないけれど、命を奪いたくはない。
差し出された写真は防犯カメラの映像を現像した物だった。
「これなら大丈夫だと思います」
そう伝えると胴内さんは少しほっとしたような顔をしていた。
私は左目に手をかざして写真の人を見る。そしてこの誘拐がただの誘拐では無い事を悟った。ため息をつきそうになるのを我慢する。人がいるところでため息はつきたくない。私だってそのくらいの恥じらいはある。
私の変化を悟った虚雨が話し掛けてきた。
「悲愛、もしかして問題発生?」
「うん。晒首晒所長。この人催眠に掛かっているか催眠ツールを持っています」
「…そうですか。まずい事になりましたね」
世界中の人に催眠を掛けられるなら、全ての人に催眠を使うな、放棄しろと命令してしまえばいい。けどそれは出来ない。理由はわからない。きっとわかるのは恋理だけだ。ありとあらゆる事を命じる事が出来る。人間の限界以上の事をさせる事も出来る。肉体的には無理で壊れてしまうけれど。だけど催眠に関わる事だけは出来ない。色々試した。催眠ツールを習得したら放棄しろ、催眠を使うな、ツールを手に入れたら報告しろ。どれも効かなかった。もし効いていたなら催眠災害なんてもう起きていない。更に言えば催眠ツールを持っている奴、私以外に催眠に掛けられている人に遠隔で掛ける事も出来ない。ただ目の前に行けば掛ける事が出来る。
「面倒な事になってしまった。恋敵さんに隠し事は出来ないので言ってしまいますが誘拐されたお子さんはお偉いさんの子どもでしてね。詳細も話しましょうか」
「あーいいです」
成程。上からせっつかれていると。人の命は平等といいたけれど実際問題そうとは言えない。私にとっては家族と彼女三人そして恋理と愛が特別。もし他の人と命を天秤に掛けろと言われたら迷いながらも私は他人を捨てる。だから誘拐された子供の親がその子を助ける為に何かをしようとするのは理解できる。それでもそのせいで他に犠牲が出る事は許せない。今回は催眠が関わっている。何があるかわからない。勿論催眠で無理に行動を制限する事は出来るけれど、したくはない。気持ちはわかるしね。早めに解決しないと。
「まだやりようはあります。誘拐された子の写真はありますか?その子に掛けて何とかするとか」
「それは難しいですね。現状がわからない上、変な行動をさせれば命の危険もあるかもしれません。しかもその子は小学一年生です。催眠を掛けられている可能性も高い。出来る事は限りがあります」
「その通りですね」
そうなるとどうするか。警察が誘拐犯の行き先を見つけるまで待って同行する。一目でも見られれば催眠を使える。それが一番確実だけど時間がかかる。時間がかかればかかるほどリスクは高まる。
少し派手にやるか。あんまり使いたくないけれど人の命が掛かっているから許して欲しい。
「少し派手にやってもいいですか?」
「と言いうと?」
「アラートを使います」
「成程。それは派手ですね」
「人命が掛かっているので。どうでしょうか?」
「そうですね。それが手っ取り早いし確実ですね」
「犯人の居場所は絞れていますか?」
「一応防犯カメラで追ってはいるのですが難航しています。不思議に思っていたのですが、催眠アプリが関わっているなら納得です」
「それなら全域でやるしかないですね。まあ元々アラート使うならそうなりますが。準備が出来たら声かけてください」
「わかりました」
その後私達は空いている部屋に通されてお茶とお菓子を出してもらって休憩していた。警察でもてなされるってなかなか凄い体験だと思う。多分だけど。もう何回かしてもらっているから慣れたけれど、小市民の私は初めての時はビビりまくっていた。何も悪い事をしていないのに。お父さんが所長の否穂はともかく枯花と虚雨が堂々としていたのは凄いと思ったけど。
お弁当も出してくれるとの事なので甘えることにした。今日は購買で買うつもりだったからお小遣いが浮いてラッキーだ。虚雨と枯花も売店で買うつもりで否穂はお弁当があるけど部活前に食べるからいいとの事だ。お弁当二つ食べて太らないなんて羨ましいけれど、その分運動しているからと言われてしまえば何も言えない。私には無理だ。
三〇分位したと事で婦警さんがお弁当を持ってきてくれた。食べようとした時だった。
「準備が出来たとの事です」
そう言われた。タイミング悪いなあ。三〇分で準備できるのは流石だし、優秀な証だと思う。守られる市民としては心強い。それはそれとして今かあ。言いに来た婦警さんも少し気まずそうな顔をしている。さっきお弁当持ってきてくれたばかりだもんね。
「お昼を召し上がってからでも大丈夫との事ですが」
「大丈夫です。少しでも早く解決した方がいいです。三人は食べていて」
「いいよ、悲愛の付き合いで来たんだし。何も出来る事はないけど一緒に居るよ」
枯花の言葉に二人も頷く。私は本当に良い恋人に恵まれた。心の底からそう思う。
「ありがとう。じゃあお願い」
私達は空き部屋を出て、地下へと向かった。地下にある扉を開けると所長と目が合う。こちらを見て頷いてくる。もう準備は出来ているみたいだ。
警察署の地下には普通の人には知られる事のない秘密の部屋がある。というよりも私が作らせた。そこまで言うと少し大袈裟だけど。元々は地下にあった物置だったところを改装して色々置いた。普段は使っていない部屋。定期的なメンテナンスはお願いしているけれど。部屋の北側の壁には一面モニターが置かれている。今映っているのは町中にある防犯カメラの映像。リアルタイムで流れている。勿論一度には写しきれないから次々と切り替わっている。勿論こんなプライバシーの侵害が許されるはずはない。普通なら。普通じゃない方法で作らせた。こういう時の為に。この部屋の事を知っているのはごく少数。知っている人には催眠を掛けて悪用出来ないようにしてある。
私はモニターの前に立つと「お願いします」と言った。
すると町中にアラートが流れる。
『緊急血波速報。すぐに安全な場所に避難してください。直ちに高所へ避難してください』と。
普通じゃない速報。血波ってなんだよと聞かれると何も答えられない。だって何となくでつけた名前だから。意味なんてない。このアラートはあぶり出しの為の物だから内容はなんでもいいのだけど、気持ちの問題で実際の災害は使いたくなかった。結果的に異質感が出て良かったと思う。
「あ、出てきた。悲愛、あそこ」
否穂がモニターの端の方を指さす。そこにはビルから出てきた男性が映っていた。周囲をきょろきょろと見まわしている。明らかに挙動不審だ。多分正解。
さっきのアラートが鳴ってからも町には何も起きていない。何一つ変化は起きていない。だって、さっきのアラートは普通の事だから。そう書き替えた。町にいる人。そして周辺の人。誰もさっきのアラートの事で気にしない。何もしない。普段とは何も変わらない生活を送っている。勿論高所へ避難なんて事も。もしこの不自然なアラートに反応する人がいればそれは催眠に掛かっている人か催眠ツールを持っている人。
左目を起動させて映像の中の男性を見る。纏っている色は白。さっき見た時と同じ色。白色は催眠ツールを持っているか掛けられていて一時的に私の催眠が掛かっていない状態だ。私は目の前に行くと相手を自動的に感染させてしまうから白は結構貴重だったりする。
「ビンゴ。この人も掛かっていません。多分仲間です」
「わかりました。車は用意してあります」
そして三〇分後事件は解決した。相手が何処にいるかがわかれば後は簡単だ。彼らが潜伏している建物に警察と一緒に入る。鍵は管理人に借りて。もしチェーンとかがあれば切ってもらう。騒ぎに気がついて誰か出てくれば催眠に掛かって無効化出来る。後は中に入ればそれでおしまい。人質を取って行っても拳銃を持っていても関係ない。仮に目を何かで隠していても無駄。私は肌の一部でも目視できれば掛けられる。相手が私を視認しても掛かる。身体を完全に覆い隠して外を見えない程に隠していれば防げるけれどそこまでしている人間はまともに動けないだろう。
ともかくこの誘拐事件も簡単に終わった。警察に混ざって制服でのこのこと着いて行く場違いな私を誰も疑問に思うことは無く、終わった。廃ビルへ入り犯人の一味をみればそれで終わった。移動時間の方が長かったくらい。犯人は既に警察署へと連行されている。私は犯人のスマートフォンから催眠の力を吸収し終わったので(またアプリだった)誘拐された女の子と一緒に居た。誘拐されていた琴葉ちゃんは小学一年生とは思えない程しっかりとしていた。私が書学生低学年の頃なんて愛ちゃん恋理ちゃんパパママ涙としか言っていなかった気がする。いや絶対それ以外の事も言っていたけれど全然覚えていない。少なくとも琴葉ちゃんみたいに大人びてはいなかった。琴葉ちゃんが特別なのか今の子どもはみんなそうなのかわからないけれど凄いなあと思う。それでも身体が震えている。当然だ。記憶を変える事も出来るけどどうしよう。今日の事はトラウマになるかもしれない。それは可哀そうだ。でも。既に何度か今日みたいな事をしている。だから今更だとは思う。けどそれでも抵抗がある。特に子供なら尚更。恋理はならこんな風に悩まないんだろうな。他人はどうでもいいから。冷たいと感じると共に少し羨ましい。
琴葉ちゃんは一旦警察署へ保護されたので婦警さんと一緒に様子を見ることにした。犯人たちには全て自白しろと催眠したので後は大丈夫だと思う。一先ず手持ちのお菓子をあげても食べない。どうしよう。
そんな事を悩んでいたら男性と女性が飛び込んできた。琴葉と叫んでいるし琴葉ちゃんも駆け寄っているのでご両親みたいだ。無事を喜んでいる姿を見ていると泣きそうになってしまう。ご両親と相談した結果様子を見る事になった。もし今日の事で精神が不安定になるなら催眠を掛ける。そう約束して終わった。
それにしても四日続けて催眠災害が起こるなんて久しぶりだ。異常事態と言ってもいい。疲れるし嫌になる。




