天国へ近づくためのトンネル ---ハミャック伯領の聖なる泉
今年も夏のホラーに参加です。
世の中は、相変わらず混迷しているようで、……何もできない反省というわけではないですが、このような話を書いてみました。
随分と昔の話である。
世界の国々が二つの勢力に分かれ、それぞれの威信をかけて、戦争に明け暮れた時代があった。
『どうして、そんなことが起こったのか? 』
と、問われても今となっては詳しくは分からない。
ただ、資源を持つ国が、持たざる国らに対して、不当な要求を突きつけたとか、あるいは、軍事大国が自国の古くなった武器を使用して、また新しく生産するために隣国を襲ったのだ。……とか、今となっては、いろいろな推測がなされている。
最初は、とても領土が広く豊かな南の国と、資源が豊富で軍事産業に長けた北の国との二国間だけの戦いであったが、どちらも経済的に影響力の強い国だったため、結局、周りの国々は次々と巻き込まれていった。
南の国に味方することを決めた国は"青い旗"を掲げ、北の国に与することにした国々は"赤い旗"をシンボルにする。
そんなふうに、赤組と青組、二手に分かれると、まるで運動会にでも興じるように、世界は先の見えない暗闇に突入していったのだ。
そんな中でも、一つの小さな国が運命に抗うように中立の立場を保っていた。
この国の国旗は、白地に赤い果物がデザインされたものなので、仮に"白い国"と呼ぶことにしよう。
白い国は険しい山々に囲まれた辺鄙な場所にあった。そして、この国は、代々、ある伯爵家によって守られてきた領地である。
本来は、人が住むのに適さないような不便な所にあるので、どこの国からも必要以上に干渉されることもなかった。だが、三百年程前に、聖コアンポロンが谷間で泉を見つけ出したことから、一躍、聖地になったのである。
それまでの白い国の産物というと、岩塩ぐらいしかなかったのだが、そのせいか、"聖コアンポロンの泉"の水は、ナトリウムやミネラルが豊富で、『 万病に効く 』 という噂が流れ出したのだった。
そこで、その効力を信じ、世界中の人々がこの国を訪れるようになり、とうとう泉の側には国営の病院までが建てられたのである。
病院では、泉の水を沸かした温泉を利用し療養が行われ、今ではそれが白い国の観光資源となって国民の生活を潤しているのだ。
だが、青い国と赤い国の戦いが長引くにつれ、戦場も広範囲になってきた。
そこで、いよいよ白い国も立場をはっきり決め、どちらかの陣営に与しなければならなくなったのである。
とはいえ、この国には温泉施設の利用や療養のために沢山の人々が訪れているのだ。そう簡単には決められない。また、観光客と称して紛争国から逃げて来た人達もいて、それを単純に選別して切り捨てることもできないのだ。
では思い切って、国民以外の人々を平等に全て追い出し鎖国にする。とか、今更、そんなこともできない。
そこで、こんな事情から、白い国はいつまでも立場を顕かにせず、ダラダラと過ごしてきたのである。
ある日のことだ。
白い国で、この国の行く末を決めるための国民会議が行われた。
本来、この国の人口は千人程度しかいないのだが、今では、その五倍以上の観光客らが逗留しているのが現状である。
それでも、伯爵領にある三十の地域から各地区の代表として三十人の議員が領主・ハミャック伯爵に意見するために集まった。
だが、肝心の伯爵はというと、今年でやっと十三歳になったばかりで、ちょっと頼りなさげな少年なのである。
ハミャック伯ドミトリー・ニコラエヴィッチは、幼い頃に両親を流行病で亡くしてしまった。
それ以来、少年は、伯爵家を代々支えてきた使用人達に守り育てられてきたのである。
確かに大切にされてはいるが、他人の中で育ってきた子である。残念な話だが、誰に対しても気遣いはできるが、少々、自主性や決断力に乏しいところがあった。
何かというと、人の意見を聞きたがる。
そんな少年に対して、周りの者達も随分と気遣いアドバイスをするのだが、それはそれで、少年の自立を阻んでいた。
会議での話である。
三十地区の中の一つであるドード地区の代表者が意見を述べた。
「青い国には申し訳ないが、……赤い国側につくべきです。
青い国が一方的に攻撃されたことから始まった戦争ですが、おそらく、軍事大国を相手に勝ち目はないでしょう。今のうちに、赤い国連合に協力姿勢を示し、戦後処理時に有利になるよう備えるべきです」
いかにも金儲けが好きそうな、血色の良い中年男である。
ドード地区は、この国で一番賑やかな商業地区なのだ。
また、一方では、ドイリー地区の代表がこんな意見を述べた。
「赤い国が強国だとしても、決して与するべきではない。
……どう考えても、社会的正義は青い国側にあるのです。ここで、もし赤い国の暴挙を許すことになったら、これからの平和秩序を乱すことになります」
いかにも真面目な理想論である。
ドイリー地区は、この国の大学や教育機関が集まっている文教地区だ。そのせいか、この代表は、いかにも大学を卒業したばかりで、理想に燃えているような元気な青年だった。
だが、政治家としてはどうだろうか?
老齢の議員たちは 『青い奴だ! 』 という表情で見つめている。
そして最後に、ラスボスのように、ドクトル・パシリーが意見を述べた。
「ここは所詮、赤でも青でもないのです。
ですから、そこは割り切って、この国に集まってくる人々を"患者"として受け入れればよいのではないでしょうか。
そして、……この際だから、彼らが落とす医療費や、その他諸々の金で国庫を潤すべきです」
こんなふうに、親切なのか、えげつないのか判らないような現実的な意見を述べたのである。
ドクトル・パシリーは、何を隠そう、国立聖コアンポロン温泉病院の医院長で、結構な遣り手として知られている人物なのだ。
そして結局、この日の会議は、皆がパシリー氏の意見に賛同する形で閉会したのである。
その日の夜のことだ。
少年ハミャック伯は自室で頭を抱えていた。
会議で話された意見は、確かに参考になるかもしれない。だが、所詮、自分自身の考えではないからだ。
どちらにしろ、最終的には彼自身が国の代表として承認しなければならないのに、自分自身を納得させるにしても、あまりに世の中のことを知らな過ぎる。……そこで、とてつもない不安に襲われていたのだ。
それでも、少年は、年相応ではあるが、自分の思いを必死にまとめようとしていた。
「ねぇ、マロ! 君ならどうしたい」
ハミャック少年は、部屋の隅に置かれたハムスターの籠に向かって話しかけている。
幼い頃に両親を亡くした孤独な少年は、ペットのハムスターを大切に可愛がっていた。
マロとは、白と茶色の毛並みが美しいゴールデンハムスターのオスで、ちなみに正式名称は"マロI世"という立派なものなのだ。
「……僕は、自分では何もできないんだよ」
少年は、半ば諦めたように独り言を零した。
「……皆には、『何でもできる立場です! 』 なんて言われるけど、本当は、何一つ決めることができないんだ」
しかし、マロは、少年の言葉に全く興味がないようで、掌の上に乗ると、差し出されたヒマワリの種を美味しそうに齧っている。
「はぁ、……君に話した僕が馬鹿だったよ! どうせ、君には関係のないことだものね」
そう言うと、深い溜め息をついた。
それでも、少年伯爵がこんなふうにハッキリと溜め息をつくのは、マロと一緒にいる時だけなのだ。普段は、多くの使用人らの目があるので、そう簡単に無様な姿を曝け出せないからである。
「……でもね、僕はこう思うんだ。
わざわざ、この国を選んで逃げて来る人達を追い出すのは、ちょっと違うんじゃないかと」
そして、やさしくマロの背中を撫ぜたのである。
やがて、白い国ではドクトル・パシリーの超現実的路線が採用されることになった。
白い国を訪れる人達に対しては、ある程度の基準を満たした人に限って湯治客として受け入れる。だが、あくまでも白い国の住人とは認めない。早い話が、逗留はできても国民にはなれないということだ。
つまり、そういう形で対応することで、あくまでも中立国としての立場を貫こうとしたわけである。
しかし、それでも安心な国として、白い国に逃げ込んで来る人達は日増しに増えていった。
白い国は、もともと高度の高い山の中にある。
そこで昔から、そこに辿り着くだけでも大変な難所だった。
そんな理由からか、白い国に至る道筋は、いつの間にか"巡礼の道"と呼ばれるようになっていったのである。
それでも近年、観光客の需要から、登山列車を走らせる計画が持ち上がった。
これには、経済的期待から国中が大いに沸いたのだが、いざ工事が始まると難所が多く、思うように計画が進まない。
中でも、特に険しい聖コアンポロン山の中腹を貫き、白い国へ抜けるためのトンネル工事が難航した。
沢山の坑夫や、最新の掘削機も導入したが一向に成果が上がらない。
どうやら特別に硬い岩盤があり、それが邪魔で掘り進められないようだった。
やがて鉄道会社も予算的に無理だと判断したのか、工事を中止したのである。
折しも、戦争が激しくなった頃の話だ。
そして、そんな事情から、この国に至る道の途中には"未完のトンネル"が存在することになったのである。
『では、このトンネルは、……どこの国に属するものなのか? 』
やがて人々の間で、こんな議論がされることになった。
ある者は、 『これはB国のものである』 と嘯いた。
B国とは、山の麓にある国で、青い国に与している。
だが、トンネル自体はハミャック伯が所有する聖コアンポロン山に存在しているのだ。
そこで、『未完のトンネルに逃げ込めば、白い国に入ったも同然になる! 』と、そんな噂が流れ始めた。
すると、その噂に引き寄せられるように、戦争に巻き込まれ行く場所がなくなった人々が、この平和な国に少しでも近づこうとトンネルの中に逃げ込むようになったのである。
その頃、白い国では金銭的に余裕のある人達は"患者"として受け入れていたが、一方で、貧しい人々は入国することができなかった。
そこで手っ取り早く、トンネルの中に逃げ込んだわけである。
トンネルの中は湿気があってとても暗い。正直言って、とても住みやすいとは言えなかった。だが、外の世界と違い、爆撃に会うことはないのだ。
そこで、ますます人が増えていったのである。
ただ残念なことに、トンネルの特殊な事情から、どこの国からも正式な支援が得られなかった。
それでも時々、白い国の有志達からの配給があり、人々はそれを分け合って凌いだのである。
ある日のことだ。
激しい雨が何日も続いた後、やっと晴れて抜けるような青空が広がった。
すると空の上に、一団の戦闘機が飛んできたのである。
それは、まるでトンボの群れのようにブンブンとエンジンを鳴らした。
「母さん、見て! きれいだなぁ、……トンボみたいだ」
トンネルを抜け出して外で遊んでいた男の子が、空を見上げて叫んだ。
ズザザ、ズザザザ……
大音響と共に、銃撃が放たれた。
そして、その子は、笑顔のまま地面に突っ伏したのである。
この日を境に、トンネルの外は安全ではなくなった。
白い国の不明瞭な態度に業を煮やした赤い国が、積極的に攻撃を始めたからである。
こうして、トンネルの中の人達は、いよいよ追い詰められていったのだった。
人々は、より白い国に近い場所へ逃げ込めないかと悩んだ。
そして一つの結論に達した。
『いっそのこと思い切って、自分達で再びトンネルを掘り進め、白い国に繋げてはどうか? ……そうすれば、白い国に逃げ込んだことになるのでは! 』
もちろん、冷静に考えれば、こんなことは無謀なことだが、だんだんと近づく戦争の恐怖に、人々の志向もおかしくなっていたのである。
それからというもの、トンネルの住人らは誰もが協力し、まるで火が付いたようにトンネルを掘り進めた。
そして、いよいよ年の瀬が迫った頃のことである。ある男がトンネルの奥に手応えを感じた。
「おーい、なんだか行けそうだ。……いよいよ、光が見えるかもしれんぞ! 」
その一言に、皆が色めき立つ。
「おう、……とうとう天国に近い国へ行けるな! 」
そう言うと、別の若い男が鶴嘴を振り上げ、岩盤の上に思いっ切り突き立てた。
すると途端に、ゴーゴーという音が響き渡ったのである。
トンネルの先には、とんでもない水脈があったのだ。
やがて、それは溢れ出し。まるで川のようになり、人々をトンネルの外に押し流した。
だが、水はあっという間に大河のようになったため、住人たちの姿は見つからない。
そこで、空から攻撃されることもなくなったのである。
しかし、事件は、この程度では済まなかった。
なぜなら、トンネルから溢れた水は止まることがなかったからである。
やがて大河は、ますます広がり、白い国の周辺の国々まで飲み込んだ。
そして、それでも飽き足らないかのように、多くの川を巻き込みながら海に向かって流れていった。
その上、地上でも激しい雨が何か月も降り続けたのである。
いつの間にか全てが、……赤い国も、青い国も、そして白い国さえも、青い水の中に消えてしまったのだった。
つまり、青い星は、真の意味で"青い星"に変わってしまったのである。
== END ==
地球が本当に平和になる時は、……こんな時ではないかと、ちょっと薄っすら怖くなっていただければよいのですが、……




