狸汁
「た、助けてくれー!」
儂らは逃げ回る余所者を追いかけていた。
追いかけている余所者に知られてはならない秘密を見られたからだ。
ズドーン!
崖際に追い詰めた余所者を多吉爺さんが撃ち殺した。
崖下に回り込んでいた集落の若い衆が余所者の遺体を回収するのを見下ろしながら、秘密が守れた事に安堵する。
此処らに点在する集落は皆、遥か昔の神話の時代に戦に敗れ、山奥の奥に逃げ込んだ儂らの御先祖様が作った隠れ里。
外界の者に見つかったのは明治維新の少し前。
新政府軍の大規模な部隊が道に迷い、人里離れた山中を彷徨った挙句に辿り着いたのが儂らの集落。
少人数の部隊だったら先ほどの男のように殺していたらしいのだが、流石に完全武装の大部隊相手では無理だったので、そのまま明治政府に従う事を選ぶ。
政府に従いはしたが儂らは外界の者たちとの交流を拒絶し、周辺に点在する同じ境遇のものたちと共に時を過し今に至る。
とは言っても、今、令和の時代の今では平家の隠れ里のように観光地となってはいるのだがね。
此処らの集落の名物料理は羹汁。
集落の羹汁は精が付くと、結構遠くから態々食いに来る者もいるくらい有名なんだわ。
羹汁を客に食わせれば食わせる程、御先祖様の供養にもなるんで儂らとしても大歓迎ではある。
儂らは遥か昔の人獣戦争で人に敗れ、此の地に逃げ込んだ狸族の末裔。
観光客共には羹汁に使われている肉は狸だと言ってはいるが、本当は猿、毛無しの猿の肉を使っているんで、絶対に外界の者に知られてはならないんだよ。