あたしをお嫁さんにして下さい
ひとつひとつ説明するのは煩わしかったが、親友であり幼馴染みであり敬愛するキャナリィがそんなことをすると愚かにも信じていたエボニーと無能達に真実を教えるために、クラレットは言葉を紡ぐ。
「曰く、失くしたハンカチがゴミ箱から出てきた・・・ですか?特別クラスの敷地に近い場所に落ちるはずの無い平民のハンカチが落ちていたら学園の美化を担当するものはどうすると思いますか?」
その場にいた誰もが同じことを思った──処分するなと。
そもそも関係者以外立ち入りを制限されているところに平民の使うハンカチ等怪しさ以外何もない。ゴミ箱から出てきたとしても何の不思議もない。
「もちろん美化担当の職員に確認は済んでいますわ」
大方キャナ様かジェード様を付け狙って特別クラスの敷地の側をウロウロしていた時に落としたのではないかとクラレットは思っている。
「曰く、歩いていると花瓶が落ちてきて危うく死ぬところだった。曰く、湖に突き落とされた──ですか?割れた花瓶に濡れた女生徒・・・今回軽く調べましたがそんな報告、学園側にはあがっていないそうですわ。あとは、階段から突き落とされかけた、ですね。事実は存じ上げませんが一般クラスの生徒が利用する階段なんかにキャナ様がおられれば目立ってしかたがないでしょう?何を根拠にキャナ様に突き落とされたと言うのですか?」
百歩でも万歩でも譲りたくは無いが、もしキャナリィが花瓶を持ち上げたり人を突き落としたりすれば逆に彼女が手を痛め怪我をするのでは無いだろうか。それくらいあり得ないことである。
これまでの噂を全て否定されたエボニーはクラレットに食い下がった。
「確かに花瓶と湖の件は学園内ではないけれど、王都の街中でひどい目にあったんだから!目撃者も沢山いるわ!
それにウィスタリア侯爵令嬢が直接手を下したとは限らないじゃない!」
キャナリィにエボニーに嫌がらせをする理由も無いことは分かったし自作自演もあったのだが、今までジェードにさも被害者のように話してきたためスッと口をついて言葉が出てしまった。
エボニーの学園外という言葉にクラレットは一瞬目を見張るが、その後呆れたような視線を向けた。
「まだ言いますか。キャナ様にはあなたに嫌がらせをする理由がないと言っているではないですか」
学園外とはいえ間違えば命の危険もあったのだ。もう嫌がらせの範疇では無い。エボニーはここで決着をつけなければどっちにしろ命が危ないとばかりにクラレットに食ってかかった。
「じゃあどう説明するのよ!」
最早平民が貴族に使って良い言葉遣いではないが、そんなエボニーをクラレットが気にする様子はない。そして無関係である街中での被害の説明などクラレットに出来るはずもないのだがエボニーはそんなことも考えられないほど追い詰められていた。
──マズイマズイっ!!貴族と縁を持つどころか敵に回してしまった。
助かる方法を模索していた時、ふとジェードと目が合った。
そう言えばジェードがウィスタリア侯爵令嬢と婚約していないと言うことは、ジェードはフリーと言うことではないか。
次期公爵ではなくとも公爵家の血を引いていることは間違いないのだ。きっと弟や侯爵、伯爵令嬢から守ってくれるに違いない。
エボニーは現在の状況を忘れ、喜色を浮かべてジェードに訴えた。
「ジェード様!ウィスタリア侯爵令嬢と結婚しないのであればあたしをお嫁さんにして下さいっ」
「え、嫌だよ」
食い気味に返ってきたのは断りの言葉だった。