あたし、殺されるの?
貴族は馬車を使うが平民は当然徒歩での登下校である。
正直きついのだが一部の裕福な家と推薦を受けた者しか通うことの出来ない学園の制服を着て街中を歩くのは憧れの眼差しで見られることもあり、気持ちが良い。
ガシャン!
丁度商店が並ぶエリアから住宅街に入ったところで何かが上から降ってきてエボニーの足元で割れた。
「ヒッ!」
すぐに飛び退き上を見たがどの窓も閉まっており、誰の姿もない。
「か、花瓶?」
足元と言っても距離はありエボニーに当たる可能性は低かったと言えたが破片で怪我をする可能性はある。
それに問題はその大きさだ。
割れた花瓶の残骸を見てもかなり大きな花瓶で窓辺に置くようなサイズ感では絶対にない。
過失?それとも故意なのか。
(故意だったらなんで?)
幸いと言って良いのかエボニー以外に周囲にはいなかったため、怪我人などは出ていない。
周囲の人も目を丸くしてエボニーや降ってきた物を見ている。上を見ている者もいたが誰が落としたのかわからなかったそうだ。
「お嬢ちゃん危なかったねぇ・・・こんな物が当たっていたら怪我だけでは済まなかったよ」
心配する街人が声を掛けてくるも、エボニーは言葉を発することが出来なかった。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
その日エボニーはどうやって家に帰ったのか覚えていない。
また別の日のことだった。
エボニーは王都にある大きな公園で余暇を過ごすことにした。
本当はジェードと過ごしたかったのだが所用があると断られてしまったのだ。
貴族には学生でも色々な付き合いや仕事があるのかもしれない。休みの日も勉強しているとか?
もしかしてウィスタリア侯爵令嬢に会うのだろうか。そう思うと嫌な気持ちがムクムクと膨れ上がってもきたのだが、
「また今度誘ってね」
ジェード様がそう言ってにっこり笑ってくれたから、今日はいつか叶うであろうデートの下見に来たのだ。
休日は家族連れやカップルが多いが、ここならジェードと二人楽しく過ごすことが出来るだろう。
「ふふっ」
楽しい未来を想像し顔がニマニマしてしまうのを必死で抑える。
その後ベンチや露店をチェックしながら公園中央にあるボート乗り場をチェックしようと湖に架かる橋を通っていると
「わぁ、魚がいるね」
湖を手すりの隙間からのぞき込んでいた子供が声をあげた。
どれどれ?その声につられてエボニーが湖をのぞき込んだ瞬間
「あっ」
ばっしゃーん!!
エボニーは何者かに突き落とされたのだった。
洋服が水を吸って思うように動けない、周囲の観光客らの手によってやっと救出されたエボニーは愕然とした。
(間違いない、突き落とされた──)
その数日後、授業を終え帰宅しようと階段に差し掛かったところで後ろからぶつかってきた生徒がいた。
「ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
肩が軽く当たった位で然程衝撃もなく、すんでの所で手すりを持ち落ちなかったものの、二度の命の危険にさらされたエボニーとしてはただ事ではなかった。
「あ、危うく死ぬところだったじゃないっ!」
これまでと違い犯人が目の前にいるのだ。エボニーは蒼白な顔で相手を怒鳴りつけた。
ぶつかった相手はその言い方に眉根を寄せたもののエボニーの顔色が尋常でなく悪かったため、「わ、悪かったわよ。大袈裟ねっ」と言って去って行ってしまった。
偶然なんかじゃない。
湖では誰かに突き落とされた──それは間違いない。先日の花瓶の件といいこんな頻繁に起こることじゃない。
一歩間違えば死んでいたかもしれないのだ。命が狙われているとしか思えない。
さっきの生徒もウィスタリア侯爵令嬢の回し者かもしれない。
すっかり疑心暗鬼になっているエボニーにはそう思えてならなかった。
──あたし、殺されるの?
エボニーは今更貴族を敵に回してしまったのだと後悔した。
謝ったら許してもらえるだろうか。
でもそうするとジェードに対する気持ちは諦めなければならないだろう。
しかも教科書の件では冤罪も掛けているのだ。
「──後戻りは出来ないわ」
エボニーは恋に生きることに決めた。




