酷いです
「ハンカチがない」
エボニーは平民で裕福な商人の娘である。家は兄が継ぐが、その兄と父親が貴族との縁を欲し、見目の良い娘を入学させたのである。
はじめは婚約者の決まっていない平民とはいえ実家が裕福なエボニーを娶ってくれそうな、中位から下位の貴族を狙っていたのだが、エボニーがジェードに一目惚れしてしまい、現在に至っている。
その実家の手がける商品のひとつであるハンカチをいつもポケットに入れて持ち歩いていたのだが無くなっていた。
様々な雑貨で統一された絵柄を使ったシリーズのもので、その絵柄の刺繍がワンポイントで入った店頭に並ぶとすぐに売り切れる平民女子の間では人気のハンカチだ。
商会の娘だからと優先して手に入れられるわけではない。逆に金にならない娘に持たせるより一枚でも多く売るため売れ筋商品はすべて店頭に並ぶのだ。あのハンカチは誕生日祝いにもらった物だった。
「気に入っていたのに・・・」
残念に思いながら日課のジェード様の寝顔鑑賞に向かう。起きているジェードと言葉を交わすのも楽しいが、エボニーはジェードの美しい寝顔を見るのがたまらなく好きだった。
彼の無防備な姿を見ることが出来るのが自分だけなのだという優越感もたまらない。
一般クラスから特別クラスの敷地に向かう者もその逆もほぼいないため、特別クラスの敷地に近いところにあるベンチに向かうには人通りのない道を通る事になる。
エボニーは誰もいないことを確認すると近道とばかりに校舎裏へ続く道に入った。この道は途中に学園のゴミ集積所があるため美化担当の職員以外利用しないのである。
見ると一般クラスと特別クラスのゴミが分けてある。ゴミ箱ひとつとっても美しい装飾がしてあり特別クラスと一般クラスはこんなに違うのだと感心していたとき、特別クラスのゴミ箱内にエボニーの無くしたハンカチと同じものがあることに気付いた。
「え?」
偶然同じ絵柄のハンカチが捨てられているのだろうか。
実家の商品が捨てられているのは良い気分はしないが特別クラスの生徒が持っていてくれたというだけでも誇らしく感じないこともない。
エボニーはドキドキしながらそのハンカチに手を伸ばし──自分の名前が刺繍してあることに呆然とした。
特別クラスのゴミ箱に入った宝物のハンカチ──心当たりを考えるが一人の令嬢の顔しか浮かんでこなかった。
貴族令嬢だからこのハンカチが私にとってどれくらい大切な物なのか想像も付かないんだ。
「酷いです。ウィスタリア侯爵令嬢──」
その日自分の行いを棚に上げ、エボニーははじめて本当に涙を流した。




