迎えに来たよ
エボニーが学園を退学した後も、エボニーの実家の商会は潰れることなく細々と経営していた。
エボニーに対する嫌がらせもないし、命を狙われることもなくなった。
キャナリィからお願いされ、シアンが──仕方なく──動いたのだ。
クラレットもエボニーのために指一本動かすことも嫌だが、キャナリィがそう望みシアンが動くのなら否やはない。
エボニーの実家は貴族相手に販路を増やすことはできないが、平民相手なら細々とやっていけるだろう。元々そういう商会だ。
シアンが帰ってきたことで、クラレットはキャナリィと今まで程一緒にいるわけではないようだが、あちらは学生、こちらは卒業済み。
ジェードとクラレットに平日の接点は全くない。
それを良いことにクラレットとジェードの婚約にまだ納得出来ないらしい令嬢からやたらお茶の誘いが届くが、全て断りを入れて貰っている。
クラレットは相変わらずキャナリィばかりを気にしている。これは昔から変わらない。
そしてクラレットが気にしていることがもう一つ。
エボニーだ。
実家の商会に関してはパーティーの日に言ったように全く歯牙にもかけていないが、|あれだけのことをした《侯爵令嬢に冤罪をかけた》というのに無事であることを──キャナリィに守られたことを知らずのうのうと過ごしているのが許せないようなのだ。
それがキャナリィの望みだと頭では分かっていても、気持ちがついていかないようだ。
これではクラレットが僕のことを考えてくれる時間が無いはずだ。
キャナリィをどうにかするわけにはいかない以上、エボニーをどうにかするしかない。
ジェードは色々手配をしたあと、自らエボニーに会いに行った。
★
学園は辞めることになったけど、実家の商会に影響はなかった。
だからエボニーは、あの卒業祝賀パーティーで言われたことは全て貴族達のハッタリだと思っており──ジェードを諦められていなかった。
(よく考えたらお嫁さんには出来ないと言われたけれど、メイズ伯爵令嬢が出てくるまでは背中でかばってくれていたもの!きっと婿入りする家だから逆らえなかったのよ)
実際はエボニーがジェードの背中に隠れただけなのだが、都合の悪いことは全て忘れ、日々そんなことばかりを考えて過ごしていた。
ある日エボニーは公園に一人訪れて感傷に浸っていた。
そう、ジェードとのデートを想像して下見に来ていた公園だ。
今日は平日であるためか人通りは少ない。エボニーは転落した恐怖も忘れたのか、湖にかかる橋の上で欄干に体重を預け、ため息をついていた。
「やぁ、久しぶり」
ドキリとする。
聞こえてきた声に聞き覚えがあった。
恋しい恋しいその声に誘われ、顔を上げる。
「!」
エボニーは幻覚を見ているのだろうかと思った。
そこには恋しかったジェードが立っていたのだ。
着ているものこそ白い襟付きシャツに黒のスラックスとシンプルだが、生地や仕立てが良いことは一目瞭然であったし、その質素な装いも彼の美貌と所作で高貴なものに見えてしまうから不思議だ。
見間違えるはずがない。
気が付くとうれしさのあまり目から次々に涙が溢れていた。
ジェードはいつかのようにハンカチを差し出すと、エボニーに言った。
「迎えに来た」と。




