そうか僕は恋をしているのか
クラレットと出会ったあの日から、ジェードのキャナリィに対する見方が変わった。
いつもニコニコ笑っていて人形のようでとてもつまらないと思っていたのだが、とある毎に視線が一緒の遊ぶシアンに向いていることに気付く。
──いや、本当はずっと気付いていた。
別にジェードがキャナリィに特別な感情を持っているわけでは無い。ただ気になるヤツがいるのに自分と結婚するのかと、とても腹立だしかったのだ。
しかし彼女は流されている訳でも諦めている訳でもない、まして親に言われたからでもなく、あの笑顔の下で貴族令嬢として覚悟を決め、貴族令嬢として自分との婚約を飲み込んでいるのだと今なら分かる。
その点自分はどうだろう。
将来の公爵だから──少し人より優れているからといって、人を見た目でしか判断せずキャナリィに寄り添うことなく勝手に焦り、不満に思うことしかしてこなかった。
自分こそシオンを想うキャナリィを娶り公爵になる覚悟はあるのか──。
「心は悲鳴をあげている──本当に望むことは何か」
不意にクラレットの言った言葉が脳裏によみがえってきた。
「ああ」キャナリィを見て感じていた焦燥感の正体が分かった。
彼女のような覚悟はない。彼女と婚約してしまえば次期公爵へ道ができあがってしまう。
──自分はそもそも公爵になりたいのか?
公爵になりたくない訳ではないが、他の何かになりたいわけでも無い。
けれど──
親の言いなりになっていたのは自分だ。
「僕ってもしかして、いつか好きな人と結婚したいとか思う夢見がちなタイプだったとか?」
そんな考えが過り、一人で笑ってしまった。
「直接的なことを言葉に出来なくとも何か小さな声でも上げることが出来たら変わる運命もあるかもしれません」
彼女は言ったが、小さな声を上げてそれを拾われなかったらどうなる?
そんな不確かなものに縋る気はない。勝機は自分で作るのだ。
ジェードはまだ九才、婚約者を決めるのには猶予がある。
計画はただひとつ。
今まではシアンがどう思おうとキャナリィが次期公爵である自分の婚約者になるのは確定事項だった。
その為全く気にしていなかったが、シアンもキャナリィに好意を持っているのは一目瞭然だ。
言い換えればキャナリィは次期公爵の婚約者候補。
ジェードはシアンを自室に呼び出し人払いをした上で伝えた。
「シアン。キャナリィと欲しければ公爵になれ」と。
驚いていたシアンが、覚悟を決めたような顔になる。
自分は次期公爵の座から降りる──いや降ろされるのだ。
そう決めたジェードからは焦燥感が消え、思いの外楽になっていることに驚いた。
しかしそこがゴールではない。
降りたあとは、どうするのか──。
そんなの決まっている。自分に気付かせ、運命を変えた女の子を獲りに行くのだ。
この状況の責任をとって貰わなければ。
狙うはメイズ伯爵家への婿入り・・・全く使えないと思われては困る。
しかし中途半端にやると、侯爵家にもまだ婚約者の決まっていない跡取り娘がいる家があるためそちらに話が行っては元も子もない。
学業はおろそかに出来ないため、シアンには実力で自分を追い落として貰わねばならないが、あいつはやるだろう。
美術品や宝飾品の勉強をし、審美眼を磨く。
元々好きだった事でもあるし、貴族相手の商会に婿入りするならこの知識は有利に働くだろう。
その点公爵家には一級品が沢山あるため、目にすることも多く、勉強するのにも事欠かない。
母のサロンに頻繁に顔を出し、流行に遅れないように努力する。アイデアも出す。
一方で徐々に愚か者を演じ両親に危機感を与える。
それは意外と簡単だ。
例えば──「ジェード、この案件、お前はどう思う?」父から書類を受け取る、ざっと目を通し父が何を聞きたいのか理解し、答えを導き出す。
導き出したその答えを完璧に答えることをしなければ良いだけだ。
ここで注意しないといけないのは物事を上辺でしか見ることの出来ない奴らが言いそうなことを言わない事。
目指すのは『高位貴族の当主には無理だが、使えないわけではない』という微妙なライン。
自分の答えを聞いて残念そうにする父には申し訳ないなと思ったが、恋に勝利するためには努力を怠る訳にはいかない。
──恋? そうか僕は恋をしているのか。




