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第2話


 船島蛍という人間を評する時、大抵の人は『好青年』と言い切る。

 180センチに迫る身長に短く刈り上げられた黒髪。成績はそこそこだが授業態度も良く、教師たちの評判も上々。加えて中学時代までサッカーに打ち込んでいたこともあり、体育の授業では一目置かれる存在であった。彼が使う制汗剤の香りもクラスメイトには随分と浸透した。

 だから大抵の人は、なぜ彼が『文芸部』に入部しているのかが不思議でならなかった。都立藤ノ宮高校には文化部のことを見下す風潮はないにしても、運動部から見れば中々にもったいない素材。入学当時はそれこそしつこいぐらいの勧誘があったが、蛍は断固として受け入れることはなかった。


 その理由は至極単純。自身が好きなライトノベル(ラノベ)を部活の中で満喫できるからだ。

 蛍にとって、ラノベは一番の趣味になっていた。中学時代に当時のクラスメイトから借りた異世界冒険モノに衝撃を受けた。それからは、決して多くはない小遣いで読みたい作品に手を伸ばし続けた。

 今や日本の一大コンテンツになっているラノベ産業。その多種多様な種類に驚く人間も少なくない。中でも異世界系などは根強い人気があり、近年は主人公とヒロインの間で繰り広げられる『ラブコメ』の注目度も高い。


「船島君こそ見るべきだと思うんだけど」


 彼はそんな作品(ラブコメ)が苦手だった。純度、というか糖度100%の主人公とヒロイン同士の交流(いちゃつき)は、真っ直ぐな性格である蛍には眩しすぎる。要はただ単に恥ずかしいだけなのだが。

 蛍自身に恋愛経験がないことも大きかった。中学時代まではサッカー部で注目を集めがちだったが、肝心の彼はレギュラーでもなんでもない。それでも腐らずに練習に励む姿を見ていた女子はいたが、告白するには至らなかった。

 高校に入ってからは、文芸部での活動を謳歌(おうか)している。ただ彼はいわゆる《《読み専》》で、自らが物語を執筆することはない。それだけなら入部する必要性もない、と指摘するクラスメイトもいたが、蛍にとっては趣味を話せる貴重な空間だった。


「そんな会話するなら家で読めば良いのに。意味分からないんだよね」


 先ほどから船島蛍に対する言葉を放っているのは、同じ文芸部員である栗野めぐみだ。向かい合っているのは、彼女とは対照的に髪は長く、眼鏡もしていない。


「ねぇ、お姉ちゃん」

「なに?」

「もう1時間ノンストップで喋りっぱなしだよ」

「それが?」

「ずっとフナジマ君の話を聞かされる身にもなってみてよ」

「《《まおみ》》が何も話さないからでしょ」


 通い慣れたファストフード店。放課後の時間帯は彼女たちのような学生で溢れている。

 二人がけの小さいテーブルには、すっかり萎れてしまったポテトが数十本残っていた。

 めぐみをお姉ちゃんと呼んだ少女――栗野まおみは呆れながら彼女を見つめる。手元にポテトは残っていない。話に夢中なめぐみとは反対に、《《退屈だから》》かポテトの消費に圧倒的な差が出てしまった。


「自分がどれだけひどいことしてるか分かってる?」

「ひどいことって……別に何もしてないじゃない」

「はぁ。これだから無自覚は」


 ウーロン茶をストローですすりながら、まおみは露骨に呆れてみせた。


「何にも進展ないのにわざわざ呼び出さないでよ。それこそ家で話せば良い内容じゃん」

「最初に『恥ずかしいから外で話そう』って言い出したのはまおみでしょ」

「最初こそはそうだったよ? お姉ちゃんに《《気になる人》》ができたんだから、なんか家じゃ恥ずかしくて聞けなかったもん」

「だから今日だって待ち合わせてあげたんじゃない」

「あげた? なぜ上から目線?」


 栗野めぐみ。話の主役である船島蛍の彼女に対する印象は『よく理解できない』だ。だが、妹のまおみから言わせると『非常に良い性格』をしていると断言する。無論、ここで言う『良い』は嫌味なのだが。

 ついさっきまで一緒にいた蛍に対する愚痴。だが、まおみはその言葉の裏に隠されている本心を綺麗に見抜いていた。


「よっぽど好きなんだね。フナジマ君のこと」

「そういうのじゃないって」


 めぐみは即座に否定するが、妹のまおみには通用しない嘘であった。姉とは違う高校に通っていることもあり、めぐみの学校生活をずっと見ているわけではない。だが、これまで(つち)ってきた関係性は嘘をつかない。

 そこまで見透かされているとも知らず。めぐみは喋り疲れた喉をジンジャーエールで潤してみせる。


「いやいや無理あるよ。状況証拠は揃ってる」


 まおみの冷静な指摘に、めぐみは口をつぐんでしまった。ジンジャーエールを口に含んでいるから、なんて言い訳は通じない。


「お姉ちゃんはフナジマ君と《《二人だけで》》話せるだけで嬉しいんでしょ?」

「そんなことあるわけない」

「どうかなぁ」


 やけに自信満々な妹の表情に、めぐみはここでようやく違和感を覚えた。そして同時に湧き上がる疑念。まおみが姉のめぐみの性格を把握し切っているように、めぐみも妹のまおみのことはよく分かっている。

 そして彼女が評価するまおみの性格は『猫を被った自分自身(めぐみ)』である。つまりどういうことかと言うと――。


「でもお姉ちゃん、こんなつぶやきしてるし」

「はっ……!?」


 まおみは自身のスマートフォンの画面を姉に向ける。すっかり使い古されたスマホのせいか、所々画面に傷が入っている。

 だがめぐみからすれば問題はそこじゃない。画面の奥で光り輝く甘々しい言葉の羅列(られつ)に顔の熱が上がっていく。


「――《《好きぴ》》がかっこよすぎてヤバい、とか」

「は、はぁ……? なにそれ……!」

「――二人きりで話せて死ぬかと思った、とか」

「へ、へぇ……?」

「――彼とラブコメしたい……ってごめんさすがにこれはキモい」

「う、うるさい! まおみには関係ないでしょ!」


 めぐみは顔を真っ赤にして声を荒げる。眼鏡が(くも)りそうなほどの熱気に包まれている。それがどういう意味かは、まおみの表情を見て察知する。

 ――つまりどういうことかと言うと。妹である栗野まおみは、結局血の繋がった姉妹である。めぐみと同じように良い性格をしているわけだ。

 ただまおみの方が社交性があり、友人もかなり多い。毒舌で口数が少ない姉とは正反対であるが、心の中で毒づくことは日常茶飯事であった。無論、めぐみの前ではそんな化けの皮を着る理由はない。


「だ、第一なんであんたが知ってるの!?」

「何を?」

「そのアカウントのことに決まってるでしょ!」


 今やSNSをやっていない人の方が珍しい時代。この2人も当然のように使っているが、誰しも秘密の一つや二つあるもの。

 まおみが見せたのは、めぐみの裏アカウントだった。普段はなんだかんだ仲の良い二人であるため、互いのアカウントはフォローし合っている。しかし、さすがのめぐみも妹が見ているところで《《本音》》を見せることには抵抗があった。

 だから裏アカを作ったわけだが、どういうわけか妹にそれが漏れている。誰にも言っていないし、フォローもフォロワーもゼロであるのにどうして。危機感ダダ漏れのめぐみに対して、まおみは相変わらずウーロン茶をすすっている。


「お姉ちゃん脇が甘すぎなんだよ。画面をほったらかしにして寝ちゃってるし」

「そ、それで見たって言うの? 最低だよあんた」

「私の時間を奪ってるいう自覚がないからそうなるの」

「くっ……」


 毒舌ではあるが、めぐみは人の心を見極めることはできる。本当に嫌がっている人間に対して嫌味を言うことは絶対にしないタイプだ。だからこそ、まおみの発言には何も言い返せなかった。そういう自覚があったから。


「もう告白したら? 案外コロッといくかもよ。意外とお姉ちゃん良いカラダしてるんだし。好きぴとか使ってるの恥ずかしいよ……」

「あ、あのねぇ……」


 今度はめぐみが呆れてみせた。自身より1歳下の妹にどうしてここまで言われないといけないのか。彼女自身、まおみの恋愛事情には無関心であったが、こうも言われると追及したくもなるのが自然の摂理。


「まおみはどうなの?」


 この状況を打破する目的で問いかける。まおみは鼻を鳴らして『待ってました』と言わんばかりの表情を見せて、一気に前のめりになる。


「ねぇねぇ聞いてよ! この間クラスの男子に告白されてさ――」


 自身の話にはよっぽど興味がなかったのだろうか――。ついそう思ってしまうほど、まおみは分かりやすく声のトーンを上げた。1カ月前に高校生になったばかりとは思えなかった。

 《《良い性格》》をしているのはお互い様である。栗野姉妹は今日も恋をしているのだから。

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