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第1話


「あのさ、ラブコメで複数のヒロインに言い寄られる話ってあるじゃん?」


 都立藤ノ宮高校文芸部の部室で、一人の男子部員が眼鏡を掛けた女子部員に問いかけた。

 (やぶ)から棒に何を言い出すのだろう。問いかけられた女子部員――栗野(くりの)めぐみは、小説に落としていた視線を上げた。

 (はた)から見れば、何の会話をしているのか質問が飛んできそうだ。だが言葉にした青年は、真面目も真面目。読み終えた小説をパタリと閉じて、背もたれに体を委ねている。めぐみが「うん」と相づちを打つと、青年は続けた。


「あれって幸せだと思うか?」

「どういうこと?」


 反射的に聞き返す。彼女は特に答える気もなければ、深く聞くつもりもない。今読んでいる小説の続きが気になるせいで、気怠さが混じった非常に軽い言葉であった。

 それが伝わったせいか、問いかけた男子部員――船島蛍(ふなじまほたる)は呆れたように言い直す。より分かりやすく、彼女へ伝わるように。


「いやだから、たくさんのヒロインにモテるのは幸せなのかって意味。言葉の通りだよ」

「幸せなんじゃない。男の子の夢でしょ」

「まあ……ぱっと見はそうかもだけど」


 彼女の答えは至極真っ当で、ある程度は想定できる回答だった。ただ自分の期待した答えではなかったせいか、蛍の返事は煮え切らない。

 これにめぐみはため息をつく。眼鏡っ子で文芸部という存在のせいで誤解されがちだが、彼女は言いたいことはハッキリと言うタイプである。それは会話する相手にも求めることで、今の蛍のようにどっちつかずの返答はかなり苦手だった。


「ハッキリ言いなよ。何が引っかかってるの?」

「……栗野って厳しいって言われない?」

「言われない。話()らさないでよ」

「わ、分かってるって」


 会話だけ聞けば尻に敷かれる夫とその妻である。

 しかし当然、この二人はそんな関係であるはずもなく、数少ない文芸部員同士で同級生というだけ。高校に入ってから知り合ったのもあり、日ごろから連絡を取り合うような関係でもない。

 蛍は咳払いをして仕切り直した。


「俺はそうとは思えないんだよな」

「どうして?」

「え、普通に面倒じゃん」

「何が?」

「だってハーレムでもない限り、ヒロインを振らないといけないわけだろ?」

「そうだね」

「女の子を振るのって気が引けるんだよな」

「振ったことあるの?」


 めぐみの核心を突いた質問は、容赦なく彼の心をえぐった。


「……ないっす」

「そんな船島君のためにそういう作品があるんじゃないの?」

「結構キワどい発言だぞそれ。実際そうかもしれないけどさ」

「別にラブコメはそれで良いと思う。あくまでもフィクションなわけだし。フィクションの中ぐらい夢見る方が楽しいよ」

「ずいぶん達観してるな。前世でなんかあった?」

「さあね」


 蛍は「そんなもんかなぁ」なんて言いながら短髪の頭を掻く。

 めぐみの言うことも一理あった。ライトノベルにおけるラブコメ作品は、今や多岐にわたる。王道の学園モノから異世界、ファンタジー、時代劇などあらゆる設定に適応する汎用性がある。


「で、さっきまでラブコメ読んでたの?」

「ん、あぁこれね。そうそう。ちょっと冒険してみようと思ってさ」

「それで複ヒロが気になったと」

「フクヒロ? なにそれ」

「複数ヒロインの略」

「そんな略称あんの? 知らなかった」

「ごめん今初めて使った」

「おい……」


 蛍は栗野めぐみという人間がイマイチ掴みきれなかった。大人しそうだと思えば中々の毒舌だし、でも自分の世界みたいなのを抱いている。

 これまで一度も同じクラスになったことはなく、会うのは放課後の文芸部活動の時だけ。とは言っても、基本的には小説を読むか書くかの二択である。部員も今や三学年で6人しかおらず、そのうち4人は幽霊部員。つまり、実質二人だけの部活動となっていた。


「船島君はラブコメアンチなの?」

「いやそんなんじゃないって。ただなんか、切なくなるなって」

「それはただのハッピーエンド(ちゅう)じゃない」

「まあ否定しない。幸せが一番だ」

「そういう問題じゃないと思う」


 めぐみは真っ向からそれを否定する。共感してくれると思っていた蛍は、分かりやすく表情をしかめた。


「先入観ってエンタメに一番いらないよ。フラットに見た方が楽しめる」

「分かるけど、感情移入する楽しさもあるだろ?」

「だから苦手なんじゃない? ラブコメみたいな作品が」


 蛍は腕を組んで考えた。

 めぐみの言う通り、彼はラブコメ作品そのものに苦手意識を持っている。対照的に物語を通じて主人公が成長していく冒険譚(ぼうけんたん)を好む。

 ただどんな話であれ、恋愛は切っても切り離せない重要な要素でもある。主人公とヒロインが存在し、それこそ複数のヒロインからアプローチされる話も珍しくはない。


「――もういいかな。続きが気になるから静かにしてて欲しいんだけど」


 もう少しで思考がまとまりそうだったのに、冷酷さすら感じられる彼女の言葉で我に返った。


「ひどいな。質問しただけなのに」


 めぐみの視線は再び物語の中へ吸い込まれ、蛍の発言が届くことはない――ように見える。その毒舌に隠された本心に気づくのであれば、彼はこの先苦労しないのだけれど。

 人を好きになると、その視線はどうなるのだろうか。彼のそんな疑問は、これから迎える彼自身の学園生活が証明するのである。本人の意図しないところで。

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