152話 開戦直前
翌朝、街を出たリゲルが見たものは崩れ落ちる城と死体の山だった。
「な……なんだ?これは!!何があったんだ!!シャディ!!シャディはどこだ?」
「そんなに騒がなくてもここにいるよ?」
「騒ぐだろ!!なんで一晩で全滅してるんだ?お前は何をしていた?」
「さぁな?俺達はお前の指示通り城の外で野営をしていただけだぞ?」
「なんだと!!ではなぜこんな状態になっても気がつかなかったんだ!!」
「知らないな?俺達は何も見ていないし悲鳴も聞いてない。そもそもお前達だって気がつかなっただろ?」
「それはそうだが、お前達も方が城に近かっただろ?」
「それは残念だったな、俺達は城から少し離れた場所に野営していたんだ」
シャディは自分の野営地を指差す。
「クソ!!なんであんな所で野営したんだ?」
「なんでって城に入れないのに近くにいたら兵士達の士気が落ちるだろ?仕方なく遠くに離れたんだよ」
シャディの言葉にリゲルはイライラしているが、最もな意見で何も言い返せない。
そもそもシャディの軍を城や街から締め出したのは自分なのだ。
「まぁここにいた兵士達は所詮雑魚だからな。主要の兵士は無事だったんだからいいとするか。だが城が無くなったのは予定外だったな」
「それなら今日中に終わらせてしまえばいいではないですか」
「それもそうだな?あんな雑魚を使者に送ってくるような王なんてたかが知れているだろ」
「ああ、これだけの精鋭がいればどうって事はないさ」
リゲルと幹部達のやりとりを見ていたシャディは呆れていた。
一晩でここまでの事をやってのける王が無能なはずがない。
それどころかほんの10分で陥落したなど口が裂けても言えないのだ。
そしてその雑魚と呼んだ使者を重体にしてしまった事で悪魔を目覚めさせてしまったなどとても言えないのである。
シャディはリゲルとリブの王としての差を肌で感じていた。
イグニアス王国は豊かで賑やかな国だった。
それは自分が生活していたアメリカの地を思い出すほどだ。
「情報の大切さを知るリブ様と大雑把なリゲルでは勝負にならないな………」
シャディはポツリと呟くと自分の軍に戻って行く。
だが、そのシャディの独り言を聞く男がいた。
シャディ……何を考えている?
もしかしてこれをやったのはシャディなのでは?
あいつは裏切り者だ、なんとかしなければ。
男は無言でその場を離れる。
そして、その男を見ていた影があった。
「あれが噂の韓国軍の大将か……シャディさんは目をつけられたな……」
その影の正体はクリオだった。
クリオは男が去るのを見届けるとシャディの元に向かう。
「シャディさん、どうやら韓国軍の大将に狙われてます。気をつけてください」
「これはクリオさん、わざわざありがとうございます。そうですか……聞かれてしまいましたか……」
「ええ、ですがシャディさん達の安全は俺達が保証しますので、計画通りにお願いします」
クリオはそれだけ伝えると再度シャディの前から消える。
シャディも出陣の準備に戻るのだった。
その頃イグニアス軍は陣形を整えていた。
「リブ様、歩兵隊は前に出しますか?」
ロイが俺の元に駆け寄ってくる。
「いや、 ロイの歩兵隊はエルフ軍のサポートだ。ネージュの歩兵隊は獣人達をサポートしてくれ」
「了解しました。ではそのように陣を作ります」
ロイはそう言うと走って戻って行く。
「リブ様、霞が戻りました」
ロイに続いてハンゾーが報告にくる。
「それで霞相手の兵数はどのくらい残っている?」
昨夜、悪魔軍が殲滅して兵士は正規兵ではなかった。
それはシャディから聞いていたので知っていたが、正規兵の正確な数は知らなかったのだ。
「はっ!!リゲル軍の総数はおよそ3万ほどです。しかしながら紅玉からの報告では後方から2万ほどの軍が合流したようです」
「と言う事は約5万か……こちらが約7万だから数ではこちらの方が優勢だな」
「はい、ですがシャディの銃器兵およそ5千が寝返るわけですからかなり有利かと」
フランが助言してくれる。
「今見えている数で言えばな……」
「と申しますと?」
「ゼキルが言っていた韓国軍とシャディから聞いていたインドネシア軍がいないんだ……両軍とも数もわからないし実力も未知数だ」
「そうでした……韓国軍の大将はおかしな術を使うと言っていましたが、インドネシア軍はどうなのかさっぱりわからないです……」
「ああ、今マガストールが調べてくれているが、ケイン達がやられた相手だからな……かなり慎重に偵察しているはず」
「韓国軍に関してはクリオさんから報告が来ております。ですがインドネシア軍に関しては見当たらないそうで……」
「もしかして出てきていないのでは?」
「いえ、それはないですね。リゲル達と一緒に出陣した所までは確認していますので」
「部隊毎消えたって事か?」
「は……本来ありえない事なのですが……そうなります」
ハンゾーが言い難そうにしている。
「別に責めている訳じゃないから気にしなくていい。そういうことならあいつらに探させよう。マガストールには戻ってくるように伝えてくれ。クリオは引き続き韓国軍の方を監視するように」
「わかりました。ではお任せします」
ハンゾーはマガストールの元に向かって行く。
「フラン、少しの間ここを任せていいか?」
「承知致しました」
俺は指示をフランに任せて、ルシファス達の所に向かう。
「クロート様?どうかなされましたか?」
「ああ、リゲル軍のインドネシア部隊が消えたらしい。探し出してくれるか?」
「簡単な事ですわ?それで?見つけたら倒しちゃってもいいのかしら?」
「ああ、それでいい。別に見逃す理由もないしな」
「ではまずはガミジン、シュトリ、レラジェで捜索してきてちょうだい?見つけたらすぐに知らせるように、いいわね?」
「「「はっ!!」」」
ルシファスに指名された3人がすぐに飛び出して行く。
「じゃあ俺は戻るから、あとは任せる」
俺はルシファスにそう告げるとその場を後にする。
陣に戻ると、そこには各部隊の長達が集まっていた。
「リブ様、全部隊長揃いました」
マーチが俺の前に跪く。
「ああ、ご苦労様。さて……私怨で戦争をするのは良くない事はわかっている。だが今回だけはリゲルを許せない!!みんな同じ気持ちだと思う。だが、怒りに身を任せて戦況を見誤る事は避けなければならない。だからみんなは冷静になって指揮を取って欲しい。フランとマーチは俺が熱くなるのを抑えて欲しい。怒りの気持ちは胸の中に秘めて冷静に対処していこう」
「ええ……ですが、ケインをあんな体にしてくれた報いは受けてもらいますが……」
マーチが唇を噛み締めて、怒りを押し殺しながら言葉を絞り出す。
「カイザーさんの仇は必ず……」
ネージュも静かにでも確実に怒りを込めている。
2人だけではなく、各部隊長達も込み上げる怒りを無理矢理抑え込んでいる。
「ああ、遠慮はいらない。だが、部隊長の仕事は兵士達を1人でも多く、無事に家族の元に帰してやる事だぞ?必ず全員で生きてイグニアスに帰るぞ」
「「「はっ!!」」」
「では戦略を伝える。まずはゲーリックの騎兵隊を中央に、レオンの騎兵隊は左翼に。そして右翼には……マーチンの騎兵隊を配置する」
俺が騎兵隊の配置を伝えると全員が驚きながら一斉にマーチンの方を向く。
「ああ、言ってませんでしたが、私パラディンなんです」
「と言う事だ。では次に歩兵だが、ロイはエルフ軍の後方でサポート、ネージュは獣人軍の後方でサポート、そしてワイズは鬼人族の後方でサポートだ」
「はい!!」
「ミーシャとサリーはドラゴニュート軍のサポート、そしてギートとユリーカは左右に展開して敵の騎兵と歩兵を簡単に近づけさせるな」
「了解です!!」
「最後にマーチとクーパーは魔導戦士の後方で攻城兵器隊を率いてもらう」
「リブ様ご存じでしたか」
マーチとクーパーが驚いた顔で俺を見る。
「ああ、もちろんだ。全ての戦力はケインから聞いているからな」
「了解しましたわ?」
マーチとクーパーは静かに頷く。
「それでインドネシア軍はどうされるのですか?」
マーチが俺の方を見ながら聞いてくる。
「ああそっちはルシファス達悪魔軍に任せた。見つけ次第始末するように言ってあるから問題ないだろう。それより韓国軍だな……」
「そっちは俺達に任せてくれ」
ゼキルが自分達に任せろと言っている。
「ゼキル達は遊軍だったんだがな……じゃあ任せた。代わりに御庭番衆に遊軍をやってもらおう」
「我々も戦争に参加させて頂けるのですか?」
ハンゾーが嬉しそうに聞き返してくる。
「ああ、そろそろ表舞台に立ってもいいだろう?どうせあいつらは全滅させる予定だからな」
「ありがとうございます」
ハンゾーもガルフォードもやる気満々だ。
「偵察に出ている紅玉達四天王も戻していいぞ?ここからは情報より戦力が必要だからな」
「わかりました」
ハンゾーはすぐさま部下に指示を出す。
「さぁ開戦までもうすぐだ。みんな頼むぞ?」
「「「「はっ!!」」」」
「伝令!!リゲル軍が戦場に到着した模様!!陣形を組み始めたとの事です!!」
その時、1人の兵士が陣の中に入ってきた。
「来たか……さてやるか!!その前にゼキル、その兵士を殺せ」
「ああ、任せろ」
俺の指示でゼキルが兵士の首を斬る。
初めの頃は人を斬ることに抵抗があったゼキルだが、最近は暗殺も出来るようになっていた。
「な……何故……」
「何故?そもそもうちにそんな伝令兵なんて兵士がいないからだよ」
イグニアス軍では総大将である俺に直接兵士が状況を伝える事はない。
それはチャコ達の役目だからだ。
なので何かあれば兵士より先にチャコ達が俺の元に伝えてくれるのだ。
だが、リゲル軍は伝令兵を使っていた。
それは前回の南方の戦争で確認している。
クイーン軍も伝令兵がいた。
なので、この伝令兵はスパイという事になるのだ。
「お粗末な情報網だな……」
ゼキルがポツリと呟くといつの間にか俺の後ろにいたチャコをチラッと見る。
「さすが……と言った所だな……」
ゼキルは前を向くと陣から出て行く。
各部隊長達も席を立つと全員自軍に戻る。
「さぁ、幼稚で残念な王リゲル……引導を渡してやる」
俺も陣から出ると眼下に広がる戦場を見回す。
そこには、両軍の兵士達が向かい合うように綺麗に並んでいる。
リゲル軍約5万、対するイグニアス軍約7万が開戦の時を待っていた。
「さぁ始めようか」
俺は腰に下げた剣を手に取ると、ゆっくりと天に掲げるのだった。