144話 南方国境侵略戦争 2日目
翌朝、クイーン軍の幹部達は天幕の中にいた。
テーブルに伏せて寝る者、床に転がって寝る者など様々だが、結局結論は出ないままその場で寝てしまったのだ。
そんな中、ボルドだけが腕を組んで天幕の天井を見ていた。
「ラルフのディフェンダースキルで突破口を開くか?だが一緒に誰が行くか……大人数で行けば重装歩兵隊に抑えられて銃弾の餌食だしな……騎兵隊の実力もわからない……その上まだ何か隠している戦力がいるかもしれない……」
「それなら私達が一緒に行きましょうか?」
いつの間にか、天幕の入口に2人の女性が立っていた。
「ブランか?何故ここに?」
「クイーン様の命令で様子を見にきたのですが、お困りのようでしたので」
「なるほど、ブラン達のスキルなら対抗出来るかもしれないな」
「ええ」
ブランと呼ばれた女性は髪をかきあげるとニコっと笑う。
「これでなんとかなりそうだな」
ボルドは笑みを浮かべると天幕を出て草原を見つめる。
朝靄の向こうにうっすらとリゲル軍の城が見えた。
「今日は歩兵隊を前に出すか……相手の重装歩兵隊といい勝負になればいいが……後はロジットとジーガ……そしてブラン達次第だな……」
ボルドはゆっくりと空を見上げると今日の戦略を考える。
そこに他の幹部達も起きてきた。
「ブラン達を使うのか?」
ジェイクがボルドの後ろから声をかける。
「ああ、今日は昨日と違って白兵戦がメインになるだろう……ラルフ、ジェイク頼むぞ?」
「任せろ、昨日もような無様は晒さないぜ?」
「今日は私も出番があるのですね?」
「まぁロジット達次第だがな……でもいつでも行けるように準備はしておいてくれ」
「ああ!!じゃあそろそろ騎兵隊の出陣準備に行くよ」
「では私も歩兵隊の士気を上げに行きます」
ジェイクとラルフは自分達の部隊に戻って行く。
「頼んだぞ……」
ボルドは一言呟くと天幕に戻って行くのだった。
一方リゲル軍は兵士達は住人のいない街にある家で休息をとっていた。
幹部達は城の中でゆっくり休んで気力も十分だ。
昨日壊れた武具や兵器は専用の工房で修理済みという至れり尽くせりの状態だった。
「さぁ、今日も頑張って防衛しますか!!」
コランは城から出ると、城壁の上に張ってある陣幕の中に入る。
中には既に幹部達が待っていた。
「今日はどうするのですか?」
シャディが銃の手入れをしながらコランに尋ねる。
「相手次第だな、昨日の攻防でシャディの銃器兵隊を警戒しているのなら今日も攻城兵器同士の戦いになるんじゃないか?」
「それはどうでしょう?さすがに騎兵隊が突っ込んでくる事はないとは思いますが今日は別の所で戦闘になると思いますよ?」
「ではシャディは昨日と陣形を変えた方がいいというのか?」
「そこはあなたの仕事ですので口は出しませんが、ただ昨日と同じ事にはならないと思っているというだけです」
「まぁまぁ、2人とも落ち着け」
コランとシャディの口調の大人しい地味な喧嘩をギャスパーが止める。
「それで?シャディの予想じゃ今日はどこが戦闘になると予想するんだ?」
ギャスパーが銃器を磨いているシャディに聞く。
「まず私が相手の将なら、チャンの大盾騎兵隊の所を攻めますね。昨日の攻防で一番被害が大きかった場所ですし」
シャディはチャンの方をチラッと見る。
「すまない。私の大盾騎兵隊は数が半分になってしまった。なので狙われたら大変」
チャンが申し訳なさそうにしている。
「チャン、気にするな、あれは仕方ない事だ」
レオがチャンを慰める。
「ああ、あれは俺でもやられていただろう。だが、シャディの言う通り大盾騎兵隊側が手薄になるのは問題だな」
「あれを出しますか?」
シャディがコランを見る。
「あれを使うのはまだ早い気がする……とりあえず今日はあちらの出方を見てから考えよう。その場で指示を出すからそのつもりでいてくれ」
「了解」
「わかった……」
「ではその様に」
こうしてリゲル軍の作戦会議は終わり幹部達は各々持ち場に戻って行くのだった。
戦争2日目、ボルドのクイーン軍は先日とは違い歩兵隊が前衛に騎兵隊を後衛に陣形を組んでいた。
歩兵隊は3000人ほどで隊列を組みその隊列が5ヶ所あり横1列に並んでいる。
その歩兵隊の後ろに騎兵隊が1000騎ほどの隊列を組んでいた。
「結局騎兵隊と歩兵隊を入れ替えただけか、ボルドって奴も芸がないな……シャディの予想も外れそうだぜ?」
コランはそう呟くと昨日と同じ陣形だったものからチャンの騎兵隊を後ろに下げる。
そして代わりにバリスタ隊を前に出す。
「向こうの歩兵隊とこちらの重装歩兵隊では戦力差は明らか……結果は見えているな……」
コランは城壁の上から指示を出すと戦場を見つめる。
戦場の準備が整った頃、クイーン軍の天幕ではボルドが腕組みをしていた。
「さて……上手くいってくれればいいのだが……」
ボルドは立ち上がると天幕から出る。
自軍の歩兵隊とリゲル軍の重装歩兵隊では戦力差があるのは確実だ。
だが、戦略次第ではその差を埋める事も出来るとも思っている。
「クイーン軍の兵士達よ!!今日こそクイーン様に勝利を捧げるのだ!!」
「「「おお〜〜〜〜!!!!」」」
ボルドの演説でクイーン軍は士気を上げていく。
「左翼!!第1歩兵隊!!出陣!!」
ボルドの指示で左翼の歩兵隊が前に出ると勢いよく飛び出して行く。
その中にはロジット達も紛れていた。
「ロジット、ブラン頼んだぞ……」
歩兵隊が飛び出して行くのを確認するとボルドは天幕に戻って行く。
クイーン軍左翼第1歩兵隊小隊長シーナは緊張していた。
今日の自分の任務はロジット達を相手の銃器兵隊に接触させる事だった。
シーナはクイーンが国を起こした時に1番最初に占領した街の出身だった。
女性でありながら国王になったクイーンに憧れて入隊したのだ。
そんな彼女も、今では小隊長を任されるまでに成長した。
だからこそ、今回の任務は失敗出来ないものだと理解している。
その重圧が彼女の体を硬直させていた。
「シーナ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ?」
そんなシーナにブランが話しかける。
「ブラン様!!このような場所まで出てこられたら危険です!!」
「だから〜大丈夫ですよ?あなたには期待していますから」
「はっ!!責任を持ってブラン様達を銃器兵隊までお届け致します!!」
そう言うとシーナは直立不動でブランに敬礼する。
「ふふふ……ではお願いしますね?」
ブランは微笑むと中段まで下がって行く。
「よし……頑張ろう!!」
シーナが気持ちを作るのと同時にボルドの声が戦場に響いた。
「第1歩兵隊!!行くぞ!!」
「おお〜〜!!」
シーナ達は重装歩兵隊に向かって一直線に走り出すとそのまま相手の重装歩兵隊と激突する。
「なんとしてもここを突破するぞ!!」
シーナは相手の歩兵を次々と薙ぎ倒して行く。
部下達も道を作る為に必死に戦闘している。
「ブラン様達を無傷で届かせるのだ!!」
形勢はかなり不利な状況だ。
それでもシーナは突き進む必要がある。
ここを突破してブラン達を銃器兵隊まで届かせなければならないのだ。
シーナは重装歩兵隊の槍をギリギリの所で躱しながら剣を首元に突き刺す。
だが、相手の攻撃は次々と迫ってくる。
「くっ!!だが!!」
シーナは必死に剣を振る。
そこに背後から相手の槍が迫る。
「シーナ様!!」
部下が体を張ってシーナを守る。
「あなた!!」
「シーナ……様は……前に……」
血を流して崩れ落ちる部下から目を離すとぐっと唇を噛み締めてシーナは前に進む。
今は部下を見捨ててでもここを突破しなければない。
「すまない……」
シーナは心を鬼にして再度剣を振り突き進む。
その先に銃器兵隊が見えてくる。
「ブラン様、ご無事ですか?」
シーナが後ろを振り返るとジーガに守られてブランとロジットが戦闘中の兵隊の間を駆け抜けてくる。
「ええ、ジーガとあなたのお陰で大丈夫よ?」
「よかったです、ここを抜ければ目的の場所です」
シーナは目の前の兵士を切るとブラン達を前に出す。
「ご苦労様」
ブランから労いの言葉をかけられたシーナはブラン達を見送る。
と、キラッと光る物が目に入った。
「ブラン様!!」
シーナはブランの前に出ると両腕を広げる。
それは一瞬出来事だった。
次の瞬間、シーナの胸から血が流れ落ちると膝から崩れ落ちる。
「シーナ!!」
ブランが倒れるその体を抱き抱える。
「ブラン様……私に構わず……前に……」
それがシーナの最後の言葉になった。
ブランは力尽きたシーナの体をそっと地面に横たわらせるとキッと前を向く。
「銃器兵隊……許さない……」
ブランはシーナの胸を貫いたそれを見据えるとゆっくりと立ち上がる。
「ロジット……行くわよ?」
「ああ……任せろ」
ブランは目の前にいる銃器兵隊に向かって両手を前に出す。
『グラビティ!!』
ブランがスキルを発動させると銃器兵隊は重力で押し潰される。
「ぐっ!!」
銃を構えていた兵士達はその重圧に耐えきれず地面に倒れ込む。
「ロジット!!今よ!!」
ブランの声にロジットがすかさず反応する。
『シャドウバインド!!』
ロジットはスキルで銃器兵達の影を地面に拘束する。
「これでしばらくは銃器兵隊は動けないはずだ」
ロジットはその場を立ち去ろうとする。
「それはどうでしょう?」
その背後から弾が発射される。
『ディフェンドバリケード!!』
ロジットは咄嗟に防御スキルを発動させる。
放たれた銃弾はカキンッと音を立ててロジットの下に落ちる。
「まさかあの重圧と影の拘束から逃れている人がいるとは……」
ロジットは弾が飛んで来た方向に目をやるとそこには自動小銃わ構えた男がいた。
「私はリゲル軍銃器兵隊隊長のシャディと申します。どうぞよろしく」
「なるほど……俺は今回のクイーン軍副司令のロジットだ」
2人は向かい合うと戦闘体制をとる。
「ブラン……お前はシーナを運んで戻れ……俺はここに残る」
ロジットはブランにそう告げるとブラン達を守るようにシャディに対峙する。
「お気をつけて……」
「ああ」
短く言葉を交わすと、ブランはシーナを抱えて自軍に戻って行く。
「おひとりで大丈夫ですか?」
「ああ、貴様如き俺1人で十分だろう?」
そう言うと背中に背負っていた大盾と大剣を手に取る。
「ディフェダー……ですか……」
「本業はな?だが敗戦から学んだ新しいスキルもあるんだぜ?」
ロジットは、以前リブという男達との対戦に敗北した事を思い出していた。
「ふっ……あいつらは強かったな……」
「思い出に浸っている所申し訳ありませんがここで散って頂きます」
シャディはそう言うと引き金を引く。
『ディフェンドバリケード!!』
『アースブレイク!!』
ロジットは銃弾を弾くと同時に地面を大きく揺らす。
「揺れた地面では照準を合わせられないだろう?」
「さすがに難しいですね……ですが……」
『トラッキング!!』
シャディは照準に集中すると
『ペネレイトショット!!』
シャディのアサルトライフルから弾が発射される。
「これは貫通弾です。あなたの防御スキルでも貫通しますよ?」
「それはご丁寧にどうも!!」
『インパクトシールド!!』
ロジットは大盾を前に出すと貫通耐性の防御スキルを発動させる。
「貫通耐性ですか……中々面白い……」
シャディとロジットの一騎打ちは一進一退の攻防が繰り広げられていた。
だが、その戦いもジェイク達騎兵隊の突入とともに終わりを迎える。
「騎兵隊ですか……流石にこの状況ではきついですね……一度引きます……」
シャディはそう言うとその場から消える。
「ふ〜ジェイク助かったぜ……」
ロジットは今度こそ自軍に戻って行くのだった。
「シャディ……あいつも強いな……」
ロジットが天幕に戻るとそこにはシーナの亡骸にもたれて泣き崩れるブランがいた。
「ブラン……」
「ロジット……無事でしたか……」
「ああ、なんとかな……ジェイク達の突入が遅れていたら俺もやばかったがな……」
ロジットはブランの肩にそっと手を当てるとそのまま無言で椅子に座る。
「ロジット、まずは無事で何よりだ。あとは任せろ」
ボルドがロジットを労い、そのまま天幕から出て行く。
その後はお互いに互角の攻防が続いた。
そして、2日目も日が暮れると同時に両軍とも軍を引き上げ休息に入るのだった。
その夜、ブランはシーナの亡骸を抱えて国に戻っていった。
ボルド達もこの日だけは会議を行わず無言で就寝したのだった。
「チャコさん……この戦争っていつ終わるんですかね?」
「さぁ?ボルド達が諦めて引き上げるか……リゲル軍が負けて領地を占領されるか……どっちかでしょうね?」
「今日はお互いにかなり被害が出たけど……明日はどうなるのか……」
「私達が戦争になったらやっぱりこういう事になるんでしょうね?」
チャコとクリオは遠くからこの戦争を見ながら切ない気持ちになっていた。
「とりあえずリブ様に報告してくるから……後はよろしく」
そう言うとチャコは戦場を後にする。
「ふ〜……仲間が死んでいくのを見るのって……やっぱり辛いよな〜」
クリオは街に戻りながら空を見上げる。
「あれ?そういえばチャコさん毎回戻るけど……報告なら本の通信でいいんじゃないかな?まぁ何か考えがあっての事だろうから気にしないでいいか……」
クリオが宿に戻ってそんな事を考えている時、チャコは目に涙を浮かべながらデスモス連邦国を出てイグニアス王国の国境にある街に入って行くのだった。