第八話:因果②
《救済の力を授かった人》で空中を飛んでいた八荒氏とオレ。
オレたちは渾沌のすぐ近くで祈りを捧げている20名の白装束の集団の前に降り立った。
「危険なので早くここから立ち去ってください」
彼等に向かって八荒氏は大声で言い放つ。
「渾沌は世界を救う神ではありません。我々人類の敵です」
しかし彼等は八荒氏の言う事に耳を貸そうとせず祈りの言葉を唱えていた。
そりゃそうだ。
彼等は渾沌を現世に姿を現した真の神と心の底から信じてやまない人々。
そして渾沌の手によって生命を落とす。
それにより新しい世界へ生まれ変われると信じているオカルト集団。
そう、彼等は日本のみならず世界のあらゆるところに信者がいる。
渾沌が出現する度に姿を見かける急拡大中の新興宗教のメンバーだった。
「何でボーッと突っ立っているだけなのさ、八久舎君。彼等に避難するよう君も丁寧に説得しなさいよ」
八荒氏、八荒氏、説得しろと言われましてもね。
自分たちの信仰する神をこんな至近距離で目の前にしているこの方々。
どんな説明を繰り返したところで聞き入れてもらえないって。
テンションのメーターは限界を振り切って高止まりしていると思います。
いやいや、マジでこっちの言葉なんて耳に入っていかないでしょうね。
とは言え、この頃のオレたちは白装束の新興宗教メンバー。
実は大差なかったのかもしれない。
ある日渾沌が突如現れる。
それに呼応するように救済の力を授かった人に目覚めた。
これは渾沌を倒す為の特別な力なんだと当然のように思い込んで気分は高揚。
ネットで知り合った八荒氏たちと旅団を組んで正義の味方の真似事。
未だに渾沌は倒せてない。
それでも何の力もない普通の人たちを救助して感謝される。
その度に自分たちの存在が肯定される感覚。
結果的に《救済の力を授かった人》という尋常ならざるものに依存。
承認欲求が満たされる。
その度に自分たちは特別な存在なんだと少しずつ勘違い。
やがて傲慢という名の歯車が動き出す。
能力者たちは進む方向性を間違えるわけだが……。
一方で新興宗教の信者たちも信仰という一つの扉を通して精神的に渾沌へ依存。
自害ではないものの、渾沌の手による死という道。
それを正当化する方向で歩んでしまっている。
人間として生き続ける事を諦めるのが正解。
そんな誤った考えを流布し広めていきながら。
第三者の意見や話を聞かない自分勝手な正義を語る集団。
その点で言えば互いに同じだったんだろうなと、今振り返ればそう思う。
世間の人たちは我々の事をどのように見ていたのか。
今となってはそれを知る術はないのだけど。
「八久舎君」
オレの話なんて一欠片の興味もない人に対して取り敢えずの説明を繰り返す。
当然聞いてもらえない。
嫌だなー、なんて考えていると不意に後ろから声を掛けられた。
あー、この声は……。
「麻理亜さん」
振り向きざまに名前を呼ぶ。
そこにいたのは、ほら、やっぱり麻理亜さんだ。
「遅れてごめん。でもこの周辺の一般人の避難は終わったから」
真っ赤な革のライダースーツを身に纏っている。
右手首に黄色のスカーフ。
ヘルメットを片手に抱えながらバイクへ跨るその姿。
まさにクールビューティー。
長い睫毛。
大きく鋭い瞳が放つ強烈な眼力。
その瞳の色が独特。オレンジに近いアシッドカラーの虹彩。
そして彼女の能力の効果もあり見る者の思考と感情を握って離さなかった。
今回はアニメで活躍した変幻自在の女怪盗のコスプレか。
噂では時速500km/hは出るらしい純白ボディの愛車シノビ。
その愛車から颯爽と降りた麻理亜さん。
髪を結んでいたゴムを手早く外し右手でフワッと髪をかきあげた。
緩いウェーブのかかった艶のある綺麗な髪は風に吹かれて優しく宙を舞う。
「麻理亜さん、まるで天使か女神ですね」思わず口走ってしまった。
「はいはい、ありがとう。でも“天使”は君でしょ。八久舎君」
表情一つ変えずに麻理亜さんは言葉を返した。
そのままオレ達が避難を説得していた集団の先頭へ向かって歩く。
そして彼等の前に立ち塞がった。
「さて、皆さん祈りの時間は終わりです。顔を上げて私を見てください」
麻理亜さんの張りのある声が響き渡る。
「顔を上げて私を見てください」
空気が震えた。
視線を奪う圧倒的な雰囲気。
肌を通して直接伝わってくるほどの猛烈な存在感。
信者たちはその圧を感じ、皆、頭を上げて彼女を見つめた。
「では、私の話を聞いてください――」
道人と呼ばれる白装束の集団の幹部が不在だった為か麻理亜さんの能力が影響したのか、彼等は麻理亜さんの言葉に応じその場から立ち去った。
「さすが麻理亜君ね。《救済の力を授かった人》“英雄”は本当に心強い」
いつの間にか八荒氏がオレの隣りに立ち彼女に向かって拍手をしている。
こういう時の仕事は本当に早い。嫌な奴だ。
「はいはい、ありがとう。でもここからが本番でしょ。ウチもフォローするから八荒君の“爆炎”と八久舎君の“天使”の力で渾沌を抑えてよね」
「ですって八久舎君。せいぜい私の足を引っ張らないようにチャチャッと頑張りなさい」
そう言うと八荒氏の背中に炎に覆われた大きな翼が現れた。
「じゃあ、先に行ってるからね。サッサと行動に移しなさいよ」
八荒氏は火の粉を撒き散らしながら翼をはためかせて大空へ舞い上がった。
「嫌味しか言えないのかよ」
溜息をつくオレの背中に光が集まり始める。
やがて光は1対2枚の翼を形成した。
翼1枚の長さはオレが横に10人並んだ程度のサイズ。
羽ばたく時は結構広めのスペースを必要とする。
「彼も根は悪い人じゃないよ、ちょっと変わっているだけ。正義感は強いしウチらのグループをまとめるだけの統率力もあるしね。それよりも渾沌が動く様子もなくじっとしているのは珍しいから。ウチはこの機会を逃しちゃいけないと思うの。さあ、皆で協力して渾沌を撃退しちゃいましょ」
いやいやいやいやいや、それは過大評価ってやつですよ、麻理亜さん。
ただし、変人という部分は同意見ですが。
まあ、麻理亜さんがそこまで言うなら。
うん、取り敢えず今回は八荒氏と協力してやってやりますか。
ん~、何だかんだ言って毎回同じように転がされている気もしますが。
オレは口元が緩むのが分かった。
気付かないうちに口角が上がっていた。
理由は分からないけどこういうやり取りも楽しいなあ。
「さて、行きますか」
翼を3回羽ばたさせる。
一瞬で上空500mまで身体が上昇する。
目の前に渾沌のだらしなく開いた口が見えた。
おはようの挨拶代わりにあの口の中に景気よく一発デカいのを喰らわせてやろうか。
「親愛なる神の名のもとに使徒を率いて悪を討つ。天に轟け天使の咆哮。深淵の存在に大いなる輝きを放ち闇を打ち滅ぼせ。《天使の咆哮!》」