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第五話:転生したら猫でした⑤

 3月29日――


 あいつがいる。


 ぼくのきらいなあいつがいる。


 ままをまもる。


 ぼくがままをまもるぞ。


 みみをぴーん、くるくるくる。


 あそこだ。


 ぼくのきらいなあいつはあそこにいるぞ。


 ぼくがままをまもるんだ。


 あっ、まま、あぶなーい!




「オレのせいじゃない、オレのせいじゃない。いきなり飛び出してきたその猫が悪いんだ。そうだ、オレは何も悪くない。悪いのはその猫だ、その猫が悪いに決まっている。オレは何もしてない、オレは関係ないからな」


 ユタカは手に持っていた木の棒を慌てて投げ捨てる。

 そして屋敷へ向かって逃げるように走り出した。


 額から血を流しグダっと力なく倒れているヤクシャ。

 マリアはワーワー泣き叫んでいる。

 その声を聞いて女性使用人が息を切らして駆けつけた。


「マリア様、どうしましたマリア様。何があったのですか」


 心配した女性使用人が何度訊ねる。

 しかしマリアは何も言えずただただ泣きじゃくっていた。


 ヤクシャは辛うじて浅く呼吸している。

 しかし目は閉じたままで出血は止まらない。

 今にも息を引き取りそうな状態だった。


 ――その頃屋敷内――


「お坊ちゃま、お坊ちゃま、どうされたのですか」


 目をギョロっと見開きながら普段は見せないひどく暗い顔色。

 うつむき加減に屋敷内の廊下(ろうか)を足早に歩くユタカ。

 唇を固く閉ざしている。

 何があったのかと心配してその後ろ小走りに付いていく初老の男性。


 ユタカが脇目も振らずに廊下を進んでいると、猫を抱いたマリアが泣きわめいている様子と女性使用人が周りに何かを言っている光景が窓の外から突如視界に入ってきた。

 二人とも冷静さを欠き、慌てふためいているのが分かる。


 ユタカは左の耳を触りながらブツブツと呟いた。


「オレは悪くない、オレは悪くない。猫が、突然飛び出てきたあの猫が悪いんだ。たかが猫一匹どうなろうとオレは関係ない。そうだ、新しい猫を買ってマリアにくれてやれば良いじゃないか。ほら、これで全て解決だ」


 誰にも聞こえないくらい小さな声でユタカはぶつぶつと呟いた。


「オレの父上はエライんだ。民衆(バカども)の上に立つエライ人なんだ。誰もが父上にペコペコ頭を下げて父上の命令を従う。そんな父上の息子だからオレもエライんだ。そうだ、いつも爺が言っているじゃないか、オレは父の後を継いでエライ人になるんだって。あー、そうかそうか。やはり、どう考えてもオレはエライから悪くない」


 ユタカの唇が緩む。

 そして静かに顔を上げて正面を見据えながら父であるショウゴモリ辺境伯のいる部屋へズカズカと入った。


 口元にはニヤリと余裕たっぷりの不敵な笑みを浮かべる。

 いつもの自信に溢れた表情をすっかり取り戻していた。


 4月30日――


 あたまがずきずきする。イタい。


 おれがゆっくりめをアけると、そこはシらないばしょだった。


 ここはどこだ。びょういんではなさそう。


 わようせっちゅうなへや。


 かぐもどくとくのでざいん。


 どこかのほてるだろうか。それにしてはせいかつかんがある。


 うわっ、とつぜんおれのめのまえにおんなのこがかおをダした。


「ヤクシャ! ヤクシャが目を開けた!」


 かおちかっ。かおでかっ。


 おいおい、ここはきょじんのくにか。


 めのまえのおんなのこはきらきらしたおおきなめ。

 

 そのめでおれをまっすぐミつめている。


 あまりにじゅんすいなそのまっすぐなひとみのぷれっしゃー。


 それにたえきれず、おれはおもわずかおをソらしてしまった。


 きょじんのせいたいけいはよくワからない。


 ふつうのにんげんだったらろくさいからななさいくらいか。


 おさなさをのこしながらも、きっずもでるやこやくたれんととしてかつやくデキそうなかわいらしいととのったおかお。


 てれびにでたらにんきがでるだろうね。


 うん、しょうらいびじんさんになることまちがいない。


 ただし、めのまわりがすこしはれてあかくなっているのがもったいない。


 これがなければおめめぱっちりなのに。


 ちなみにオレはぺどふぃりあではない。


 はたちをこえたけんぜんなせいじんだんしだ。


 ……だよな?


 んー……。なんかへんだ。


 メがさめたときからなんかヘンなかんかくだ。


 のうみそにモヤがかかったようないわかんがある。


 なんだ、ずつうとかんけいがあるのか。


 どうにもうまくかんがえがまとまらない。


 てあしもうまくうごかせない。


 それにおしりがむずむずする。


 ナニかおおきなジコにまきこまれてケガをしてしまったのだろうか。


 だとしたら、ここはびょういんでオレはにゅういんちゅうなのだろうか。


 おもいだせ。ナニがあった。


 オレはずきんずきんとあたまにひびくようなずつうとたたかう。


 だけどいっしょうけんめいあたまをふるかいてんさせた。


 でもナニもおもいだせなかった。


 おもいだそうとするとナニかもやもやしたモノがじゃまをする。


 ナンだこれは。


「ヤクシャ……」


 ふいにきょじんのおんなのこがオレをかるがるとだきあげた。


 オレのしかいがみるみるかわる。


 どんどんウエにあがっていく。


「ヤクシャ様……」


 おとなのじょせいのきょじんもあらわれた。


 みあげないとかおがミえないくらいおおきい。


 くろかみでめいどふくをキている。


 かおのりんかくがほそくすっきりしている。


 ちょっとくーるなふんいきのびじん。


 りゆうはわからないけどなみだをナガしてナいている。


 どうした、ナニがあった。


「マリア様、ヤクシャ様がお目覚めになり、本当に良かったです。今回の件はさすがに出来心だったと思いたいですが、あのユタカ様がいきなり棒で殴ってくるなんて……。ユタカ様は一人で棒を振り回していたらヤクシャ様が自分から飛び込んできたと仰っていましたが、世間の常識で考えればそんな言い訳は通用しません。ショウゴモリ辺境伯様の従者の方々はユタカ様の言動を肯定しておりましたが私はマリア様のお言葉を信じております。しかしながらそれを公然と言ってしますとご主人様にご迷惑が掛かるかもしれなかったので言い返す事が出来ませんでした。申し訳ございません。ただ、私はマリア様から教えて頂いたお話しこそが本当に起きた、ただ一つの真実だと信じております」


 めいどさんはこうふんしてカタっていた。


 ミためはくーるだけどなかみはけっこうアツいせいかくのようだ。


 それにしても、ゆたかというのはかなりアブないヤツだな。


 そんなひじょうしきでまわりのめいわくをかえりみないきょじん。


 そんなものはハヤくつかまえたほうがイイ。


 だけどそれがかんたんにデキないじじょうもありそうだ。


 まあ、きょじんのせかいもいろいろアルんだろうな。


「ヤクシャをお医者様に診てもらう。いい?」


「はい、お医者様に来てもらうよう手配致します。その前に、マリア様、目が真っ赤に腫れていますよ。心配して泣き過ぎちゃいましたね」


「目が真っ赤?」


 まりあとヨばれているおんなのこはオレをカカえたままおおきなすがたみのまえにいどうした。


 そしてかがみをノゾきこみジブンのメをかくにんする。


 かがみにはジブンのメをいろいろなカクドからかくにんするかわいらしいおんなのコ。


 あとはチャイロのカラダにクロいモヨウがキザまれたキジトラのネコ。


 うん、こうしてミると、おんなのこはきょじんサイズじゃないな。


 ネコのおおきさからカンガえればフツウのおんなのこだ。


 それにしても、ネコのようすはいたいたしい。


 あたまにほうたいをまいている。


 ズキン―


 イタい。きょうれつなイタみがあたまをおそった。


 ズキン―。


 まただ。オレはおもわずカオをしかめた。


 ――おいおい、かがみのなかのネコもイタそうにしてないか。


 オレはくちをあけた。


 かがみのなかのネコもくちをあけた。


 オレはさゆうにカオをふった。


 かがみのなかのネコもさゆうにカオをふった。


 ――マジか。これ、オレ?


 かがみにうつっているのはネコ。


 どうミてもネコ。


 ナンどミてもネコ。


 メをとじて、ゆっくりミひらいてもネコ。


 ナンでこんなことになったのか。


 とてもしんじられないが、どうやらオレはネコになってしまったらしい。

 

 アリエない、アリエないでしょ。


 ナンでネコ、ナンでネコなんだよー!!


「ヤクシャが元気になった。ヤクシャが大きな声でニャーって鳴いた」


 いやいや、げんきじゃニャイし! 


 アタマのニャカ、こんらんしてますニャー!


 ニャニャニャニャニャニャーーーーー!!!!!

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