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第四話:転生したら猫でした④

 1月10日――


 わんわんわんってきこえた。


 あいぼうだ。あいぼうだ。あいぼうがきた。


 しっぽぶんぶんぶん。


 ぼくはあいぼうがだいすきだ。


 あいぼうはつよい。あいぼうははやい。


 あいぼうはたくさんぺろぺろする。


 でもあいぼうはぴょんができない。


 ぴょんぴょんできない。


 まま、ぼくはぴょんぴょんできるからね。 




「ヤクシャ様はうちの相棒の事が苦手なのかな。相棒が近寄る度に高いところへジャンプして相棒から逃げているような気がするのだけど」


「そんな事はありませんよ騎士団長様。ヤクシャ様をよくご覧ください。先程から背伸びをしてから騎士団長様やレオナード様に近付いているでしょ。あれはヤクシャ様独特の焦らしなんですよ。何故そのようにするのか分かりませんが、好意のある方に対して大きく背伸びをしてから近付く癖があります。敵意はありませんよ、全く警戒してませんよ、というヤクシャ様独特の表現なんだと思います。ヤクシャ様はレオナード様に会えて喜んでいらっしゃいます。レオナード様が近寄る度に逃げるのは、おそらくそういう遊びをされているのだと思います。ヤクシャ様は遊び方も自由で気まぐれですからね」


 一点の曇りもない純白の完全板金鎧(プレートアーマー)

 全身を装甲し防御力に特化した姿。


 今は戦時ではないが騎士団長は鎧を(まと)ってマリアの部屋を訪れた。

 彼が相棒と呼んで可愛がっている大型犬のレオナードも一緒だ。


 マリアの父親であるカイモン卿が子爵になりこの地を統治。

 あれから20年。

 その頃からカイモン卿に仕えている。


 10年前に騎士団長として任命。

 その後は超人的な活躍で主君を支えている。

 信頼厚き武人。

 マリアが心を許す数少ない大人の一人でもあった。


「それにしても、子供というのは本当に成長が早いな。マリア様はもう6歳か。少々内向的なところはあるが大きな怪我や病気にかかる事なく日々を楽しそうに過ごしていらっしゃる。元気や健康は一度損なうと回復するのがなかなか難しい。マリア様が笑顔でいられるのは君が付いているからだろうな」


 騎士団長はヤクシャやレオナードと遊ぶマリアを目を細めて見つめる。

 そして自分の隣りに立つ女性使用人に話し掛けた。


「いえ、私はマリア様の日常のお世話をさせて頂いているだけです。マリア様の笑顔が多い理由は旦那様や奥様の優しさに包まれているからですし、心穏やかに安心して元気や健康に過ごせるのは騎士団の皆様がこの地を守ってくださるからです」


 女性使用人は口元に笑みを浮かべて言葉を続けた。


「それに、マリア様は決して内向的ではありませんよ。晴れの日には私の方が先に疲れ果ててしまうくらいお庭の中を駆け回ります。雨の日はご自身で作った歌をヤクシャ様や(わたくし)に聴かせてくださいます。先日だって私が何も出来ずに困っていた中、マリア様はヤクシャ様を健気にお守りしておりました。本当にお強い、思いやりに溢れるお方です」


「あー…」


 何かを思い出したかのように騎士団長は眉をひそめた。


「詳しい話までは知らないが、あの爺さんまたやってくれたらしいな」


 女性使用人は肩をすくめる。

 そして両手を広げながら揶揄(やゆ)するような態度で肯定した。


 ふう~っと深いため息をついた騎士団長。

 腰に手を当てたまま天を(あお)ぐ。


 そんな二人にお構いなし。

 ヤクシャとレオナードはマリアの部屋の中で追いかけっこを始めだした。

 さながら運動会のようである。


 猫の方が軽い身のこなしで機敏に動きそうなものだ。

 だがレオナードは犬らしからぬ立ち回りをみる。

 どういうわけか常にヤクシャの向かう先に相棒が回り込んでいた。


「おっ、さすが相棒。そこらの犬とちょっと違うところを見せつけてやれ」


 しばらくすると騎士団長はそろそろかと呟く。


「少し席を外す」


 女性使用人に小声で伝えた。


「頑張れ相棒」


 声を掛けて彼は部屋から立ち去る。

 思いつめた表情で出ていく騎士団長を女性使用人は軽く会釈をして見送った。


「何か事件でも起きたのかしら」


 不安な気持ちを切り替えるように一呼吸する。


「マリア様」


 笑みを浮かべて少女へ向かって歩み出した。


 2月18日――


 にゃーにゃーにゃー。


 ままはにこにこ。ぼくもうれしい。ごろごろごろ。


 ままはたくさんたくさんおはなしする。


 ままはふしぎなふしぎなおはなしする。


 ぼくはざーざーきく。


 ままのおはなしもちゃんときく。


 ままはにこにことってもたのしそうだ。




 黄色の大きなリボンで髪を結んでいるマリア。

 窓の向こうでしとしと静かに降る雨を眺めながら一人で歌をうたっていた。


 誰から教わったのか既に忘れてしまった。

 だけど誰もが自然と口ずさむ。

 とても流行った歌だとマリアは記憶している。


 この地にはない独特の情熱的なリズムを刻む。

 この地には伝わらない異国の不思議な言葉で(つむ)ぐマリアだけの歌。


「一度お伺いしたかったのですが、マリア様の歌には私の聞いた事のない不思議な言葉が沢山でてきます。その言葉はどんな意味を持っているのでしょうか」


 窓辺に置かれたロッキングチェアでゆらゆらと揺れていたマリア。

 女性使用人の方へ顔を向け満面の笑顔で「分からなーい」と一言。

 マリアはケラケラと笑っていた。


「ははは、マリア様らしい返答ですね」


 女性使用人は目尻をを緩ませながら白い歯を見せた。


「正直な話、(わたくし)には歌詞の内容はあまり良く理解出来ませんが、でも、不思議と心の底から力が湧いてくる素敵な歌だと思います。まるでマリア様は……そうですね。歌う事で人々の争いに終止符を打って世界に平和をもたらしたと言われる、神の教えを記した教典に描かれている伝説の聖女様みたいですね」


「マリアは聖女様!?」


 目をキラキラ輝かせてマリアは女性使用人を見つめる。

 女性使用人がゆっくり頷いて笑顔で返す。

 えへへと照れ笑いをしたマリア。

 恥ずかしそうにしながら指でくるくると前髪をいじっていた。 


「マリアは聖女様だー、えへへ」

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