第三話:転生したら猫でした③
12月25日――
ままはきらきら。
ままはぼくをだっこする。
やさしい、いいにおい。
あったかいなぁ。
ぼくはしあわせだ。
ままはやくしゃやくしゃといった。
ぼくをぎゅっとした。
へへへ、うれしいなぁ。
ままだいすきだよ。
12月27日――
がらがらがら。
だれかきた。このおとは、あいつだ。
ぼくはあいつがきらいだ。
ままをいじめるあいつがきらいだ。
やくしゃといって、ぼくをぎゅっとした。
しゃー、ちかづくな。
ままをまもるぞ。
「うわー、なんて凶暴な猫だ、どこか目につかぬところへ早く連れていけ。まったく、ショウゴモリ辺境伯のお坊ちゃまに傷一つでも付けたらただで済むと思うなよ。そうなったら絶対に許さんからな」
黒縁眼鏡をかけた釣り目で白髪交じりの初老の男性。
彼はキーキーと甲高い声を張り上げる。
そして近くにいた女性使用人に命令した。
「それにしてもシャーシャーと威嚇を繰り返す五月蝿い猫だ。ふん、たかが猫の分際で小さなお姫様の騎士にでもなったつもりか。あー、これだから畜生は嫌いなんだよ。嫌だ、嫌だ。ほらほら、言われたらサッサと行動しないか」
女性使用人は黒髪の少女の目の前に跪いて座る。
そして少女のだき抱えている猫を渡すよう促した。
しかし少女は首を横に振り明確にそれを拒否した。
初老の男性は忌々しいものを見るような視線を少女と猫に向けていた。
だが少女が拒否した途端に「チッ……」と舌打ちをする。
その音は静寂としている部屋の中に響き渡った。
更に、周りの人間を威圧するような深く大きな溜息をついた。
それを聞いた女性使用人は表情を曇らせる。
「マリアお嬢様お願い致します、ヤクシャ様をこちらへ……」
申し訳なさそうに少女へ再び声を掛けた。
マリアは絶対に奪われたくないのか体で覆うようにヤクシャを守った。
そんなマリアの姿を見せられるとこれ以上強く言えなくなる。
それと同時にマリアの覚悟が伝わってきた。
そもそも女性使用人は辺境伯の家に仕えているわけではない。
黒縁眼鏡の男性に言われるがまま、その命令に従う必要はない。
女性使用人の気持ちは決まった。
「ヤクシャ様は猫です。接する機会の少ない方に対して警戒するのは仕方ありません。それにマリア様がしっかりとヤクシャ様を抱いております。誰かを傷つけるような真似は致しません」
彼女はふんわりした穏やかな笑顔を浮かべた。
しかしその表情と裏腹に凛とした声でハッキリと告げた。
「使用人の躾がなってない。ご息女の世話係はこの程度か。ショウゴモリ辺境伯のお坊ちゃまに万が一の事があれば処罰を受けるのはこの子爵家だぞ。いやはや、カイモン卿の気苦労が手に取るように伝わってくるわ」
つり上がった目尻を更に鋭く細ませて男性は吐き捨てるように言い放った。
「使用人だけでなく騎士団の者たちも空気を読めん連中だな」
男性は部屋の片隅で立ちすくんでいた二人の騎士に一瞥を向ける。
「ふん、どこぞの田舎の出か知らんが使用人なら使用人らしく主人の事を第一に考え主人の為に尽くすのが仕事だろうが。今この時点の貴様らの仕事はな、お坊ちゃまに息災なく過ごしてもらう事。それこそがこの子爵家にとって最善にして最上の使命だという事が分からんのか、馬鹿者が」
マリアはヤクシャを抱いたまま身をかがめて背もたれのついた座高の低い木の椅子に座っていた。
男性の大きく響く声に時折ビクッと体を震わせながらも、懸命に自分の飼っている愛猫を守ろうとしているようだった。
「爺、もう良いではないか。マリアも怯えておるぞ」
初老の男性の後ろに立っていた辺境伯の息子は落ち着いた口調で言った。
身長130cmで細身。
艶のある黒髪は肩まで伸びている。
クリっとした大きな瞳と遠目にも分かるくらいハッキリした二重まぶた。
そして、長いまつ毛が特徴的で可愛らしい。
見た目は将来有望そうな男の子。
その子は何を考えているのか他人に伝わってしまうくらい、退屈そうな表情で欠伸をしながらボソッと呟く。
「爺、いい加減飽きてきた。そろそろ戻りたい」
初老の男性はその一言を聞くとまるで歌舞伎を演じているかのように大袈裟な表情を作ってから辺境伯の息子に謝罪をした。
「――ではユタカ様、父君のご用件も終わった頃だと思いますのでそちらへ参りましょう。そこの使用人と猫、今回はお坊ちゃまの寛大な心に救われたな。ふん、ありがたく感謝すると良い」
男性はマリアとヤクシャに一瞥をなげたがすぐにユタカに視線を移す。
そして部屋の扉を開けるとうやうやしく一礼する。
その頭はユタカが扉をくぐり抜けるまでけっして上げる事はなかった。