第二十三話:偶像と付箋④
劉蒼は彼等の戦いの舞台へ向かって走っていた。
だが思った以上に遠い。
あの白いバケモノのサイズが大きすぎて距離感がバグる。
小さな犬がバケモノの体を登っていくのが見えた。
いや、人が乗っているから先程見掛けた普通ではあり得ない大きさの狼か。
じゃああのカラスの群れに見えるのは天狗たちだろうか。
狼は口から炎を吐いている。
しかしあのバケモノに火が燃え移っている様子は見えない。ダメージなしか。
天狗たちもそう。
稲妻が何度かバケモノに落ちている。激しい落雷音が聞こえているから何かしら攻撃をしているのだろうけど、バケモノに何の動きもないところを見るとこちらもノーダメージ。
武器を持った集団にいたってはどこにいるのかも分からない。
もしかしたら足元にいるのかもしれない。建物が邪魔で良く見えない。
「いいね、この圧倒的絶望感。燃えてくるぜー!」
劉蒼は速度を上げて駆け出した。
気持ちが高揚してくる。
あの場に駆け付けたところで僕に出来る事なんて一つもない。
あのバケモノに対して彼等以上に手も足も出ない。
だけど何だろうこの気持ちは。
心の奥底から沸きあがってくる熱い思い。
止まらない、止められない。
幼い頃に夢見たヒーローになるチャンスなんじゃないか。
今がその時なんじゃないか。
僕があの場に辿り着いた時、ヒーローに変身出来たらどうしよう。
今日、彼等やバケモノに出会ったのは偶然じゃない。
きっと何か不思議な力に導かれたからだ。
そう、僕の夢が叶う瞬間がすぐそこまで来ているんだ!
車道には車が溢れている。
突然の出来事に慌てたのだろう、交通事故も何件か発生しているようだ。
黒煙を吐きながら燃えている車が数台ある。
遠くでクラクションの音が響いている。
歩道は逃げ回る人々が大勢いた。
劉蒼はその隙間を縫うように逆の方向へ進んでいる。
埋め尽くされているほどではないから誰かにぶつかるという事はない。
劉蒼はその隙間を上手く駆け抜けていた。
そんな劉蒼の視界に一人の女性が映った。
まるでそこだけスポットライトが当たっているようだ。
思わず足を止めてしまう。
何だろうこの違和感は。
中学生くらいの年齢。
ショートボブの黒髪で、すらっとした体型。
大勢の人たちが動いている中で彼女だけ微動だにせずバケモノを見上げている。
彼女に声を掛けずにいられなかった。
「あの、ここは危険だから逃げた方が良い」
反応はない。
「危ないから逃げるんだ」
少し強めに告げる。
しかしバケモノから一向に視線を外さない。劉蒼の声が聞こえていないようだ。
「あのさ」
劉蒼は彼女の肩を軽く叩く。
反応があった。
ゆっくりと劉蒼の方へ顔を向ける。
二人の視線が合う。
エメラルドグリーンの虹彩。
全てを見抜いているような深い瞳。炯眼。
幼さを残しながらも美しく整った顔立ち。
「……君は何者なんだ」
予期せず口から言葉が漏れてしまった。
何の意図も何の意味もない、自然と溢れ出た質問。
「……私は希望。《救済の力を授かった人》“付箋”」
キュウジンシンセン?
何だそれは?
「キュウジンシンセンというのは……」
「貴方の願いを教えて」
彼女の気持ちは表情から読み取れない。無表情。
いくつか質問してみたが、彼女は願いを教えろしか言わない。
このままでは会話にならない。
それならばと劉蒼は自分の願いを伝えた。
「僕の願いは勇者になってあの巨大なバケモノを倒す事」
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