第二十一話:偶像と付箋②
「はいはい、一般の方は出来るだけ遠くへ逃げてくださーい」
歩道を大きな体躯の銀毛の狼が走っている。セダンタイプの乗用車より一回り大きい。
その背中には拡声器を持った男が乗っており、道行く人々に逃げるよう呼び掛けていた。
彼等は注意喚起を繰り返しながらそのままバケモノがいる方向へ向かっていく。
そしてその後を追うように空を舞う漆黒のカラスの羽と天狗の仮面をつけた小集団や、威勢の良い掛け声で自分たちを鼓舞する剣や槍などの武器を携えた小集団が劉蒼のわきを駆け抜けていく。
まるで小さな百鬼夜行。
あのバケモノもそうだが、横を通り過ぎた小集団も明らかに異質。
ドラマや映画の撮影よりも現実味がない。
劉蒼は深呼吸をして心を落ち着ける。
大丈夫、大丈夫。
これは幼い頃から観てきた特撮の戦隊ものによくあるパターンだ。
突然現れた侵略者に対していがみ合っていた地球の異種族が手を取り合う。
そして強大な敵に立ち向かう。
まさに涙なしには語れない感動のシーン。
今、僕は歴史的な場面の登場人物としてここにいる。
そう、僕もこの物語の登場人物だ。
気合を入れる為に両足の太ももを力強く叩く。劉蒼の足の震えは止まった。
「よし、イケる。動ける」
さて、状況整理をしよう。
まずはあの巨大すぎるバケモノ。
高層ビルより遥かに大きい。山のようだ。
そして見た目。
純白というより不健康な白。青白いの方が正しいか。
目や口や鼻や耳がどこにも見当たらない。のっぺらぼう。
だけど口らしきものはある。牙があるから口なんだろう。
その口が異常にデカい。バランスが取れていない。きっと食欲旺盛に違いない。
腕は4本、脚は2本。
あとはその先が見えないほど長い尾。それともあれは尾ではなくバケモノは芋虫のような形状の生物なのか。いや、生物という表現は正しくないだろう。あれはバケモノ、宇宙や別次元から地球を侵略する為に現れた謎の……生命体?
「生命体……だよな?」
先程現れた人たちは何者なんだろう。
最初に見たのは人と狼。
マイクを使って避難誘導していたの間違いなく人。
彼が乗っていたのは間違いなく狼。
だけど通常の狼のサイズではない。普通の狼ではない。
「そういえば、あの狼は息を吐く度に口から炎が漏れてなかったか?」
それとたった今去っていった小集団。
鼻が高く肌は真紅のお面。
背中には艶のある黒色の翼。
分かりやすい。誰が見ても天狗。天狗でしかない。
この現代に天狗がいるわけない。
それは常識の範囲の話だったらそうなのかもしれない。
だけどこの物語の中では存在しているのだろう。
そして近代兵器を一切持たない小集団。
剣や槍、弓を持っていた。
それと時代劇に出た時に僕も着た事のある鎌倉武士装束。
彼等はあの時代の大鎧や胴丸等の甲冑に身を包んでいた。
戦隊ものの場合、ラスボスはたいていサイズがデカイ。それも理不尽なほどにデカイ。それこそが強さの象徴だから。
今回も同様。まさに基本に忠実。しかしながらその巨大なバケモノに対してロボットではなくあの武器と装甲で戦いを挑む。
勇気があればピンチをチャンスに変える事が出来る!
それが勇者。
物語の主人公。
彼等の中にラスボスを倒す勇者はいるのだろうか。
それとも……。
思わず劉蒼の拳に力が入る。
行こう。僕に何が出来るか分からないけど、行かないといけない気がする。
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