第二十話:偶像と付箋①
男はかつてアイドルだった。
歌って踊れる五人組人気アイドルグループのメンバー。
たまに演技の仕事をするしバラエティ番組の司会をしたりもする。
イメージカラーはブルー。
爽やかイケメンという言葉をそのまま具象化したような人物。
クールな雰囲気を醸し出す切れ長の目尻。高くてすっとした鼻筋。
そして年上のお姉様方にギャップ萌えとして映るどこか幼さを残した笑顔。
彼の名前は劉蒼。
中国福建省の出身。
父親が中国人。母親は日本人。
幼少期に父親の仕事の都合で日本の北海道へ移住。
今となっては日本語の方が流暢に話せる。
好きな食べ物はオムライス。特にケチャップは多めがいい。
苦手な食べ物はラッキョウ漬け。独特の食感があまり口に合わない。
趣味はネットで中国や日本のアニメ等を観ること。
特に熱血ロボットアニメや特撮ものが好き。
しかし最近は忙しくてなかなか観る機会がない。
「それでは最後の質問です。読者の方々に何かコメントをお願いします」
テーブルを挟んで向かい側に座る女性記者がにこやかな微笑みを浮かべながら言った。劉蒼はちょっと考えてからその質問に答える。
「今回のインタビューのメインはこれからアイドルを目指す方々へのアドバイスですよね。そうだなあ、まずは熱意、情熱を燃やし続ける事ですかね。最後までやりとげる熱い気持ちがないと好きなものでも続きませんし、何かあった時に諦める理由を付けてそこで終了しちゃうと思います。ですのでまずは熱意、情熱を持ち続けてやりとげる事ですね。あとは運やタイミングですね。幸運の女神って通り過ぎてから居た事に気付くパターンが多いんですよ。だから幸運が訪れた時にタイミングを逃さないよう、普段から全力で一期一会の気持ちを持って色々な事に接した方が良いです。頑張っている人間の方が女神は微笑んでくれる、そんな気がします」
「なるほど」
「最後に一つ加える事があるとしたら勇気ですね。どんな事でも前向きに挑戦する勇気。どんな困難があっても乗り越えようとする勇気。この世界に生まれた一人一人が実は物語の主人公なんです。僕は自分を勇者だと思っています。そして僕は世界中の人々に笑顔を届ける為にこの仕事をしています。歌や芝居を武器に悲しみや苦しみを持つ人たちの傷ついた心を癒してあげたい、苦痛から解放してあげたい。誰しもが抱えているネガティブモンスターを倒すのが僕の勇者としての役目です」
「勇者ですか。それは壮大ですね」
「馬鹿だと思ってます?」
「いいえ、そんな事はありません」
「そうですか?」
「劉蒼さんらしいなあと思います。素敵です」
「ありがとうございます」
「本当にそう思っていますよ」
「それは誉め言葉として受け取らせてもらいます」
「さて、今回のインタビューは劉蒼さんだけでしたが、次回は皆様揃っている時にお願いすると思います。その際も今回のように読者の方々が勇気を頂けるコメントを是非お願い致します。この度は貴重なお時間をありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
女性記者は立ち上がって深々とお辞儀をした。劉蒼もつられるように慌てて立ち上がり頭を下げる。17歳で190cmの劉蒼と女性記者の身長差は40cm以上ある。しかし見た目ほど身長差を感じさせないのは女性記者が堂々とした雰囲気だからだろうか。
取材を終えた劉蒼は次の現場へ向かう為にタクシーに乗った。
運転手は68歳のベテランドライバー。
気さくに話しかけてくるものの劉蒼が芸能人だと知らない様子。
兄ちゃんモデルになったらどうだいと仕事を薦められる始末だ。
だけど居心地が良い。
運転手の世間話に劉蒼は笑顔で答えていた。
やがて目的地まで半分ほど進んだところで渋滞に巻き込まれた。
車は一向に進む気配がない。
先程まで快晴だったのにいつの間にか曇り空になったのか、タクシー付近が薄暗い影に覆われた。
それにしても渋滞の先で工事をしているようには見えないから、事故や事件があったのだろうか。タクシードライバーも困りましたねと少し焦った声で劉蒼に言った。
「この辺の路地裏の道路は一方通行が多くて、そっちを通ると逆に時間が掛かるかもしれないんですよ。お客さん、どうしますか」
「あと何kmくらいですかね」
「そうですね、あと3kmも走れば着くと思うのだけど」
「3kmですか」
「そのくらいだね」
「この渋滞は解消されると思いますか」
「原因が分からないから。今までの経験から考えるとすぐには無理だろうな」
「そうですよね」
目的地まであと3km。ランニングと思えばちょうど良い距離か。
「ごめんなさい、ここで降ります」
劉蒼が料金を支払って車を降りようとした。
その時、数十名の人たちが青ざめた表情でタクシーの進行方向と逆の方向へ何かから逃げるように駆け出している事に気付いた。
人気アイドルグループメンバーの劉蒼が近くにいる事すら目に入ってない。それほど慌てている。
劉蒼はそちらへ視線を移す。
そこには白い大きな壁がそびえ立っていた。
いや、あの場所に白い壁なんてあるわけがない。あそこはビルが建ち並んでいたはず。
よくよく観察するとただの壁ではない。鱗のようなもので覆われているのが分かる。
何だアレは?
それはまるで映画のワンシーン。
ファンタジー系のゲームにありそうな場面。
現実感はない。白昼夢でもみているのか。
顔を上げるとそこには初めて見る怪物がいた。
頭らしきものはあるが、目と鼻と耳がどこにも見当たらない。
上側半分はのっぺらぼう。
下側半分は口だろう。牙らしきものがある。
手は短く熊のような姿をしている。
しかし熊と違い腕が4本ある。
それにしても、何て大きさだ。
東京タワーや東京スカイツリーに手足が生えたような大きさ。
距離が結構離れているにも関わらず圧倒的な存在感を感じる。
この頃はSNSを中心に都市伝説として渾沌を語る人々はいた。
しかし政府が情報を管理と規制していた事もあり、渾沌は一般的には知られていなかった。
劉蒼も同じように渾沌の事を知るはずもなく、ただただ目の前のバケモノに恐怖を感じ動けずにいた。
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