第二話:転生したら猫でした②
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10月12日
雲一つない秋晴れの空。本日は快晴だ。
マリア様の助言に従い、日記を書き始めて半年が経った。
飽きやすい性分は昔と変わっていないようだ。
継続する事の難しさを嫌というほど思い知らされた半年でもあった。
今日はケドウインで束の間の休息を過ごしている。
この街は中国の歴史物の映画に出てきそうな建物が多く並んでいる。
当たり前だが電気や水道等の近代的なインフラは欠片も観られない。
色褪せた瓦と土壁。
時折吹く風で舞い上げられた砂ぼこりは地面を舞台にくるりくるりと踊っていた。
数年前はマリア様と戦場を駆け巡る日がくるなんて想像すらしなかった。
正直言って、全体の戦況は芳しくない。
局地的な戦いであれば勝利を収める事は出来るが、多勢に無勢。
戦力に圧倒的な差があり、戦況を引っくり返すところまで至っていない。
オセロは戦略次第で大量に自陣の色に変える事が出来る。
ただ、現在行われているのは盤上の遊戯ではない。
一つずつ地道に自陣の色へ変えていかなければならない。
同盟貴族の更なる参戦を促す事が出来れば戦力を拮抗状態まで持っていけるだろう。
しかし今は参戦どころか支援すらままならない。
それほどに千年王国の存在は大きい。
誰もあの王国を敵に回したくはないに違いない。
まあ、気持ちは分かる。
こんな面倒で勝利の殆ど見えない戦いだ。
昔のオレだったらとっくに逃げていた。
そうだ、マリア様がいなければこんな戦争に参加なんてしていない。
かと言ってマリア様を責めるつもりは毛頭ない。
一蓮托生。
今までもこれからも何度同じ場面になったとしても。
何度同じ時間を繰り返したとしても共に歩み続ける。
全体で見れば今はまだ不利な状況。
それでもオレたちの部隊は高い士気を継続出来ている。
やはり日輪の英雄と呼ばれるマリア様の存在は大きい。
いつもそうだった。
さて、暖かな日差しの元でのんびりと昼寝をしていた頃。
あの穏やかな日々を取り戻す為にオレも頑張ろう。
オレの名前はヤクシャ。
マリア様を護る騎士。
11月29日
曇天の空模様。今にも雨が降り出しそうだ。
マリアさんがオレたちの前から姿を消して今日で20日が経った。
どこへ行ってしまったのか。
ここショウゴモリ領はうまく統治がされていない。
政情が不安定で素性の分からない者も多いと聞く。
まさか事件や事故に巻き込まれたのだろうか。
早くマリアさんを見つけ出して一緒に故郷へ帰ろう。
マリアさんさえ無事でいてくれたらそれで良い。
もはや戦争の勝敗なんてどうでも良い。
そもそも、オレはただの覇権争いに巻き込まれただけだ。
この世界の情勢がどう変化しようがオレに何も関係ない。
マリアさんを守る事こそオレの使命。
マリアさんの存在こそオレの全て。
ショウゴモリ領の首府の北部地域では何も情報を得られなかった。
明日から東部地域へ移動して聞き込みを開始しよう。
大丈夫。明日こそマリアさんを必ず見つけてみせる。
12月21日
本日は雨。どしゃぶりの雨。
この時期にしては珍しい天気らしい。
俺に残された猶予は少ない。
限られた時間の中で彼女を救う為に何が出来るのか。
何度も日記を読み返したが答えは書かれていなかった。
このまま考えていても埒が明かない。
彼女を守る事こそ俺の使命だというのなら今こそ使命を果たすとき。
明日、公開の場で異端裁判の判決を言い渡すという噂が出ている。
おそらく広場に準備してあるアレ。
アレは彼女を磔にする為の柱だろう。
彼女がカイモン卿やショウゴモリ辺境伯の領内の一部の民衆から日輪の英雄と呼ばれる事自体、千年王国にとって面白い事ではない。
むしろ都合の悪い話だ。
だから彼女を異端者に仕立て上げる。
そして千年王国側はそのまま処刑まで進めるはずだ。
これが彼女を救出できる最後の可能性になる。
異端裁判を見ている観衆に紛れて近付く事が出来れば…。
ただ、多くの千年王国の騎士や兵士たちが広場を警固しているのは間違いない。
でも俺の全てをかけて実行に移せばいけると思う。
いや、やらなければいけない。
例え何もかも失う事になったとしても、その犠牲を払う覚悟は出来ている。
日記を書き始めて約7ヶ月。
決して充実した日々ではなかったかもしれない。
しかし記憶も思い出もこの一冊に詰まっている。
そんなこの日記帳を宿屋の主人に預けよう。
もし生きて戻ってくる事が出来たらオレの足跡をもう一度この日記に刻もう。