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第十九話:救済の力②

 それだけを言うと騎士団長は身をひるがえし部屋から出て行った。

 レオナード氏はワンと小さく吠え、騎士団長の後を追って走っていく。今しがた身にまとっていた青白い炎は跡形もなく消えていた。


 マリア様に危機が迫っている。

 オレは居ても立っても居られず、一人と一匹に慌てて付いていく。そして何が起きているのかを知った。


 話の発端は屋敷に潜り込んだ間者を発見し捕まえた事だった。数日間に渡り厳しい尋問を続けた結果、ショウゴモリ辺境伯の領内でマリア様一行を襲撃する計画がつい先程発覚。実行日は今日。襲撃者の人数は30名ほど。マリア様を拿捕し異端裁判に掛けるそうだ。間者はマリア様を魔女に仕立て上げる目的で情報収集の為に屋敷へ忍び込んでいた。だが諜報活動は本職でなかったらしく、騎士団長が構築した警備体制を潜り抜ける事は出来なかった。


 また、女性使用人の姉さんが送ってきた手紙によると、ショウゴモリ辺境伯の息子の近衛師団は始めこそ同行したが千年王国領内に足を踏み入れる事はなかった。途中で別れ、彼らは辺境伯領内に留まった。だから現在のマリア様の護衛は10名のみ。そこに30人からの強襲を受けてしまっては何もなく無事に生還するのは相当困難だろう。


 目下、マリア様一行を救出する為の小隊を騎士団長が急ぎ編成している。いや、編成と言えば聞こえは良いが、実際は今すぐ動けるメンバーを集めているだけ。そうして召集された7人の騎士と共に騎士団長はレオナード氏を伴って現地を目指し馬を走らせた。市街地を包囲するように作られた城壁の門を抜けてショウゴモリ辺境伯領へ向かう。


 正直、レオナード氏の単独行動の方が早く着くと思う。だけど騎士団長が命令しないとレオナード氏は救済の力を行使しないだろうし、救済の力の事を知らない騎士団長はレオナード氏に命令する事もないだろう。街道沿いにある小屋までどの程度時間を要するのか不明だが、騎士団長たちの到着が間に合わない可能性を視野に入れて対応を講じる必要はある。


 つまりどういう事かと言うと、つまりそういう事だ。

 《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》“天使”を発動させてオレが助けに行く。


 オレは人目につかないよう急いで裏庭へ向かう。

 よし、ここなら誰にも見られない。大丈夫だ。

 猫として転生したオレは一度もあの力を使っていない。だけどピンクの熊の縫いぐるみの言った事は不思議と信憑性があった。おそらく、おそらくだけど、前世と同じ事が出来る気がする。


天使の双翼(ウィングス)


 オレの背中に光が集まってきた。やがて光は二枚の翼に姿を変える。オレは漆黒の双翼を背中に宿した。人間だった頃と比較して結構サイズダウンしている。猫の体重を人間と比べるだいぶ軽量だからな。翼の大きさはこのくらいで十分という事か。


 翼を軽く羽ばたかせてみた。体が宙に浮いた。このどこか懐かしい感覚。うん、久しぶりだ。またこうして空を飛べる日が来ようとは。


 オレは太陽を見上げる。

 日が沈むまであと2時間といったところか。


 今度は翼を力強く羽ばたかせた。一瞬でカラダが急上昇する。あっという間に地上の人々が豆粒のように小さくなった。


 よし、このまま街道に沿って進みショウゴモリ辺境伯領を目指すとしよう。その先にマリア様一行がいるはずだ。


 ――再びショウゴモリ辺境伯領内、街道付近――


「マリア様を守るのです。二人一組で互いに背中を預けながら戦ってください」


 女性使用人はマリアの乗る馬車の前で声を張って指示を出す。先端部分の()は両刃で()の長さは180センチを超す真紅の槍を構えている。


 突然の襲撃。

 人数はこちらの数倍。

 ただの野盗ではない。

 明らかに武術の訓練を受けた事のある戦闘集団。

 うまく連携もとれている。

 それにあの格好。

 騎士がよく使用している軽装備。

 金目のものを出せなんていうお決まりの口上もなかった。

 どこかの騎士や傭兵崩れの賊徒ではない。

 そう、これは偶然じゃない。計画的な犯行。

 そうなると……。狙いはマリア様か。


 あちらこちらから剣のぶつかり合う音が聞こえてくる。マリアの乗る馬車を中心に激しい攻防戦が繰り広げられていた。襲撃者よりもマリア一行の護衛たちの方が剣技に優れていたものの多勢に無勢。やがて手数で押され始める。そして一人二人と倒れる者が出てきた。状況は圧倒的に不利。


「無双流槍術壱型虚空流星(こくうりゅうせい)!」 


 女性使用人は剣や盾で防ぐのが困難なほどの素早く鋭い突きを放ち目の前の敵を倒した。それを見た襲撃者たちは女性使用人の存在を脅威と考えたのか、距離を取りながら10名で彼女を囲い込む。


「皆様、馬車を中心に円陣を組んでください」


 護衛たちは女性使用人の指示に従い馬車の周りに集まる。その数5名。襲撃により半数は命を落としてしまった。


「無双流槍術弐型虚空彗星(こくうすいせい)!」


 踏み込む際の足の位置を変える事で間合いの外から突きを繰り出して襲撃者をまた一人倒す。攻撃を受けた側からしたら槍の柄がいきなり伸びて襲ってきたように見えた事だろう。


「状況は最悪。せめてマリア様だけでも逃がす事が出来たら良いのだけど、おそらくそれは不可能。マリア様一人でこの包囲網は突破出来ない。走ってもすぐに追いつかれる。日暮れが近いせいか街道を通る商人や騎士団の姿は今のところなし。そうなると救援や増援も期待出来ない」


 身体中傷だらけで至るところから血が出ている。しかし痛みに耐えながら女性使用人はマリアを守ろうと懸命に奮闘した。そんな中、護衛は一人また一人と倒れていく。


「……マリア様には指一本触らせない!」


 女性使用人は自身を鼓舞する為に決意を言葉をかえ、襲撃者たちを威嚇しながら槍を構えた。


 そんな絶体絶命の事態からマリアを救うべく現れた救世主。夕暮れの空に浮かぶ翼を持つ一匹の猫。その存在にまだ誰も気付いていない。


「ギリギリ間に合った、のか?」


 ヤクシャは状況を確認しようと周囲を見渡した。

 馬車の左側に護衛が2人。右側に女性使用人の姉さん1人。残っているのは合計3人。敵の数は15人。そして騎士団長やレオナード氏たちはまだ駆けつけてない。そういえば途中で追い越したな。

 マリア様の姿がどこにも見えないけど、この様子だと馬車の中だろう。可哀想に、今頃怯えながら震えているに違いない。

 とはいえ、どの程度の攻撃が最適なのか分からない。力加減もいまいち分からない。取り敢えず牽制程度に弱めのやつを一発撃ってみようか。


「親愛なる神の名のもとに使徒を率いて悪を討つ。天に轟とどろけ天使の咆哮。深淵の存在に大いなる輝きを放ち闇を打ち滅ぼせ。《天使の咆哮(エンジェギウルス)!》」


 大きく開いたヤクシャの口から衝撃波が放たれた。

 その瞬間、女性使用人の近くにいた襲撃者3人が吹き飛ぶ。物凄い勢いで力強く地面に叩きつけられた蛙のようにペチャンコになった。顔は潰れ、手足はあらぬ方向へ曲がっている。身体中から血が吹き出て、内臓は飛び出していた。見るも無惨。圧倒的不条理。当人たちに何が起きたのか自覚する時間すら与えられないくらい一瞬の出来事。


 正体不明の突然の攻撃を受けた襲撃者たちだけでなく、女性使用人も挙動不審になりながら周囲を警戒し始めた。


 まあ、そうなるか。それが普通の対応だ。

 それにしても天使の咆哮ってこんな威力だったか?

 前世で人間相手に放った事はない。だから人間相手はこれが初めて。渾沌や眷属を相手にしていた時はこんなに威力があるとは思ってなかった。強さを測る基準がもはや標準的な基準になってなかったという事か。うん、だろうな。なにしろ相手は本物のバケモノだったからなー。


 オレは立て続けに天使の咆哮を放つ。襲撃者たちは小さな羽虫のように簡単に押し潰されて死んでいく。あまりに感触が無さすぎるせいか、それとも猫として生まれ変わったせいなのか、不思議と罪悪感は感じなかった。だから躊躇せずに人を殺した。前世のオレだったらここまでしなかったと思う。


 そして、オレは襲撃者たちを壊滅させた。この間、1分も掛からなかった。


 おっ、姉さんが馬車の中のマリア様に声を掛けている。どうやら無事のようだ。 

 さて、一仕事終えたし、バレる前に屋敷へ戻るか。


 オレは急上昇した。地上から遠目に見れば鳥と誤認するだろう。まさか猫が空を飛んでいるなんて誰も思うまい。

 遠くでオレンジの太陽が地平線に沈みかけている。お陰でオレの翼は夜の帳に溶け込んだように目立たなくなっていた。

 キラキラ輝く星々が無限に広がる夜空を彩る。身を切る空気はまだまだ冷たい。だけど冬の終わりはすぐそこまでやって来ている。また新しい季節がやって来る。


 それにしても……。

 オレは考える。

 この世界の科学のレベルはかなり低い。それにこの世界はファンタジーじゃないから魔法はない。そんな中で《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》を発動するのはどうなんだろう。その時の状況次第で神と呼ばれたり悪魔と呼ばれたりするんだろうな。いや、この世界は“八幡”と呼ばれる唯一神以外の神は存在しない事になっているから悪魔扱いされるだけか。そういえばピンクの熊は力の行使は対価を必要とするからむやみやたらと救済の力は使うなと言っていた。何かしらあるんだろうな。そもそも、あのピンクの熊は何者なんだ。もし神というのが本当にいるのなら、あれこそが神なのかもしれないけど、自分で“神”ではないと言っていたから実際そうなんだろう。


 こうして《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》を再び発動できるようになったのは、この世界にも混沌がいるからだろうかと思っていたけど、混沌は一向に姿を現さないし、その存在を噂レベルですら聞かない。じゃあ何の為に救済の力があるんだろう。確かに今回のように役立つ時もある。これからも同じように行使する場面が出てくると思う。でも本来は在ってはならない力。この世界の(ことわり)の外にある力。困った事が起きる度に気軽に発動するようなシロモノではないはず。何かしら理由はある。今はまだ分からないけど、きっと理由がある。


 屋敷が見えてきた。

 暖かい部屋でマリア様のお帰りを待つとしよう。

 きっといろいろな土産話をしてくれる。

 美味しいお土産もあるかもしれない。


 オレはヤクシャ。オレは猫。

 だけどちょっと変わった猫。

 前世の記憶と不思議な力を持つ普通じゃない猫。

 ご主人のマリア様の為に頑張ろうと心に決めた猫。


 さて、どんな顔でマリア様は部屋の扉を開けるだろうか。

 第一声は何だろうか。

 

 そんな事を考えながらオレは空を羽ばたいていた。


 ――北海道札幌市――


「絶体絶命の危機にこそ勇気で勝利の扉を開く(おとこ)、《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》“碧き勇者”劉蒼ここにあり!」


 全身青一色の軽量装甲。混沌登場前の日曜日の朝に放送していた戦隊もののテレビ番組から飛び出したような恰好。男は高々と掲げた右手を振り下ろし、目の前の化物に向かって叫んだ。

 電信柱が地面を這っているかの如く巨大なムカデ。ただし見た目が普通のムカデではない。その脚は人間の腕そのもの。そして体の隅々まで苦悶に満ちた人間の顔が付いていて、時折地響きに近い唸り声が聞こえてくる。


 それは混沌の眷属。人類に災いを為す、人類の敵。



この話の続きが読みたいと思って頂いた方は、

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今後のモチベーションアップに繋がりますのでよろしくお願い致します。

<(_ _)>

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