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第十四話:心火

 ――北海道札幌市――


 北海道は広い。


 観光であちこちに寄り道したとしても一泊二日あれば余裕で一周できるでしょ。

 稀にこういった話を聞くけど、いやいや、無理だから。


 地図で見ると分かる通り、北海道は東京都の38倍。

 今オレがいる札幌市だけでも東京23区より余裕で大きい。


 ましてや渾沌による鉄道や高速道路破壊の影響もあり、交通網は渾沌出現前に比べて脆弱になっていた。

 特に長距離移動は目的地に辿り着くまで以前より時間を要する分、日本の面積は広くなったと錯覚してしまう程であった。


 そんな北海道に組織の仲間と共に別組織のリーダーを見極めるべく足を運んだ。


 オレの名は八久舎(やくしゃ)

 《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》“天使”の能力者。渾沌に挑む戦士の一人。


 時折嵐のような風が吹き横殴りの雪がオレの頬に突き刺さる。

 ホワイトアウトで目の前が真っ白になり、その度に歩みが止まった。

 今回の仕事は前途多難だな。

 北海道に拒絶されている感じがする。


 イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだーーーーー!!!!!


 ああ、初っ端から嫌な予感しかしない!!

 麻理亜さん、今頃何してるかなー。

 北海道初上陸は麻理亜さんと一緒が良かったなー。


 まあ、愚痴を言っていても何も解決しないか。

 よし、お仕事しますか。


 ――同時刻旭川市――


 雪がしんしんと降り積もる。

 しかし午後には天候が荒れ、暴風雪になる予報が出ていた。

 只今の気温はマイナス10度。

 だが体感温度はもう少し低い気もする。


「あー、何もこんなタイミングでわざわざ北海道に出なくても良かろうにー」


 灰色の空に浮かぶ出現転移ポイントを裕多加(ゆたか)は見上げた。

 吐く息は白い。


 もう間もなく出現転移ポイントである漆黒の球体から渾沌が出てくる。

 裕多加は周りを見渡した。


 40名の同志がこれから始まる戦いの準備をしている。

 ここで渾沌を倒す。

 彼を除き、皆の想いは一致していた。


「今日こそ渾沌をぶっ潰す」


 裕多加の隣に立っていた正喜(しょうき)は鼻息を荒くして言葉を吐き出した。

 宙を舞う雪と同じように陽の光に反射してキラキラと輝く白いハンマーを右肩に担いでいる。

 打撃部分の(つち)はとても巨大で、190cmをゆうに超える正喜の身の丈ほどの大きさ。

 (つか)には雷のような黄色の幾何学模様が幾重にも彫られていた。


「いやー、今更で申し訳ないのですが正喜さんにはー……、今回の渾沌戦に参加ではなく北方へ向かってもらいます」


「おいおい何でだよ、もうすぐ渾沌が出てくるじゃねーか」


「んー、いやねー、あっちは明確な意図がある分、(たち)が悪いんですよねー。なので先行している第3旅団に合流して迎撃をお願いしたいなーと」


「渾沌をぶっ潰してからでも遅くねーだろ」


「えー、それだとあちらが手遅れになるというかー。スポンサーからの依頼でもあります。それに、それなりに被害が出る可能性もあるので早めに移動してもらいたいのですがー。難しいですかねー。おーい、獅子丸(ししまる)さーん、ちょっとこっちに来てくださーい」


 裕多加が大声で呼ぶと厚めの防寒具に身を包んだ人物が驚異的な速度で駆け寄ってきてピタリと目の前で止まる。


 その髪はまるで濡れた唇のような緋色の濃い赤で肩に軽く触れる程度の長さ。

 そして赤渕の眼鏡の奥に控える三白眼は目頭が鋭い。

 彼女の醸し出す佇まいと相まってミステリアスな雰囲気を漂わせている。

 何とも言えない不思議な魅力で人を惹きつける力を持った女性だ。


「……何?」


「あー、あのですね、正喜さんと獅子丸さん、あとは鷹橋(たかはし)さん、鈴宮(すずみや)さんの小隊は北方へ向かって元々の目的を果たして頂けないかなーと思いまして」


「……渾沌は?」


「んー、そもそもこの人数で渾沌の息の根を止めるのは無理ですからねー。まあ、被害を最小限に留める程度の動きで終わるんじゃないかなーと思ってます。渾沌初上陸の旭川には渾沌の傍若無人ぶりを目の当たりにした事のない民間の方々が沢山住んでいらっしゃいますから。今回はそういった方々を護るだけで時間が過ぎちゃうでしょうねー」


 それを聞いた獅子丸は無表情のまま小さく頷いた。


「……了解した」


 そして正喜の前に立ち黙って彼を見つめる。


「分かった分かった、行けば良いんだろ」


 不満そうに口を尖らせた正喜が《神器界燦(じんきかいさん)》と呟くと担いでいたハンマーは強烈な光を放ちそのまま消えてしまった。


「俺の小隊は当初の予定通り行動する。お前ら、第3旅団と合流するぞ!」


「あー、悪いね正喜さん。この埋め合わせは必ずするから」


「まあ、リーダーは裕多加だしな。でも今言った事を忘れるなよ」


「……じゃあ」


 正喜と獅子丸は自分たちの小隊を引き連れ鷹橋(たかはし)鈴宮(すずみや)両小隊と合流、四駆のオフロードカーに乗り北方へ走り去った。

 その光景を見届けた裕多加は改めて出現転移ポイントへ視線を移す。


 さて、そろそろ時間か。


 やがて渾沌が巨大な姿を見せた。

 何度見ても相変わらず不気味な姿だ。


 顔はのっぺらぼうで6孔がない。

 故に何も見えず、匂いを感じる事はなく、一切の音に気付かない。

 そして鋭利な牙の生えた口だけが存在感を示していた。


 そんな渾沌に続くように眷属たちが続々と姿を現す。

 眷属の姿は映像で観た事はあったが実物と対峙するのはこれが初めてだ。


 思わず目を逸らしたくなるほど気持ち悪い異形の姿。

 意味もなく心の奥底から沸き上がる不快感。


 まるでゴキブリやハエを見つけた時の感覚に近い。

 それは理由なき嫌悪感。


 裕多加は肩を大きく揺らして深く呼吸をした。

 どこか冷めた瞳で渾沌の眷属たちを見渡す。


 報告書によると眷属一体の強さは一人当たりレベル10の4人一組(パーティー)が全力を出して戦ってようやく勝てる程度。

 ちょっと気を抜くと致命的な被害(ダメージ)を受けるだろう。


 ちなみに《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》の能力者全体の中でレベル10の人間が最も多い。

 このレベル10の壁を超えてレベル11になる事が能力者にとって評価される一つの指標になっている。

 しかしながらそのハードルは高い。


 攻撃特化系統のスキル能力者はレベル10あれば最先端の軍用機1機に相当する戦闘力を有する。

 同じレベル10でも防御特化型スキル能力者の戦闘力は低い。

 ただし、レベルは単純な強さだけでなく能力の熟練度や応用力等の総合評価で決まる。


「えーっと、今回の戦いで渾沌と眷属を無理して倒す必要はありませーん。民間人への被害を最小限に抑えつつ、最優先は自分たちの命を守ってこの場をしのぐ事です。それぞれの小隊は4人一組の戦闘隊形を崩さないようにしてください。ただし、全力を出さないと取り返しのつかないダメージをもらう可能性は増加します。眷属といえど一体でレベル10の小隊と同程度の強さです。なのでここからの50分は全員本気でやってくださーい。誰一人欠ける事のないよう気合いを入れて頑張りましょう。という事で皆さんよろしくお願いしますねー」


 声を張り上げて裕多加は周囲に呼び掛けた。

 あちらこちらから呼応するように威勢の良い声が返ってくる。


「んー、それじゃあ我々も行きますよー。川原さん、小室さん、劉蒼(りゅうそう)さん、準備は良いですかー」裕多加は自身のパーティーに声を掛ける。


 川原と小室はレベル10だが劉蒼はレベル6と一人低い。

 これは各小隊のバランスを整える為だ。


 川原は両腕を鋭い刃物のように変化させ、小室は両手につむじ風のようなものを(まと)わせている。

 そして劉蒼は頭の上から足の先までパワードスーツのような軽量装甲の装備で全身をおおっていた。


 3人は近くにいた巨大サイズの蜘蛛に似た眷属に立ち向かう。

 その蜘蛛は胴体だけで横幅10メートル程。

 目の焦点が合わず瞳だけギョロギョロと動かしている瘦せ細った中年女性の顔と2本の人間のような腕、先端が鎌のように鋭くなっている6本の脚を持っていた。


 川原は低い体勢を維持しながら蜘蛛に駆け寄る。

その勢いのまま両腕を大きく振り抜いて蜘蛛の脚を刈ろうとした。


だが、金属同士がぶつかる鈍い音が鳴り響いたと同時に川原の両腕は弾かれてしまった。

蜘蛛の脚には傷一つ付いていない。

想像していたよりも頑丈だ。


「うおーりゃー!」


 叫んだ小室は空高くジャンプして蜘蛛の顔の前に両手を突き出す。


「旋風!」


 手のひらから強烈な竜巻が発生し中年女性の顔に直撃した。

 女性の長い髪が風にあおられ巻き上がる。


「どうだ!」


 しかし風が通り過ぎた後に残っていたのは先程と変わらず目をギョロギョロ動かす女性の顔だった。

 今起きた事を全く気にしていない様子。


 そのまま女性は口をぷくっと膨らませると蜘蛛の糸を大量に吹き出した。

 その糸は小室の全身を包み込むように覆い、身動きが取れなくなった小室は鈍い音と共に地面に落ちた。


 その小室に向かって蜘蛛は脚を一本振り下ろした。

 鎌のような先端が彼を襲う。


「小室さん、危ない!」


 近くにいた劉蒼はバッタの如く跳躍し自身の右足を蜘蛛に向かって大きく伸ばした。


「ドリャー!!!!! ライジングエクストリームキーック!!!!!」


 劉蒼の蹴りを受けた蜘蛛の脚は折れてしまったのかあらぬ方向へ曲がった。

 そして劉蒼は糸でグルグル巻きにされた小室を急いで肩に担ぎ、すぐさま蜘蛛から距離を取る。


「絶体絶命の危機にこそ勇気で勝利の扉を開く(おとこ)、《救済の力を授かった人(キュウジンシンセン)》“(あお)き勇者”劉蒼ここにあり!」


 劉蒼は右手を高々と突き上げて大声で名乗りを上げた。


「ふふっ。相変わらず面白いなあ。それにしても、今のところレベルは一番低い部類に入っちゃうけど潜在能力自体はかなり高そうだねー。いやー、実に興味深い逸材発見」


 裕多加は一人呟きながらお気に入りの玩具を見付けた子供みたいなキラキラした眼差しを劉蒼に向ける。


「うん、あれは頑丈そうだ。鍛えがいがある。んー、壊れなければ良いねえー」


 裕多加は視線を蜘蛛に移す。

 そして両腕を広げながら蜘蛛に歩み寄った。


「戒めから解き放たれし愚か者たちの堕ちた翼、今ここに再び集え」


 裕多加が叫ぶとどこからともなく現れた黒い小さな影が彼の背中に集まり始め、やがて影たちは1対2枚の翼を形成した。

 翼1枚の長さは横に5メートル程度。

 一切の光を通さず、一滴の光も反射せず、それは全てを吸い込むような漆黒の大きな大きな翼だった。


 その翼を羽ばたかせて裕多加は空に浮かび上がった。

 蜘蛛の頭より更に3メートルほど高い位置で停止し蜘蛛を見下ろす。


 蜘蛛が持つ痩せこけた中年女性の瞳はギョロギョロ動いて裕多加を探し始めた。

 そして彼を見つけると頬をぷくっと膨らませて糸を吐く動作を始める。


「んー、残念。ちょっと遅かったねー」


 蜘蛛が糸を出そうとしたその瞬間、裕多加は落ち着いた口調で言葉を紡いだ。


「戒めから解き放たれし愚か者たちの苦しみの悲鳴、懺悔の叫びとなれ。《怠惰の嘆き(ヘルズバスター)》!」


 裕多加から放たれた言葉《怠惰の嘆き》は衝撃波となり蜘蛛の顔に波状の歪みを生じさせた。

 蜘蛛は最初の一撃こそ耐えていたが波状となって次々と襲ってくる衝撃波を受けきれなくなり激しい音と共に顔が吹き飛んでしまった。


 しかし蜘蛛は自分の顔が無くなった事を気にしていないかのように裕多加がいる方向に向かって両腕を伸ばしてきた。


「おーおー、頑丈頑丈。顔がなくなった程度では倒れず……と」


 捕まらないように飛び回りながら裕多加は眷属を観察する。


「あー、想定していたより手ごわいなー。体半分くらいはいけるかなー思っていたけど顔だけかー。関東の連中はこちらよりレベルの高い能力者が多いのかなー。んー、データの見直しが必要かなー。ん? あれは川原さん? いやー、余計な事はしないでもらいたいなー」


 蜘蛛の顔がなくなった今が好機と考えたのか、川原は両腕を刃に変化させ何度も蜘蛛の脚を切り付ける。

 しかし何度繰り返しても鈍い音と共に弾かれるだけで傷一つ与えられない。


「あー、川原さんは自己評価が高いだけで実力は然程ないのだから最初の攻撃が通じなかった時点で諦めてほしいなあー。足元でうろちょろされるとこっちが動きづらくなるから黙っていてくれたら有難いのだけど。本当に邪魔くさい。まあ、こんな話を本人には直接言えないけどねー。あの程度でも戦力として減るのは今は困るからなー。んー、適当に(おだ)てて取り敢えず退場してもらおうかー」


 裕多加は《怠惰の嘆き(ヘルズバスター)》を数回繰り出し、蜘蛛の姿をした眷属に損傷を与えながら川原へ近付いた。


 そして地上に降り立つと川原に二言三言(ふたことみこと)話し掛ける。

 それを聞いた川原は嬉しそうに笑顔となり蜘蛛から離れ、小室や劉蒼のいる場所へ向かう。


 裕多加は二人の辿り着くまで微笑みで川原を見送っていた。


 彼が二人の元へ到着すると裕多加は蜘蛛の方へ顔を向けた。

 その顔に笑みは一切なく疲れたと言わんばかりの真顔。

 視線の先には息も絶え絶えな蜘蛛の眷属が辛うじて立っている。


「えー、今はちょっと気分が悪いけど今回はなかなか面白い逸材を見付ける事が出来たし、さてさてー、そろそろ終わりにしますかー」


 漆黒の翼を大きく前後に動かし裕多加は再び空へ舞い上がりつつ蜘蛛から離れたところで空中停止する。


「戒めから解き放たれし愚か者たちの行き先なき怒りは我が右手に集え、大地の灯火さえ滅する黒き心火(しんか)。《強欲の苦救印(ヘルズハンマー)》!」


 しんしんと雪の降り続く灰色の雲が突然割れ、その境目から真っ黒で巨大な拳がゆっくりと地上に向かって伸びてきた。


 否、あまりの大きさ故にスローモーションのように見えた右手が地上と接するまでの時間は、実際のところ深呼吸一回分ほどの時間しかなかったのかもしれない。


 その拳は蜘蛛の眷属だけでなく周辺にいた眷属をも巻き込み、全てを圧し潰しそのまま大地にめり込んだ。

 裕多加は地面に舞い降りて一呼吸する。


 その途端、巨大な拳は雲散霧消の如く存在を消し、打ち抜かれた痕跡が大地に刻まれた。

 その大きさは横幅100メートルほどか。

 あとは巻き込まれて粉砕された建物の瓦礫(がれき)だけが残っていた。

 

 裕多加は右の耳を触りながらブツブツ呟いた。


「あー、いくつかの施設も一緒に壊しちゃったなー。目の前にいた眷属一体だけだったらここまでする必要はなかったけど、おかげで気分も晴れたし良しとするか。それはそうと施設の中に逃げ込んだ民間人も一緒にやっちゃっただろうなー。まあ報告書に関しては被害を最小限に抑える為に必要な処置だったと言っておけば特に問題にならないだろうねー。これは渾沌と戦う上で仕方のない尊い犠牲。そう、尊い犠牲なんだよ。これこそが選ばれた者と選ばれなかった者の差だよね。そして私は選ばれた能力者。うん、やはり、どう考えても私は特別だから悪くない」


 スッキリした表情の裕多加は口元に笑みを湛え空を見上げた。

 雲の隙間から太陽の光が漏れ地上に残された破壊の跡を照らしている。


 彼は一度だけ大きく背伸びをして深呼吸した。

 そして仲間のいる場所へゆっくり歩み始めた。



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