第十一話:因果⑤
《英雄の一撃・百華!!》
その頃麻理亜は目の前にいた巨大なムカデらしきものを打ち倒していた。
見た目は確かにムカデ。
しかしそこに生えている脚はまるで人間の腕。
そして腕の先端に人間の手らしきものが付いていた。
その手に生えた指がクネクネクネクネ関節の存在を無視して動いていた。
誰が見てもただただ気持ちの悪い生き物だ。
そのムカデの体が黒い粒子となり空中に舞い上がったところで麻理亜は深く息を吐いた。
それでも荒い呼吸はなかなか収まらない。
肩が上下に揺れる。
「さすがにそろそろ限界かな。ちょっとでも休めればまだイケると思うけど」
麻理亜の近くに3組の集団がいた。
彼等も非常に疲れた様子だった。
声を掛け合いながら死物狂いになって戦っているのが見て取れた。
こんな状況だが弱音を吐いている者はどこにもいない。
そんな光景が麻理亜の気持ちに火をつける。
「もう一踏ん張り、頑張ってみよっか」
麻理亜は自分に言い聞かせるように小さく呟き、心を奮い起こした。
「ウチらの未来はウチらのものだし。絶対に負けないし」
麻理亜は苦戦中の集団に駆け寄り援護を開始した。
協力しあえば生存率は上がる。
仲間も自分もここで死ぬわけにはいかない。
「――麻理亜さん!!」
戦いの最中、不意に誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。
「――麻理亜さーん!!!!」
麻理亜は声のする方を見上げた。
必死な表情でこちらへ向かって突っ込んでくる八久舎が目に飛び込んできた。
しかし八久舎の視線は麻理亜を捉えていない。
麻理亜は八久舎の視線の先へ目を移した。
「――あっ!!」
渾沌の巨大な尾が全てを押し潰しながら徐々に近付いてくる。
あまりに巨大すぎるが故に緩慢な動きと誤解されがちだが、実は恐ろしく早く、更にはとんでもなく長い為、準備動作段階で回避行動をとらないと高確率で死が待ち構えていた。
尾の一振りで鉄骨の高層ビルや大地に深く根を張った木々、無数の眷属が跡形もなく消えていく。
そして地響きとともに大地が激しく揺れ始めた。
「ウチの仲間は誰も死なせない」
尾が少しずつ大きくなり迫りくる。
麻理亜は身体の中を巡る《救済の力を授かった人》の力を右手に集中させた。
後ろを振り返ると仲間は傷付き疲労困憊。
逃げる体力は残ってない。
なら、あの尾を切り落として皆を救うしか残された道はない。
例えそれが99.9%の絶望を伴う無謀な賭けだったとしても、0.1%でも希望に繋がる僅かな光が残っていればそれで充分。
ウチは英雄。
仲間を助ける英雄。
ウチはムテキだ。絶対に負けない!
天高く聳え立つ一筋の輝き。
渾沌の尾の太さの倍のサイズ。
400mはあろうかという金色の光刃が麻理亜の高く掲げた右腕から放たれていた。
時折光刃の周りを紫電の煌めきが龍のように飛び交う。
バジバジっと激しい音を立てる。
「ウチが仲間を護る。全身全霊、ウチの全てを今ここに」
《英雄の一撃・千華!!!!》
麻理亜は混沌の尾を目掛けて金色の光刃とともに右腕を振り下ろした。
2つのエネルギーが交差した瞬間、凄まじい衝動が波紋状に広がる。
その勢いは荒れ狂う津波と見違えるほどであった。
まばたきする時間すらないほどの爆風が一瞬で周囲一帯を呑み込んでいく。
破壊されたビルの瓦礫はまるで砂ぼこりのように軽々と空一面に舞い上がっていた。
「麻理亜さーん!」
さすがにオレも驚いた。
麻理亜さんの英雄の一撃は渾沌の尾に対してほんの少しのダメージを負わせる程度の傷しか与えられなかったと思う。
しかし今まで誰一人なし得なかった破壊の衝動の勢いを相殺して尾の動きを止めてしまう荒技を麻理亜さんは豪快に繰り広げた。
一瞬だけだったかもしれないけど、パワーは互角。
これは奇跡だ。
いや、一人の英雄の積み上げてきた研鑽、たゆまない努力、人々を救いたいと強く願う想いの結果だ。
初めて会った時は華奢で綺麗でどんな時でも前向きに突っ走る超ポジティブな女性っていう印象。
でもそれは麻理亜さんの外見から想像したオレの勝手な印象。
実は日々鍛練してストイックに身体作りをしている。
食べるもの一つとってもスゴく気を遣っている。
分からない事があれば勉強して調べて自分の知識にしちゃう。
そういった事に掛ける努力の量は本当にハンパない。
たまに天然だなー、抜けているなー、と思う時はある。
でもそれすらギャップとして彼女の魅力になってしまう。
最も目を引くのは他人への思いやり。
分け隔てない優しさ。
信じるものへ向かって突き進める意志の強さ。
今更ながら、本当に素敵な女性だ。
少しすると視界を妨げるものが減っていき徐々に地面が見え始めた。
その時、力を出しきったのか膝から崩れ落ちるように倒れこむ麻理亜の姿が目に入ってきた。
「麻理亜さん!」
彼女の元へすぐにでも向かおうとした。
しかし違和感を覚え羽ばたきを止める。
何だ、この雰囲気は。体を覆う空気がピリピリしている。
《――ジャラジャラジャラジャラ》
マジか。
《――ジャラジャラジャラジャラ》
混沌の尾が再びゆっくり大きくうねり始めた。
破壊の衝動の準備動作開始。
「麻理亜さん!」
駄目だ。
麻理亜さんは倒れたまま動く気配が全くない。
意識を失っているのか、混沌の動きに全く気付いてない。
他の仲間と似たようなものか。
戦いの怪我や疲労、さっきの衝撃の影響もあって逃げ出すのは難しいみたいだ。
どうする、どうする。
全員を助け出す方法は…。
麻理亜さんの渾身の一撃を無駄にしない為にオレはどんな手段をとれば良い。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいーーーーー!!!!!
あああああああああああああー。
想像しろ、オレ。
創造だせ、オレ。
麻理亜さんなら最後まで諦めない。
頭の中を光の玉が高速でぐるぐる回り突然パッと弾け飛ぶ。
キタキタキタキタキターーーーー!!!!!
「親愛なる神の名のもとに使徒を率いて悪を討つ。天に轟け天使の軍勢。集え我が双翼6つの原初精霊。闇夜に浮かぶ星彩の輝きをもって我が姿を成し我と共に具現の魂を今ここに現せ。《大天使の軍勢!!》」
オレは空中で小さく旋回する。
猛禽類のハヤブサの如く凄まじい速さで麻理亜さん目掛けて急下降した。
そして地上に一度も降り立つ事なく倒れている彼女を両腕で抱きかかえて再度上空へ舞い上がる。
その直後、渾沌の尾は見える範囲全てを一掃した。
それから程なくしてヤツは満足したかのように黒い靄に全身が覆われ姿を消した。
登場から50分経過し本日の活動終了時間がきたわけだ。
まったく、ラスボス感満載の化物だな。
麻理亜さんの身体の負担にならないようオレはゆっくり下降する。
「……八久舎君?」
おっ、麻理亜さんお目覚めですか。
「八久舎君、これは?」
いやいや、大変だったんですよ。
「ちょ、お姫様抱っこって!」
照れて暴れないでください、麻理亜さん。
疲労状態で上空200mから落ちたらさすがに無事じゃ済まないですって。
「そうだ、仲間は!」
大丈夫です。仲間は全員生きてます。
3対6枚の翼を持つオレの周りを立体的な造形の竜の顔の面を付けた1対2枚の翼を持つオレと同じ体格と恰好をした6人の天使たちが宙に浮かんでいた。
これはオレの分身体。
そしてオレの分身体それぞれが仲間を両脇に1名ずつ抱えている。
傷付き息は荒々しく苦しそうな表情をしていたがそれでも全員であの状況を生き延びた。
最悪の事態を回避出来たのは麻理亜さんがいたからです。
「良かった、本当に良かった」
麻理亜さんは緊張の糸が切れたのか笑顔のまま泣きじゃくっていた。
オレは何も言わずに両腕に優しく力を込めてそんな彼女をただ抱きしめた。