第十話:因果④
先に駆け出した麻理亜さんを追う為に3対6枚の光輝く翼で羽ばたこうと思ったその時、いつも違う光景が目に飛び込んできた。
渾沌の足元に黒い靄のような影のような塊がいくつも現れた。
ちょっと様子がおかしい。
「麻理亜さん、気を付けて。あの黒いのは今まで見た事がないやつだ」
黒い塊はやがて人や犬、虫等の姿を形成し始めた。
だが、出来上がった姿はいびつ。
人の頭が無かったり、犬に翼が生えていたり。
異常に手足の長い虫なんかも目の前に現れて群れを成している。
大きさはそれぞれ違うが人型で最も身長の高いものは電信柱ほどある。
身長の低いもので2mほどだろうか。
その群れが高音の耳障りな唸り声と大地を揺らすほどの地響きを上げながらコチラへ突進してきた。
控えめに言っても、これはかなりヤバい。
まさに魔獣の進軍だ。
これが例の渾沌の眷属か。
《英雄の一撃・十華!》
金色に輝く麻理亜さんの右腕から放たれる手刀。
頭の大きさと尾の長さが体の倍以上あるいびつな造形の犬に技がヒット。
結構なダメージを与えていたが致命傷にならなかった。
首が半分切れかかったまま犬は牙を剥き出しにする。
再び麻理亜さん目掛けて向け飛び掛かってきた。
《英雄の一撃・百華!!》
先程より更に強く輝く金色の手刀はいびつな造形の犬を真っ二つに切り裂いた。
胴体が割れた犬はドスンと鈍い音を立てて地面に落ちる。
体は黒い粒子となり空中に舞い上がった。
そして大気に溶け込むかのように跡形もなく消えてしまった。
ちなみにこの時に出てきた異形の存在“渾沌の眷属”は個体ごとの名前ではない。
存在そのものを示す総称だ。
眷属は渾沌本体と違って人間の作った兵器の影響を受けた。
例えばロケット弾で攻撃すると爆風で眷属は吹き飛ぶ事があった。
ただし、風圧で吹き飛ぶだけであってダメージを受けているわけではない。
それでも今まで無力一辺倒だった人間が偽りの希望を持つには十分だった。
既存の兵器よりも攻撃力の高い新兵器を開発すれば渾沌を倒せるのではないか。
これは世界の覇権を握るチャンスではないか。
そう考えた一部の国の指導者たちはこぞって兵器の開発に予算を集中させた。
だがその事が指導者に対する国民の意識離れや混乱と内乱を招く。
後々に傾国の一途を辿る原因となってしまうのだった。
「天に轟け天使の激憤。深淵の存在に大いなる裁きの閃光を放ち全ての闇を消し滅ぼせ。《大天使の激憤!!》」
消えたって事は倒したって事なのか。
こいつらは渾沌と違って底なしの生命力ではない。
だけど《大天使の激憤》は一回使う毎にかなりの疲労が溜まるんだよなー。
だから連発出来ないし50分間という枠内の使用回数にも限度がある。
翼が生えて空を飛んでいるやつだけで100匹くらい。
これを全部撃ち落とすのは一人じゃ不可能だな。
うん、無理ゲーだ。
天使の咆哮は連発出来るけど5、6発撃ち込んでやっと倒せる感じだし、さっきはそれで囲まれてピンチだったからなー。
逃げたいところだけど、それは格好悪いしな。
オレは翼を大きく広げて上空100mで体を浮かばせたまま周囲を見渡した。
麻理亜さんは順調順調。
他の仲間は4人1組の集団で戦ってやっと1匹倒せるレベル。
これは厳しいな。
渾沌が立ったまま動かずにいる事がせめてもの救いか。
この状況でヤツまで暴れたら間違いなく死人が出てるぞ。
いつもだったら渾沌一体だけを注視していれば特に問題はなかった。
4人1組で助け合いながら渾沌一体の手足や長い尾の動きの隙を見つけて攻撃。
ただ、時折視線が追い付かない速さで手が伸びてきて握り潰される事はあった。
それでも常時危機的状況というほどではなかった。
しかし今は違う。
敵は一体ではない。
しかもこちらの人数を遥かに上回る数。
あちらこちらから攻撃の手が伸びてくる。
「そして、個々の戦闘力も我々より上か。こりゃ参ったな」
このままじゃ時間切れまでもたない。
戦況は悪化する。
最悪全滅だ。
まずは全員を一ヵ所に集めて防御に徹した方が良さそうだな。
さて、やるか。
「港の東側の公園へ集まれ、そこで態勢を整える!」
大声で叫んだ。
そして羽ばたいたまま天使の咆哮を撃ち仲間が逃げる隙を作る。
オレの声に気付いて手を振って応えたり、敵から逃げ切る程度の最低限の攻撃を繰り出しながら公園へ向かって走り出す集団もある。
刀や槍、銃器を構えている者や体が黄砂に包まれている蛇天空、少女の見た目をしている老婆太陰、白き虎にして獣の王白虎に変化する者など能力は様々だ。
そんな彼等を見ながら麻理亜さんがいる最前線に視線を戻す。
よし、あとは最前線にいる麻理亜さんたち数名を残すだけか。
と、その時だった。
今までピクリともしなかった渾沌が突如動き始めた。
3,000mある長い長い尾がゆっくり大きくうねり出した。
ジャラジャラジャラジャラと鱗同士が擦れあう渾沌特有の低い音。
その音が辺り一面に静かに響き始めた。
決して大きな音ではないので注意していないと聞き取りにくい。
これはヤバい。
破壊の衝動の発動前の準備動作だ。