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パンダ、帰る

作者: 雉白書屋

 彼、パンダ。その名は『フェンフェン』

彼は『デイデイ』と『ヨウヨウ』の間、この国で生まれ育ったものだが

当時レンタル中だった親パンダの所有権は向こう側、レンタル元にあるゆえ

子もまた同じということで追加で払った高額な金銭により得たレンタル期間を終え

今日、この動物園から相手側へ返還される予定だ。

 

 そう、今日が最後の観覧日ということで大勢の人が動物園に押しかけた。

 あまりの人数ゆえに、パンダ舎に入り、彼を眺めることができるのは

抽選で当たった者のみとされた。

外れた者はそれでもなるべく近くにいたい、見送りたいということで

パンダ舎を遠目から眺めていた。

 さらに熱狂的なファンは現地の端も端、日陰の中で行われているオークションに参加。

現場は異様な熱気に包まれていた。


 さて、なぜ彼、フェンフェンがここまで人気を博しているのか。

とくに何かエピソードがあるわけではない。

ただ単純に今日が最終日だからというだけのこと。皆、熱に浮かされているのだ。

 また日が経てば都が高額なレンタル料金を払い、新たなパンダを迎え入れるだけの話。

 観覧時間は一人十数秒。開園から並んだにも拘わらず待ち時間は三時間。

最後尾に至っては六時間。

 高級品かつ新品のような大きなカメラを手に並ぶ人々。涙ぐむ者も多数。

それを迎えるフェンフェンの態度はどうかというと、ふてぶてしいの一言。

大股広げ、片手で笹を齧るその姿は休日、テレビの前で口をもちゃもちゃ動かし

歯に挟まった食べカスを気にする中年男と被る。

 にもかかわらず観覧客から黄色い声援が飛ぶ。

基本、我関せずの彼。尻を向け、ポリポリ掻いても

観覧客はありがたがりカメラのシャッターを押す。

 親の七光りの芸能タレント。それと比肩するどころではない、この世で最大級の慢心。

怠惰の象徴。

 それでもぬいぐるみ、プロマイド、帽子など彼のグッズは飛ぶように売れ

園内にパンダの姿が溢れかえる。

 ついには押し合いへし合い、順番抜かし

当選券なしでパンダを拝もうと現場は混乱の一途を辿ろうとした。

 が、園内係員と警備員による手荒い制止であと一歩のところで阻止。

 現場は再び秩序を取り戻す。マスメディアはチッと舌打ち。

また現場に居合わせた人のインタビューへと戻る。


「すごく寂しい気持ちです」

「ぱんだだいすきー」

「もう、ホント、お別れだなんてうぅ……」

「今日で最後だからということで来ちゃいました」

「抽選は外れちゃったけど、まあ、遠くからお見送りをね」

「ロンロンだいすきー」

「こらっ、フェンフェンよ」

「お別れなんて嫌……」

「フェンフェン、ありがとー!」

「フェンフェン、いってらっしゃーい!」

「これからも大好きだよー!」


 などと普段、この動物園に来ない者が涙を流し、声を張り上げた。

 一方のフェンフェン。今日は最終日なこともあってか

すまし顔だが観覧客に時々、手を振る。

 欠伸の一つでも歓声を上げる衆人だ。これには大興奮。

 しかし、手を振ったのはそれきり。またダレ始めた。

とは言え、一応プロ意識はあるようで、展示所のガラスの前からは動かない。

ただ単に移動が億劫なのかとも取れるが、それが契約の内なのかもしれない。

 

 契約内容は非公開である。その理由はその高額なレンタル料が明らかになれば

都の税金の無駄遣いではと批判の声が上がりかねないからであろう。

 しかし、隠したところで前述のとおり、レンタル料が高額であることは

過去の例から見て予想つきやすい。

 それでも外交、友好、経済効果を目的とし、レンタルをやめることはない。

 果たしてその人気取りは誰のためなのか。誰の顔色を窺っているのか。

向こう側か、投票権を持っている都民か、パンダか。

 

 と、またもパンダ舎から歓声が上がった。

フェンフェンが立ち上がり、伸びをしたあと、前転をして見せたのだ。

これは大サービス。彼もここを去ることに何か想いがあるかもしれない。

 ……いや、あのせせら笑うような顔つきからして

一喜一憂する観覧客を見てただ面白がっているのだろう。


 何か想い、思想があるとすればそれは自分の待遇についてくらいだろう。

彼の曽祖父に当たる『ロウロウ』と『リェンリェン』は逞しかった、いや凄まじかった。

パンダ史上初、ただひたすらにガラスに肛門を向けボイコットをしたのだ。

 これに対し、動物園側は改善を試みた。

堅い床を柔らかい材質のものに変え、そしてベッド、テレビを完備。

トイレには目隠しを。清掃は日に五度。ただし速やかに静かに。

一時間おきの休憩時間。週に一度の外出。笹は最高級のものを。

展示室の内側にはカーテン。

などなど今に至り彼、フェンフェンはこのレンタル期間を悠々と過ごしたのである。


「フェンフェーン!」

「あ、カーテン閉めないで!」

「お願い、静かにするから! あ、お願いします!」

「ごめんなさい! フェンフェン!」

「フェン様ー!」


 と懇願する観覧客を前に、足で器用にカーテンを閉めようとするフェンフェン。

その表情は醜悪なものである。

 それを繰り返し、時に糞を窓に投げつけ、それでもなお喜ぶ観覧客。

愚かと言わざるを得ない。一体、どちらが檻の中にいるのか。

 

 だが、ついに終わりの時を迎えた。

 立ち上がり、パンダ舎から出たフェンフェン。

 彼はそのまま園内のロケットから直通でレンタル元へと帰る。

 柵の外で群がり、彼に声援を送る客をちらりと見ては唾を吐き捨て

そしてロケットの中へ。有象無象の無価値共。お前らの方が動物だという態度。


 パンダは世代を重ねる事に傲慢になっていく。

 それが単に積み重ねなのか、彼らパンダとしての種の進化なのか。

何にせよ筆者はかねてより、パンダをレンタルすることに疑問を抱いていた。


 今回のレンタルを最後に、今後はもうパンダを

地球からこの惑星に迎え入れないことを検討して欲しいものである。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分の価値を知ってしまったのかもしれないパンダ。 異星間交流ができるぐらいの時代になったら、 このぐらい傲慢になっていてもおかしくありませんね。
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