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ホラー

そのアカウント主は死んでいます

作者: 鞠目

 フォロワー数が少ないためか、あまり話題になっていないが、かなり不気味なInstagramのアカウントがあるので紹介しようと思う。もしあなたがこのアカウントを既に知っていて、補足があれば教えてもらえると嬉しい。


 ユーザー名はishiguro_20。

 週に4,5回ほど神戸の景色をInstagramに投稿しているアカウントで、名前はカタカナで「イシグロ」。プロフィール欄には「神戸在住のカメラマン」とだけ記載されている。

 投稿開始は2015年。しかし、2020年4月から2022年までの約二年間は投稿が0件。この空白の期間についてイシグロからの説明は何もなされていない。

 2022年から投稿が再開されており、それに伴いフォロワー数も徐々に増えていて、現在ようやく2,000人を突破したところだ。

 投稿内容は毎回風景写真が一枚と、「#神戸の今」というハッシュタグのみ。写真にはたまに通行人が写っていることもあるが、人物がメインとなっているものは一枚もない。桜が咲き始めた住宅街の中にある小さな公園、梅雨の日の似たような表情で立ち並ぶたくさんの一軒家たち、早朝のポートタワーや中華街と言った観光地の写真の日もある。

 都会のイメージがある神戸だが、景色の趣はエリアによって大きく異なる。イシグロは市街地や有名なエリアだけでなく、市内の色々なエリアを回っているようで、海に沈む夕日の写真が投稿される日もあれば、北部にある広大な野菜畑、ひっそりとした深夜の六甲アイランドの景色、市営地下鉄の終点駅のホームの写真が投稿されることもある。多種多様な神戸の表情を見ることができるという魅力が、フォロワーの増加の一因になっているようだ。

 イシグロのフォロワーには、兵庫県民が多いのか、コメント欄には写真の場所に関する内容がしばしば見受けられる。また、何気ない風景写真だが人の心を惹きつける何かがあるようで、人数は少ないが日本語以外の言語のコメントが投稿されることもある。しかし、それらに対してイシグロが何か反応を見せることはない。

 イシグロがフォローしているアカウントは一つしかなく、神戸観光局【公式】のみ。しかし、イシグロが神戸観光局【公式】の投稿にいいねを押している形跡は見受けられない。


 ここまでなら神戸に変わり者のカメラマンがいる、というつまらない話で終わるのだが、この話にはまだまだ続きがある。

 2022年3月、イシグロの投稿に不定期だが写り込む女がTwitterで話題になった。投稿を遡ると、2018年1月から景色の中にブラウン系で長い髪の女が映り込むようになっていた。服装は毎回異なるが、女はひっそりと景色に溶け込むように紛れていて、深夜の商店街を一人で歩く後ろ姿や、住宅街の写真だと十字路をちょうど曲がろうとしている姿が小さく写っている。

 イシグロのアカウントにはフォロワー数がそれほどいないため、トレンド入りすることはなかったが、イシグロのアカウントをフォローしている人たちの中では女の正体が大きな話題となり、イシグロの彼女説や妹説、イシグロのストーカー説まで出たが、一番有力だったのはありきたりな『イシグロが雇ったモデル説』だった。

 中にはイシグロの投稿のコメント欄で、女性についての質問を投稿する者もいたが、イシグロからの返答はなかった。


 多くのフォロワーが女の正体を妄想するのに飽きてきた2022年6月、一人のフォロワーが女の正体を特定した。女は大阪を拠点に活動するカメラマンだった。女の正体がわかり、多くのイシグロのフォロワーがすっきりしたような、ありきたりな答えにつまらなさを感じた翌週、フォロワーたちは衝撃的な事実を知ることになる。


 女は2020年に交通事故で死んでいたのだ。




 女の名前はサカタ。大阪市に住むカメラマンだった。サカタはInstagramよりもTwitterをメインに写真を投稿しており、専門はペット、特にイヌの写真撮影の仕事をしていたらしい。ペットの出張撮影も行なっており、詳細はダイレクトメッセージにて案内が可能とTwitterの固定ツイートにて説明がされている。

 Twitterの投稿内容だけではわからなかったのだが、彼女に連絡を取ろうとしたイシグロのフォロワーがたまたま、ペットのラブラドール・レトリバーの撮影をよくサカタにお願いしていたという女性のアカウントと繋がり、サカタが亡くなっていることがわかった。

 2020年の4月、サカタは自宅の近くの電信柱に自家用車で突っ込んだそうだ。かなりのスピードで衝突したようで車の運転席は大破、遺体の損傷も激しかったらしい。事故のことは新聞の地域紙面にも小さく載っており、新聞の情報によると飲酒運転が原因とされていた。


 サカタが亡くなった2020年、イシグロはInstagramの投稿を休止している。確認するとサカタが亡くなったのは2020年4月3日。イシグロの2020年最後の投稿は3月28日だった。因みに投稿写真は、深夜の王子動物園の正門の前の風景だった。

 サカタは亡くなっているのに、今もイシグロのアカウントが投稿する写真には彼女の姿が写り込んでいる。そのことが気になったイシグロのフォロワーが、サカタの関係者へ連絡を取って詳細を確認していくと、二つ不可解なことがわかった。

 一つ目は、サカタは飲酒運転で電信柱に衝突したとされているが、サカタは一杯のチューハイも飲めないほどお酒に弱かった。明るい性格で人付き合いも良かったサカタは、よく仕事の関係者との飲み会に参加していたが、彼女はいつもソフトドリンクしか飲んでいなかったそうだ。そのため彼女と一緒に仕事をしたことがある人間は皆、彼女が飲酒運転をするなんて考えられないと一様に首を傾げているらしい。

 二つ目は、サカタとイシグロは同じ大学出身で学生の頃から十年ほど付き合っていたが、2020年3月に別れていた。35歳までに結婚し子どもが欲しいサカタと、結婚に難色を示したイシグロは2019年から頻繁に喧嘩をするようになり、それが原因で破局したことを、サカタがよく一緒に仕事をしていたネコ専門に撮影を行うカメラマンの女性が知っていた。仕事の休憩時間にイシグロとの破局を報告してきたサカタはすっきりとした表情で、もっといい男を見つけるんだと笑顔で宣言していたそうだ。

 サカタの事故死を不審に感じた女性カメラマンはイシグロに連絡を取ろうとしたが、彼女の周りにイシグロの連絡先を知る人がおらず、何もできなかったと悔しそうな顔で語ったという。


 サカタの関係者の伝手を辿り、2022年12月、いつの頃からか『特定班』と呼ばれるようになった一部のイシグロのフォロワーたちが、イシグロの家の住所を特定する。個人情報に関わることなので特定班を非難する声も上がったが、特定班は反対を押し切りイシグロの家に向かうことを決意する。

 事前にイシグロに連絡をしようと特定班は何度も連絡を試みたが、写真は投稿され続けるにも関わらずイシグロと連絡を取ることができなかった。その結果、12月19日、好奇心を抑えきれなくなった三人の特定班が菓子折りを持ってイシグロの家に向かう。

 特定班には事前にわかっていたことだが、イシグロは実家住まいだった。三人が訪問すると家には77歳の母親だけで、イシグロは不在だった。いや、2020年4月からイシグロは行方不明になっていた。

 特定班によるイシグロの母親への取材により、イシグロの情報が明らかになった。子どもの頃からカメラが好きだったイシグロは大阪芸術大学へ進学、その後神戸市内の小さな撮影スタジオで働きながら、趣味で風景写真を撮影していた。イシグロが子どもの頃に病気で亡くなったイシグロの父親もカメラマンだったので、母親はカメラを持つ息子の姿を見て父親の血を感じたという。

 人見知りで内気なイシグロは交友関係が狭く、イシグロがプライベートで関係があったのはサカタぐらいしかいなかったらしい。

 仕事は順調だったが、イシグロにはいつか独立するという夢があり、母親にはイシグロが二十代後半になった頃から今後どうしていくか少し思い悩んでいるように見えたそうだ。それでも、写真を撮ることが好きなイシグロは、神戸の風景を撮影しにいく時はどこか楽しそうに見え、そんな息子を心から応援していたと、母親はどこか遠い目をしながら言った。

 そんなイシグロの様子がおかしくなったのは2020年の年明けぐらいだったとイシグロの母親は語る。何度理由を聞いても言葉を濁すだけで教えてくれなかったが、イシグロは何かに苛立っているように見え、その頻度は日に日に増えていったそうだ。3月になっても状況は好転せず、苛立つ息子を見て心配していると、ある日突然帰ってこなくなったそうだ。

 家出をしたような雰囲気もなく、服どころかスマートフォンや財布、そしてカメラも全て家に置いたままイシグロは姿を消した。警察に届けたものの手がかりは一切なく、心当たりもない。職場にも何の連絡もないまま、イシグロは今も帰ってこないそうだ。

 尚、イシグロのInstagramのアカウントについて母親は何も把握しておらず、写真が投稿され続けていたことも知らなかったようだ。特定班の話を聞いて驚く彼女に嘘をついているような素振りは見られなかったと特定班は口を揃える。


 イシグロの母親への取材後、特定班はイシグロの部屋へ案内してもらった。一軒家の二階にある七畳のイシグロの部屋。部屋の主人が行方不明になってからは、母親によって綺麗にされている部屋には、大きなパソコンが特定班を待ち構えていた。

 母親の許可を得て特定班がパソコンを確認すると、デスクトップには画像フォルダがあり、そこにはInstagramに投稿された写真が格納されていた。そして、その中には2022年以降に投稿された写真もあったそうだ。

 データの詳細情報によると、2022年以降に投稿された画像のほとんどが2020年に撮影されたものばかりだったそうだ。中には2020年以前に撮影されたもので当時投稿されていなかったものも最近の投稿に混ざっていたという。

 特定班曰く、デスクトップのデータを見た限りではまだ投稿されていない画像のストックはもうそれほどない。概算だが今のペースで投稿が続くなら、2023年夏頃にはストックが尽きる可能性があるとのことだった。


 特定班がイシグロの実家に突撃した翌月、突撃した特定班のメンバーにイシグロの母親から連絡が入る。イシグロが発見されたと。

 イシグロは残念ながら遺体で見つかった。見つかったのは大阪のサカタが亡くなった電信柱のすぐそばで、彼は寝ているかのように横たわっていたらしい。イシグロは服を着ていたが、鞄などの持ち物は特に何もなく、デニムのポケットにあった名刺入れの名刺からイシグロであることが特定された。遺体に損傷は全く見られず、死後それほど時間は経っていない様子だったが、死因は検視でもわからなかったそうだ。

 イシグロは死んだ。しかし、イシグロのInstagramでの投稿は止まらなかった。まるで自分の死などなかったかのように、今も風景写真が投稿されている。現在、イシグロのフォロワーの中では、イシグロでない別の誰かがアカウントを運営しているのではないかと話が上がっているのだが、特定班の努力も虚しく新たな情報は誰もつかめていない。


 今日も、イシグロのアカウントは写真を投稿しておりフォロワーも増えている。しかし、アカウントの運営主の正体は未だ分からないままだ。

 今後イシグロがどんな動きを見せるのか、フォロワーたちは好奇の眼差しで投稿を追いかけ続けている。


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[良い点] ∀・)レビューでも書いたけどSNSって誰が操っているかわからなくなる事があるんですよね。そのへんを衒ったというかね、うまく引用したホラーだったような気がします。 [気になる点] ∀・)モデ…
[一言] 岡山地底湖行方不明事故を思い出した。 行方不明になった男性のmixiアカウントが書き換えられていて、当時は事件事故色々な憶測が飛び交ったね(^-^;
[良い点] 今月の上旬に三宮へ遊びに行ったばかりなので、インスタの投稿という形で元町中華街やポートタワーといった神戸の名所が次々と登場するのにはワクワク致しました。 そして関西圏という身近な地域が舞台…
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