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86_ぎゃーるよー俺のぎゃーるよー

 



 勝負を終えた俺は面接した会社の最寄り駅で放心していた。小さな噴水を囲むように設置された石製のベンチに腰を下ろしている。



 負けた。惨敗だった。スコンクだった。


 折角、大企業の、しかもS〇NYの面接までこぎつけたってのにダメダメだった。日頃、自分の以下のあぶれ者としか触れあっていない弊害がでた。



 面接官による人格破壊攻撃と、ITとは? サービスとは? やりがいとは? 等の「抽象的な内容を具体的に答えろ攻撃」に俺の精神はボロボロにされた。面接官のおっさんは終始楽しそうだった。俺がもし女だったらスリーサイズとか、お風呂で一番最初にどこを洗うかとかも聞かれていたに違いない。


 中でもあの質問が一番メンタルをえぐった。


「空白期間が長いようですが、その間は何をして過ごされていたのですか?」


 何してたって、俺の人生なんだから何したって俺の勝手だろ!! あんたには関係ないだろ!! 

 彩の子守りとかナーロの調査の手伝いだよ。俺がエルフ族の王様を助けたんだよ。アンダードッグを救ったんだよ。そして角山ビルを爆破した実績のある革命戦士でもあるんだよ!! 本当だよ信じてくれよ。


 あんたには空白に見えるかもしれないけど、俺にとっては人生で一番カラフルな時間だったんだよ。



 はぁ。



 かなり頑張って面積対策したんだけどな。手伝ってくれたメーテルさん達にも、下手に期待させちゃったナーロにも申し訳ない。


「やっぱりスーツは慣れないな」


 噴水を眺めていると、どこからともなくにぎやかなベルの音が鳴り響き、噴水が空へ向かって勢いよく噴射した。街全体が面接に落ちた俺をあおっていた。

 というのは被害妄想で実際はそんな事はなく、毎日決まった時刻にこの状態になるんだろう。

 放たれた水達はそのまま空の雲へ――届くわけもなく、二秒未満の空中浮遊を楽しんだ後、じょぼじょぼと噴水の元へ還っていく。


 俺も帰りたい。母なる海へ。生命の源祖げんそなるかたまりへ。

 気づけば口ずさんでいた


「うーみよー俺のうーみよー♪」


「おおーきなーそのあーいよー♪」俺の十八番おはこが奪われた。女の声だった。


 俺と噴水の間に一人の女の子が現れた。しかも、俺の後に続く歌詞を上手に歌いながら。

 彼女はミニスカートにクリーム色のブレザーを着ていた。身長が高く、スカートから伸びた脚が眩しい。銀色の長髪が褐色の肌によく似合っていた。


「隣、いい?」


 彼女はそう言うと、俺の返事を待たずして隣に腰掛けた。

 この物怖ものおじのなさ、まつ毛の長さ、アイラインの濃さ。


 間違いない。

 ギャルだ。

 しかも黒ギャルだ。煮卵だ。



 今世紀最大のやれそう感を受信し、俺の中のチャンス玉が『チャ~~~~ンス!!』と、しこたま赤く光った。



加山雄三かやまゆうぞういいよねー。あーしもよく聴くんだー」

 黒ギャルはまるで同級生に話しかけるかの様に、親しげに会話を始めた。

 一瞬で駅前広場が放課後の教室に姿を変えた。


 最近のギャルって、加山雄三とか聞くんだ。あれか、ちょっと前にラッツ&スターが動画投稿サイトで謎に流行ってたから、その流れか。次に来るのは、もんたよしのりあたりか。


「いいよね。何だろう、男が惚れる男って言うのかな。今の俳優とかには無い魅力があるよね」


「わかりみ~!! あれだよね、三船敏郎みふねとしろう的なタイプというか、色気っつーかー」

 そこで三船敏郎の名前が出てくるとは。ギャルのくせに良く分かってるじゃないか。


「そうそう!! あの古き良き日本男児的って言うのかな、たくましく力強く

 おとこらしいって感じがかっこいいんだよね」


「そうなると個人的には勝新太郎と菅原文太も外せないかな~。トラック野郎最高っしょ!!」


 黒ギャルは手を伸ばし想像のハンドルを回しはじめた。


「いやーーー!! いいころ突くね~!! 渋いチョイスするね~!!」


 当時の人たちが聞いても納得の選出。なかなかいい趣味している。菅原文太はもとより勝新太郎の名前を上げるあたり、相当通だ。



 本当にギャルか? 

 ちょっと返答が洗練され過ぎてないか?



「まさかこんな可愛い子が、加山雄三とか三船敏郎とか、昭和の名優を知ってるなんて嬉しいなぁ。好きな映画聞いてもいい?」


「恋空」


「好きな音楽は?」


「西野カナ」


 ギャルだ。しかも、最新型ではなく結構昔のギャルだ。型落ちギャルだ。手ごろだ。



「おにーさんの好きな映画は?」


 おにーさん、って。最高の二人称じゃないか。こいつさてはプロのギャルだな。


 しかし、なんと答えたものか。この手の質問は、実は質問というより相手のセンスを見極めるためのリトマス紙的役割を担っている。馬鹿正直に「レオン」とか答えれば最期、今後映画に誘われることは無くなる。


 どうしよう。俺の本当に好きな映画は「ゴジラ対メカゴジラ」なんだが、正直に答えるわけにはいかない。ギャルに合わせるべきか?『セカチュー』とか『NANA』とか言っとくか?


「俺は、そうだね。『七人の侍』かな。黒澤と三船と志村しむらたかしのチームは最高よ」安パイ。所詮、俺はこんなもんよ。


「なんだかんだ言って『七人の侍』ふつーに面白いよね~。途中で休憩時間あるのウケた。そー言えばおにーさんは今仕事帰り?」


 その言葉は俺を袈裟に切り裂いた。まるで七人の侍の久蔵きゅうぞうのような鋭い太刀筋だった。


「そ、そうね。仕事というか。負け戦というか・・・」


「なんかミスしちゃった感じ? あーしも今日、買ったばっかのでっかいボンボン髪に付けて登校したらさー、校門前で担任に見つかって『お前はオプーナかっ!!』って怒られてぼっしゅーされちゃったんだよねー。ボンボンくらい良くね?」


 大きなボンボンを頭に付けたギャル。想像したらその間抜けさに吹き出してしまった。


「あー、そんなに笑う―?」むすーとギャルがふくれっ面になる。


「ごめんごめん。でも、想像したら面白くって」


 むー、と彼女はひと際大きく膨れた後、尖らせた口をにっ、とほどいて


「いいよ」


 悪戯いたずらっぽく笑った。その破壊力に目を逸らさずを得なかった。

 俺の中のチャンス玉が『チャ~~~~ンス!!』と振動した。


「き、君は学校帰り?」


 精一杯、平静を装って尋ねた。思えばこのギャルの名前もまだ知らない。


「うん。今帰宅チュー」


 黒ギャルは伸ばした足を左右交互に上下させ始めた。本質的には貧乏ゆすりと大差ないはずなのに、ついつい視線が奪われる。


「でも、まだ家に帰るには早いかなーって」


「確かにまだ明るいね」


 左右の足が交互に動く。なんてことない動きだ。でも、なぜか見てしまう。


「けど、ゲーセンとかカラオケは金欠だから行けないんだよねー。せんせー達もうるさいし」


「そうなんだ」


 足は変わらぬテンポで上下運動をしている。彼女の脚を中心に周囲の景色が次第にぼやけていく。


「でさー、相談なんだけど―」


 左、右、左、右、左、右――彼女の脚が大きく上がる。

 俺の眼前に、組まれた小麦色の脚が現れる。


「あーしのウチ、来ない?」心臓が大きく跳ねた。


「で、でも、こんなおじさんがいきなり家にお邪魔したら、子育てに失敗したご両親が驚くんじゃ」


「へーきへーき」


「あーし1人暮らしだし」

 彼女が耳元で囁く。彼女の言葉、吐息を浴びた耳がじんわりしびれる。


「だから、どーかな。おにーさん」

 彼女が自分の右足に指を這わせる。ふくらはぎ、すね、ひざ、太腿ふとももとなぞり上げる。あまりのなまめかしさに、生唾を飲む。


「でも、君は未成年だし、そーゆーのはまだ早いっていうか。もっと大切な人と」


「おにーさん、そーゆー事ってなーにー? あーしは『家に来て』ってしか言ってないよー」きゃははっ、と彼女が明るく笑う。


「おにーさん、そーゆーこと考えてたんだ」


「そ、それは、その・・・」


 逃げた先は袋小路だった。口ごもるしかない俺を見て、彼女は、にやり、とあやしく笑う。そして、蛇の様にじりじりと顔を近づけて来て


「実はあーしも」

「同じこと考えてた」

 ささやき。

 思考が溶けてしまった。さっきの言葉には媚薬か何かが仕込であったのかも知れない。


「いいよね? おにーさんも気持ちよくなりたいもんね? あーしのウチ来たいよね?」


「・・・うん。・・・行きたい」


 口を開いた覚えはないがそれは間違いなく俺の声だった。


「そーこなくっちゃ。一時間20kでいいよね?」


 彼女が左手でピースサイン、右手で輪っかを作る。ぼーっとした頭ではそれが何を意味してるのか分からなかった。


「・・・一時間・・・10k」


「一時間、15k」


 彼女が左手でトゥース、右手でパーを作る。ぼーっとした頭ではそれが何を意味してるのか分からなかった。


「・・・三十分・・・5k」


「50分10k」


「・・・本番・・・あり・・・?」口が勝手に。一体何のことなんだ?


「あり」


「15分7k」


「決まりっ!! じゃあレッツゴー!!」


 彼女が俺の左腕に抱き着きそのまま立ち上がる。引っ張られる様に俺もベンチから離れ、ギャルとくっ付いたまま自動改札機をくぐった。

 夢にまで見た腕組放課後デートの喜びに 俺の中のチャンス玉が『チャ~~~~ンス!!』と振動した。


 すると俺のチャンス玉に反応してか改札機の中央を過ぎたあたりで、ブーとブザー音が鳴り、改札機の残額表示画面が赤く光り、ゲートが締まった。

 何これ。「おめでとうございます。そこの殿方様が記念すべき当駅利用者累計一万人目のお客様です」的な?



「お客様、一人一人別々に改札を通ってください」

 一人の男性駅員が窓口から注意してきた。


「俺達、二人で一つなんで」


「え?」


「俺達、二人で一つなんで」守るようにギャルの肩を抱き寄せる。他人の嫉妬程見苦しいものはない


「いやでも」


「俺達、二人で一つなんで!! なんなら今日の夜次第では三人で一つになるかもしれないんで!! 神様の気まぐれ次第では四人で一つになるかもしれないんで!!」


 集中線を放ちながら一喝。他人の嫉妬程見苦しいものはない。


「わかりました。そこまで言うなら通しましょう」


 男性駅員が手元で何やら操作をする。俺たちの未来を塞いでいたゲートが開く。


「ただ行先は府中か網走になります」


 窓口の周りには、迷惑客の気配を嗅ぎ付けた屈強な鉄道警備隊が集まっていた。

 俺は自分の分の切符を買った。


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