78_大目に見てください
「夢葉のやつ、遅いな」
俺は左腕を傾け腕時計で時間を確認する。時刻は午後一時十五分。約束の時間を十五分も過ぎている。
「全く。困ったお姫様だ」
俺の名前は色無透。ただいまちょっと遅めの青春真っ最中。今日は初めてできた彼女、同級生の夢葉との初デート。財布は持ってきてないぜ!!
自己紹介をしていると突然、視界が闇に包まれた。
「だーれだ?」
その聞き覚えのある声と両目の圧迫感で全てを理解した。
両手で俺に目隠しをしている犯人は、もちろん。
「夢葉、だろ?」
「せいか~~~い!! さすが、私の彼ピ、だね☆」
目から圧迫感が消え、視界に光が戻る。しばらくするとその眩しさにも慣れ、世界にピントが合う。
そこには一人の可愛い女の子が立っていた。
ゆるふわで毛先がウェーブしている金髪。ぱっちりとした猫目に小さな口。ベージュのブレザーの胸元を大胆に開き、ミニスカートは膝上五センチでルーズソックス。
今日も可愛い。俺の彼女だ。
「遅いぞ。何かあったのか?」
「ううん。純粋に寝坊☆」
「ははっ。こいつぅ」こちん、と夢葉の頭を小突く。てへ、ごめんなさーい、と夢葉は悪びれる様子もない。
「じゃ、これからデートだな。どこか行きたいところある?」
「うん。アタシ、まずはプールに行きたい!! 透くんもアタシの水着みたいでしょ?」
「え、でも、俺金ないし、ここからプールまで遊びに行くとなると電車賃と使用料で今月の家賃が」
「大丈夫。費用は私が持つから」
「よし、さっそく行こうか」
こっちこっちー、とはしゃぐ夢葉に先導され辿り着いたのはノブレス・オブ・リージュの共有浴場だった。
「なるほど。そういう趣向ね」
「察しが良くて助かるー!! さすがアタシの彼ピくん♡ で、どうかな? 私の水着姿は?」
「どうって、それさっきと同じ服って・・・あーーーなるほど完全に理解した」
俺は親指を立て、白い歯を光らせながら言った。
「すごく似合ってる。案外着痩せするタイプだったんだね!!」
「ありがとー!! 透くんも案外鍛えてるんだね。で、ここで流れるプールとかウォータースライダーとかで遊びました。はいっ」
ぱんっと夢葉が手を叩く。俺の頭の中に楽しいプールでの記憶が流れ込んでくる。
「透くん、アタシおなかすいちゃったー」
「俺もおなかぺこりんちょ。夢葉は何か食べたいものある?」
「はいはいっ!! アタシ、クレープ食べたい!!」
ぴょんぴょん、と夢葉が手を上げながら飛び跳ねる。
「オッケー。なら、今度は俺についてきて。おいしいクレープ屋さんが近くにあるんだよ」
「本当? 楽しみー!!」
夢葉の手を引きプールから外に出る。そのまま国道目指して歩みを進める。
「ちょっと歩くよ」
国道に出たら右に曲がり道なりに沿って歩く。
「プール気持ちよかったね。今度は海に行こうか」
「行くーー!!」
百メートルほど進んだらUターンし、来た道を戻る。
そんなこんなしているうちにアパートに帰還。二階への階段を上り俺の部屋の隣のドアを開く。
「さぁ、着いた。ここが今、若者の間で大流行のクレープ屋さん『ストロベリー・霧景大』だよ」
「わぁー!! 隠れ家的なお店だね!! お邪魔しまーす」
靴を脱いで入店。づかづかづか、と遠慮なくキッチンまで進行する。
「ちょっと。おじさん、いきなりやってきてどうしたの? なんで冷蔵庫漁ってるの? 親しき中にも礼儀ありだよ?」
ぐいっぐいっと誰かにシャツを引っ張られる。ったく、夢葉ったらそんなにクレープが待ちきれないのか。可愛いやつめ。
「なんとこの店ではクレープ作りを体験することができちゃうんだ!! 今、世界一可愛い夢葉のために、世界一ブリリアントなクレープを作るからちょっと待っててね」
「うれしい~。楽しみ~」
「ねぇ。おじさん、聞いてる? やってること泥棒と同じだよ? おじさん?」
慣れた手つきで冷蔵庫から卵とイチゴジャムを取り出し、戸棚の一番下から砂糖とフライパンを用意すれば、
ちょちょいのやって、ぱっぱのぱっ。
「はいっ、愛情たっぷりクレープの完成~!! イチゴジャムを塗って食べてね」
大皿に出来立てのクレープを乗せ、夢葉の待つテーブルへ運ぶ。お待ちかねのクレープの登場に彼女は目を輝かせる。
「うわぁ!! おいしそう~!! じゃあいただきまーす」
「夢葉、ちょっと待って。食べる前に写真。写真を撮ってネットに上げないと。今の若い子はみんな一口目はカメラで食べるから」
「あっそっか。いっけなーい。忘れてた。じゃあ、透くん特製のクレープをスマホで撮って・・・」
「ねぇ、おじさん。彩のは? 彩の家の材料を使って作ったのに、彩の分のクレープはないの? いよいよ何なの? 何しに来たの?」
夢葉が両手でカメラを作り、クレープにかざして
「ぱしゃり」
「どう? いい写真とれた?」
ずぃっ、と夢葉のカメラをのぞき込む。そこには四角く区切られた空間があるばかりだった。
「うん!! ちょーおいしそうに撮れた!! じゃあいただきまーす!! っと、おいしく食べまして、後々のために彩ちゃんにあげるとして」
「そうしてもらえると助かる」俺は夢葉の右肩に手を置く。
「夢葉ちゃんありがとう!!」
「あーーおいしかったーー!!」ポンポンっ、と夢葉が満足そうにおなかを叩く。
「透くん、料理も上手だなんて本当に完璧だね!! あ、あんなところにプリクラがある!! 折角だから一枚とって行こうよ」
「いいね。でも、プリクラなんてどこにあるんだ?」
「ちょっと待ってて」
「あ、彩のスマホ。夢葉ちゃん何してるの? なんで指紋認証突破できるの?」
夢葉はテーブルに置いてあった彩のスマホを拾い、何やら画面を操作してから彩に手渡す。
「こっちこっち」
夢葉に押され、スマホを持った彩の前まで移動する。彩は旦那の不倫現場を目撃した妻の如き、冷たい視線を向けてくる。そんな視線に負けじと夢葉は俺の左腕に抱き着くと、裏声で
「シャッターチャンスデス!! サン、ニー、イチ!!」
ぱしゃり、とスマホからシャッター音がした。彩が微動だにしなかったのに写真が撮影されたということは、セルフタイマーを設定してから彩にスマホを渡していたのか。
存在を無視されるのと三脚扱いされるの、どちらが幸せなんだろうか。
「みてみてー透くん!! これマジ盛れてないー?」
夢葉が幼女型三脚からスマホを外し、さっき撮影した一枚を見せてくる。そこにはひきつった笑顔のおっさんと、無理してる感満載でおっさんに引っ付くバンギャと、犬の幽霊みたいな大きな顔が映っていた。写真の左半分を占めていた。写真は真実のみを映す。
「本当によく撮れてるね。俺、一生の宝物にするよ!! 遺影もこれにしてもらう」
「素敵!! アタシ、どうせするなら家族葬がいいな。将来は一緒のお墓に入ろうね♡」ぴとっと夢葉が寄りかかってくる。俺は彼女の頭を優しくなでる。
穏やかで甘い時間
を、過ごす俺たちを見つめ続ける彩。寒波のような視線。
長居は無用。飲食店は回転率が命。あと、店員の可愛さ。
「おっと、そろそろ閉店の時間みたいだから、一旦外に出ようか」
「そうだね。また来ようね。彩ちゃん、ごめんね許してね大家さんには言わないでね」夢葉は手早く写真を削除し、証拠隠滅を済ませてから彩にスマホを返す。
「あと明日夏さんにも内緒な!! あと、クレープでろでろだから焼きなおした方がいいかも!! あと、この部屋お祓いした方がいいかも!! では、アデュー!!」
俺は夢葉の肩を抱き足早にストロベリー・霧景大から退店する。
靴を履き、ドアを開く。
その先には今、一番会いたくない人物が立っていた。