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76_お熱いふたり


 ノブレス・オブ・リージュに帰って来た。俺はナーロの部屋に直行した。

 そして囲炉裏で鮎を焼いていたナーロの隣に座り、先生の教えにしたがった。



「透さん、どうしたんですかそんな息を切らせて。おじゃる丸の時間にはまだ余裕がありますよ?」


「ナーロ、実はナーロに伝えたいことがあるんだ」


「なんでしょう?」

 前回のエンカウント時は勢いで恥部を晒した。ただ今回は理性を保ったまま恥部を晒さなければならない。とても勇気が必要だった。


 大丈夫。彼女は話を聞いてくれるわ。



 先生の言葉が背中を押してくれた。



「ナーロ、実は俺・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・就職活動全然うまくいってないんだ」


「知ってます」ナーロは火掻き棒で囲炉裏の灰をかき混ぜている。


「大手企業では書類審査で弾かれて、中小企業や反社企業の面接ではもっとダメダメで。東芝なんて夢のまた夢で」


「だと思いました」火搔き棒を動かす手は止まらない。


「だからこの前もあんな、はんかくせい奇行に走ってしまって、ごめん。あの時言った言葉は本心じゃなくて」


「知ってました」


「もしかしてなんでもお見通し?」


 ナーロは火搔き棒を離し、俺の膝に手を置いた。


「もちろん。だって好きな人の事ですから」

 表情を変えず平然とナーロは言ってのけた。それは笑顔でもアヒル口でもなかったが、過去最高にきゅん、でした。


「お見通しだったのか。じゃあ、企業のホームページを覗いただけで就職活動した気になっていることも?」


「しってます」


「実はたまにジュウをオカズに抜いてることも?」


「当然です」


「舌ピアスして欲しいと思っていることも?」


「はい。というか実はすでに」

 あー、とナーロが口を開く。その口万個を覗くと、なまめかしく湿った肉穴の真ん中に、一つの銀色が付いていた。口を使った四十八手はこれまでしてきたが、その時はピアスなんて付いていなかった。つまり、この舌ピアスは俺とのすれ違い期、冷戦下で開けられたものということになる。

 あんな不甲斐なく、薄情な俺を見てもなお、俺を好いて、俺を信じて。


 俺はナーロの右手を両手で強く握る

「ナーロ、ありがとう。俺、頑張るから。絶対、ナーロとハッピーエンド迎えるから」

 突然の俺らしからぬ行動に、ナーロは目を丸くした。だがその目はすぐに緩められ


「それも知ってました。でも、知ってましたけど、とても不安で。私はそうでも、透さんはもう、そうじゃないのかも、と。いつか消えてしまうかもと」

 彼女の瞳はみるみる潤んでいった。俺は握る手に力を込める。


「透さん、もう一度言っていただけますか?」彼女の瞳に俺は誓った。


「必ず、大企業の社員に、国家公務員になる。そして君と結婚する。幸せにする」


「はいっ」

 ナーロと体を合わせる。鼻孔を通る香りが、鮎の焼ける美味しそうな匂いからフローラルな香りに変わる。


 ナーロは確かにお姫様で特権階級で温室育ちで税金を私欲に消費することに抵抗が無くて、育った環境や背負ってるものが俺とは全然違う。とても大きな力を、国を責任を背負っている。


 でも、こんなに体はか細くて、胸は気の毒になるほど極貧。

 こんな小さな体に、一国の未来と責任を抱えている。今も、そしてこれからも、それを抱え続けなければならない。

 彼女は国を支える。なら俺はそんな彼女を支えたい。国ごと丸めてお姫様抱っこしてやる。


 先生、あなたの言った通りでした。

 大切な人は俺のことを分かってくれていました。

 俺をそして彼女を苦しめていたのは、俺のちっぽけな見栄でした。



「・・・におう」ナーロはすんすんと俺の服の匂いを嗅ぐ。


「ごめん。匂った? 一応二日前にはお風呂に入ったんだけどな」

 左腕を上げにおいを嗅ぐ。臭いもの身知らず。自分では特段なにも感じない。


「透さん。私からも一つよろしいでしょうか」


「なんだい? 俺の出身地なら択捉えとろふ島だけど」


「ここ一週間、面接で失敗した次の日、必ずどこかに出かけてましたよね」

「一体どこに行ってたんですか?」


 ナーロの声はとても冷たかった。そして明らかに何か掴んでいた。「返答次第では殺すぞ」と言っていた。愛とはそういうものだ。


「ナーロ、正直に言う。実は就活で抑うつ傾向になってしまったから、精神科の先生に診察してもらってたんだ。カウンセリングってやつだね。眼鏡でクールでデカパイで俺の好みとは対岸の乳の女医さんだけど腕はいいから、お世話になってたんだ」

 何かを隠すとき、人は饒舌じょうぜつになる。


「そうだったんですか。カウンセリングですか。じゃあ、これは一体何なんですか?」

 ナーロは一枚の写真を俺に提示した。そこには馬乗りされている俺と、俺に馬乗りになっている先生がすっぱ抜かれていた。どんなに被告寄りの陪審員が見ても男女の情交のワンシーンと判断するであろうベストショットだった。実際は激情した先生に押し倒されただけなのだが、先生の白衣によって結合部が隠されており、その弁明は通らなそうだった。これだから理系は。


「たしか、カウンセリングというのは、お医者さんが患者さんのお話を聞いて、治療する行為だったと思うんですが」


「そうです。その通り。カウンセリングは本来そうあるものです」


「じゃあ、この写真の行為は一体なんですか?」


ナーロが誤解の元凶をぺらぺらと揺らす。一発の鉛玉が、一枚の写真が、いつの世も誰かの平穏を破壊するのだ。


「それは、そのですね」

 切羽詰まった頭をフル回転させた。びついた我が脳みそは最善を尽くしたが、キャパオーバーにより致命的なエラーを吐いた。


「これは触診です」


「どこが触診なんですか!! 誰がどう見ても情事でしょうが!! 騎乗位でしょうが!!」ナーロはめんこの様に床に写真を叩きつけ激昂した。


「誤解なんだよナーロ!! これは先生が怒って俺を押し倒しただけで決して騎乗位じゃなくて。いわば騎乗位というより騎乗医で」


「何わけわからないこと言ってるんですか!! 私というものがありながら、そんなに巨乳が良かったんですか!! 年上キャラが良かったんですか!! 眼鏡が良かったんですか!! 年齢なら私の方が何万歳も年上なのに!! 地球より長生きしてるのに!!」怒りの矛先がもはや迷子になっていたが、ナーロの怒りは威力を増していた。


「透さん。アンダードッグでは浮気は重罪です。四肢を切断された後、L.C.L.とレッドブルを混合ブレンドした栄養液バイオジュースを注入された円柱のカプセルに格納され光の一切届かない地下施設に半永久的に隔離されます。西暦2159年現在で三千五百人の不埒者ふらちものが収容され、国家予算の三分の一がこの施設の運用に充てられています」

 ナーロの話を聞くと、死刑ってもしかしたら優しい制度なのかも、と思わずにいられなかった。


「じゃあ国家予算残りの三分の二は?」


「残りの三分の一が軍事費、残りの三分の一が諸経費です。国是は『王権は神授された』です」


「ナーロ、今のうちに日本に亡命しない? きっとその国家、長続きしないよ。てか、浮気とか不倫がダメなら、ナーロの親父さんだって浮気してめかけにテーンセを」


「今は私と透さんの話をしてるんです!! 話を逸らさないでください!!」

 ナーロは火搔き棒を掴むと俺の眼前に突き付けた。俺は思わずのけぞる。


「でも、ここはアンダードッグではありません。それに日本とアンダードッグとでは日アン修好通商条約が結ばれているので残虐な行為、および拷問は禁止されています。なので、透さんの四肢は切断しません」

 その言葉に俺は安堵した。外務省の所関係者各位の皆様、本当にありがとうございました。あなた方の外交努力のおかげで一人の、死んだ方がマシな人間が生き残れました。


「その代わり、ひとつお願い聞いてくれますか?」


「お願い?」


「透さんが舌ピアス好きなように、私にもひとつ好きな趣味がありまして」


「な、なんだろう。け、蹴鞠けまりとか? ひっ」

 ナーロが真っ赤になった火搔き棒を俺の手前の床に押し付ける。細い煙が床から古びた天井へ昇る。


「肉をじゅっとするのが好きなんです。好きな人に自分の『焼印しるし』、つけたいんです。」

 そういう異常性癖者ナーロの目は新月の様に妖しく光っていた。


「私も透さんのために舌ピアスしたんだからいいですよね? 好きな人のお願いならちょっとくらい我慢してくれますよね?」ナーロは火鉢にヒカキボルグを差し込み俺を懲らしめる準備をしている。


「な、ナーロさん。ちょっとそれは月とすっぽんというか、フェアじゃないというか。消しゴム借してもらったお礼にポルシェを要求されるというか」


 俺は後ずさりし、少しでもアブノーマル野郎から遠ざかろうとする。しかし、狭いのと安いのが取り柄のボロアパート。三メートルの間隔も開けられなかった。


 てか、好きな人の体に熱鉄を押し付けたいって、肉をじゅっとするのが好きって、どういう趣味だよ!! こじらせすぎだろ!! お前は焼肉するたびに、ししゃも焼くたびに発情するんか変態焼肉奉行が!! 助けて遠山の金さん!! 大岡裁き!!


「大丈夫です。一番誰にも見られない場所にしますから。玉裏にジュっとするだけですから。すぐに気持ちよくなりますから」

 ナーロがヒカキボルグを囲炉裏から抜く。その先端は、太陽から採取したのでは、と思えるほど赤く燃え上がっていた。


「ナーロ、ちょっと落ち着いて。そうだ。一回それ置いて俺と親父の思い出話聞いてくれない? 二人で打った最初で最後のパチンコの話」


「まぁ、お父様との思いで話ですか。是非聞かせてください」


「焼き終わったあとで」

 ナーロは影のように迫り、脱がし、焼印しるしを刻んだ。


 火搔きはしっかり熱かった。6000°よりは低いだろうがしっかり熱かった。

 先生、やっぱり俺は太陽じゃありませんでした。


 本日をもって俺の玉袋はナーロの所有物となった。

 ナーロはいい顔をしていた。


「肉の焼ける良いにほい!! 焼肉するなら誘ってくださいよー!!」

 と部屋の扉を勢いよく開け、よだれを垂らした蒼が入って来た。どうやら俺のホーデンはA5ランクの様だった。



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