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60_ノー・コメンツ




 無職の利点の一つは、朝にせわしなく活動しなくていいところにある。

 俺と蒼と師匠はすっかり恒例となった朝のワイドショー鑑賞に精を出している。やはり、やることが無いと行きつく先はテレビらしい。


「いやー。しかし、帝辺みかどなべさん、驚きましたねー。まさか月の落下が回避できただけでなく、元の位置に戻るなんて」


「ですね。僕もね『あと一か月の命かー』なんて、はかなくなっちゃって。『こうなったら残りの時間で好きなことやりまくってやるぞ!!』って決意して競馬に全財産ぶっこんだ次の日にこのニュースでしょ? ほんとやになっちゃうよね。てか、死ねよ!! 誰だよ月の落下を阻止したヤツ!! 地球は滅ぶ運命だったんだよ!! あと、浦和第八レースのヨイトコノムスコ!! 金返せ馬鹿野郎!! 馬鹿ばか馬野郎うまやろう!!」


 コメンテーターである帝辺が司会者にコップを投げつけた直後、画面が綺麗な花畑の映像に差し変わった。そこには「しばらくお待ちください」の文字が躍っている。


「なんだか悪い事しちゃいましたね」


「しかたない。これも人類全体の、そして彩のためだ」


「しかし、予言にあった『汚れなき憐れな平たい顔』が童貞と処女の日本人を指してるなんてよく気づいたね」


「テーンセの祈りの言葉のおかげです」



 □



 ヴぉ教爆破作戦失敗後、予言の謎を解いた俺はすぐさまノブレス・オブ・リージュに帰還し、ナーロにその旨を伝えた。そして、眠りに就こうとしていた蒼達を叩き起こし、ボロアパートの前に集め、ナーロとジュウを中心にした円を作った。互いの手をつないで一つの輪となり、月に向かって一心に祈った。


「どうか元の位置に戻ってください」


 すると俺たちの祈りが通じたらしく、月は一度青く発光すると徐々にその大きさを変え、久しぶりにいつもの大きさへと戻った。



 今回の騒動で分かったことが三つある。

 一つ目は、月はいつものサイズがベストだということ。

 二つ目は、今回祈りに参加したメンバーが全員、童貞か処女だということ。


 まぁ、考えてみれば、突然SAOが生えた女性がこの数か月間で童貞を捨てられるわけないし、男は童貞を捨てても処女まで捨てる人は滅多にいない。つまり、今回のメンバーは全員、予言にあった「汚れなきもの」の条件に合致していた。


 ただ、月が落下し始めた時期と女にちんこが生え始めた時期がほとんど合致していることに、俺は作為的なものを感じている。その旨をナーロにぽろっとこぼしたところ「べ、別にただのぐーぜんじゃないでしゅかあはは」と笑われてしまった。

 やっぱり考えすぎなのだろうか。


 忘れてた、三つ目はアンダードッグのヤツラは少なくとも現世の神を自負していること。その傲慢さはいつか国を滅ぼすど。



 □




「しかし、世界を救ったのにGAFAの株どころか金一封も無いんすね。なんだかに落ちないっす」


「だね。祝勝会でナーロ君に料理をたくさんおごって貰ったとはいえちょっとわりに合わない気がするのう」


「でも、正義の味方って大体無給無賞じゃないですか。それに何も得てないってわけじゃないですし」


 俺はちゃぶ台で受験勉強に取り組む彩を見つめる。一つの輝かしくて大切な未来を守れた。俺はそれだけで十分だ。


「さて、世界も救ったし当面やることはないし。たまにはみんなでマリオカートでもやらない? 150cc縛りで」

 俺はゲームの準備をする。確か、コントローラーはここら辺に。


「あー。私はパスで。これからバイトの面接があるんで」


「あ、そうなのか。頑張ってな。ちなみに吉原? 川崎?」


「いやそっち系じゃなくて、データ入力のバイトっす」


「デスクワークか。それはなかなか当たりのバイトだな。それじゃあ、師匠二人でスマブラタイマン百本勝負でも」


「すまん。わしもちょっとやることがあってのう」


「えー。それってゲームやってからじゃダメですか?」


「すまない。今やらないとずっとやらなくなってしまう気がしてな」


「そんなー」

 蒼は論外として、師匠は謎に金は持ってるからダラダラする以外に優先すべきことは無いはずなのに。

 それじゃあ、また。と二人は部屋を出て行ってしまった。なんだよ。つれないな。


「じゃあ、彩。一緒にマーセナリーズでも」


「べんきょーちゅー」


 ですよねー。


 ちぇっ。みんな何だってんだよ。いいもん。俺一人でどうぶつの森やるからいいもん。


 俺はコントローラーを差し、ソフトをセットし、電源ボタンを押しかけて、やめた。


 蒼、師匠、彩。


 みんな前に進んでるんだな。



 ―――――結婚は俺が就職するまで待ってくれ。



 そろそろ、俺も現実と向き合うべきなのか。ハーフタイムはお仕舞か。


 窓から空を見る。

 この時間、まだ空に月は見えない。



 □



「何だと!? エンジンが故障だと!? なぜだ!? 実験は成功したはずだぞ!!」


「それが地球からの謎の清らかつ、じめっとしたオーラのようなものが発せられて。その影響でエンジンがトラブルを起こしたものと思われます」


「くっそ!! 地球人まで我々の邪魔をするのか。よかろう。こうなれば全力で全面的に武力行使だ!! 地球を破壊し、ターゲットも確保する!! みなのもの準備に取り掛かれい!!」


 ゼーガペイン!!



 月は誰のものでもない。






あーーーだりーーーーー。



 九月。残暑が続く中、俺は半裸で一人、自室でだらりんとしていた。

 蒼や師匠や夢葉までもがバイトの面接やらアシスタント面接やら頑張っているが、俺はいまいち頑張れてなかった。なんだか気分が乗らないのだ。



「別にやりたいこともないんだよなぁ」


 ミーンミーンとセミまでが残業している中、俺だけが怠惰たいだだった。


 コンコン。


 玄関からノックの音。こんな昼間から二十八歳、無職、の部屋に来るなんて、新聞の勧誘か宗教の勧誘か家賃の徴収かそれくらいしかない。どれをとってもろくでもない。居留守居留守。


 俺はごろりと寝返りを打つ。熱を持った畳に右腕が密着する。この上ない不快感。



 まて、新聞の勧誘はどうでもいいが、宗教勧誘と家賃徴収はまずい。無視できない。きっと玄関を開けるといつかの宗教勧誘のおねーさんか大家のママぁ・・・がいるはずだ。


 天国か地獄。さて、どっちか。



 俺は急いで半袖Tシャツに着替え玄関のドアノブを握る。

 ドアを開くとその先には


「色無さんこんにちは~。家賃の徴収にきました~」



 地獄



「すみません!! 今月はちょっと色々すっちゃって一万円しか用意できてないんです!! すみません!! 来月まとめて払うんで許してください!!」


 俺はノブレス・オブ・リージュの大家たる牡丹ぼたんさんに頭を下げる。今月はGⅢレースやら新台入荷やらレート十倍やらがあったので有り金は付定さんから徴収した分しかない。かといってナーロから借りるのは死んでも嫌だった。



「あらそうなんですか。確かに今月は色々とイベント目白押しでしたもんねー。ちなみにあれですか。オールスプリント賞ではどの馬を買ったんですか?」


「た、タイニーブルーとオールケンブリッジの馬連に一万・・・」


「こんのタコ助があああっ!!」


「うぐうっ」


 牡丹さんのヤクザキックがやせ細った腹筋にクリティカルヒット。俺はたまらず尻もちをついてしまった。


「十八番人気と十三番人気の穴中の穴馬券じゃねーか!! そんなのに家賃の半額も張ってんじゃねーよ!! レース中糞ほど心臓ドキドキしただろ!!」


「最終コーナー曲がった時点で最後尾にいた時は、生きた心地がしませんでした・・・」


「あのレースは毎年ガチガチなんだから穴党はその後のマジックハット杯を買ってればいいのに・・・。まぁ、とにかく、以前からお伝えしていた通り、今回の家賃滞納は看過できません。ですので、残念ですが色無さんには退去していただきます」


 荷物、明日までにまとめておいてくださいね、と、言い残し立ち去ろうとする牡丹さんの右足にすがりつく。


「待って、待ってください!! 俺、ここを追い出されたら物理的にも精神的にも行く場所がなくなってしまいます!! どうか、どうかもう少し待っていただけませんか!? 泥水をすすってでも稼いできますから!!」


「何か当てはあるんですか?」


「ないですが何とかします!! だから捨てないで!!」


 俺は牡丹さんのふくらはぎに頬を擦り付ける。この締まり具合。さてはジムとかに通って自分磨きしてるな。人生を有効活用しているな。富裕層め。この。この。

 俺は貧困に喘いでいる民草の分まで、頬をふくらはぎに擦りつけた。今後、牡丹さんが老化する時、真っ先にこの右ふくらはぎが音を上げるだろう。


「分かりました。なら、私が働き口を用意しますのでしっかり稼いできてくださいね」


「本当ですか!? ありがとうございます!! 何でもやります!! ありがとうございます!! とりあえず感謝の意を表するために靴舐めてもいいですか?」


「いいえ。結構です。では付いてきてください」


 俺は立ち上がり牡丹さんの後に続く。さっきは便宜上、何でもやると言ったが、野外での仕事は全部断るつもりでいる。お日様の下での作業など、職無し根性無しのもやしっ子には無理だ。




 □



「着きました。ここが色無さんの職場です」


 そういって紹介されたのは、劣悪な部屋しかないこのボロアパートの中でも,

断然トップで最悪な部屋だった。


「あのー。ここって傍若はたわかさんの部屋ですよね。ここで仕事ってどういう・・・まさか、春を売る系ですか? それを撮影してパッケージングですか? それとも生配信ですか?」


「何言ってるんですか。色無さんに売れるほどの春なんてないでしょう」


「さもありなん」


「やって欲しいのはこれですよ」

 そう言うと牡丹さんはノックもせずマスターキーで扉を開けた。部屋の奥からは何やら人の声が聞こえてくる。俺たちは廊下を進んで居間の扉を開ける。するとそこには衝撃的な光景が広がっていた。


「にゃ~ん。ねこにゃんはショートケーキが好きだニャン!! あのふわふわであまあまな感じが最高なんだにゃん!! あー!! カモさんギフトありがとにゃん!! にゃにゃにゃーーん!!」




 元上司が、変な語尾をつけて、パソコンに向かってしゃべっていた。






 元上司が、変な語尾をつけて、パソコンに向かってしゃべっていた。






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