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55_しお吹いて、地固まる。





 ノブレス・オブ・リージュに帰宅した俺たちは、とりあえず俺の部屋に集まって今後について話し合っていた。さっきラブホに居た面子めんつ以外に蒼と夢葉が参加している。普通の人間が三人寄れば文殊の知恵。ならば、普通未満の俺たちはその倍は集まらないと名案が浮かばない、という至極全うな理論のもと、各部屋に呼びかけた結果、こいつらだけがやって来てくれた。


「ナーロさんお久っす。なんか前より凛々《りり》しくなりましたね」


「ありがとうございます。蒼さんもお元気そうで。で、そちらの方は?」


言帝げんてい夢葉ゆめは。どうぞよろしく。てか、エルフって実在したんだ」

 夢葉はまじまじとナーロを観察する。まぁ、無理もないか。


「で、今日はどうしたんすか? なんでジュウさんとエレミさんは四の字固めし合ってるんすか?」


「それは私から説明いたします」

 ナーロは真剣な表情で語りだした。


「我がアンダードッグとリムアは昔から宗教観を巡って対立しているのです。こちらの世界でもある話だとは思いますが、それが原因で国家間の関係が非常に悪く、市民レベルで浸透しています。過去には宗教戦争も起こっていて、戦死した家族を持つものもいます。ジュウもその戦争でおじい様を・・・」


 ジュウ、そうだったのか・・・。


 想像よりもだいぶ重い話に俺たちは口を開けなかった。

 俺は別段信仰している宗教も無いから、ナーロにもエレミにもなんの偏見もなく接することが出来る。しかし、その二人は、アンダードッグとリムアの人々はそうはいかない。

 神を信じる者同士なのに仲良くできないとは。


「ところで、ナーロさんはどうしてまたこんなゴミ溜めへ? 伝承の謎が解けたからこんな奇形しかいない国に用はないはず」蒼が自虐にも似た発言をする。そういえば、ナーロ達が戻って来た理由を聞いていなかった。


「それはですね。その、非常にお伝えしにくいことなんですが」


「なんだ? 父親の分からない子でもはらんへぶしっ」


 ナーロに頬を殴られる。


「違います。その実はまた、出てしまって・・・」

「伝承というか予言というか」



 その後しばらく沈黙が広がった。でも、蒼と俺は同じことを思っていただろう。


 えーーーーまたーーーー?



「伝承って何? てか、またって、その内容は? お宝のありかとか?」

 何も知らない夢葉が能天気な予想を立てる。あわよくば漫画のネタにでもしようと考えてるのかもしれない。でもな、違うんだよ夢葉。

 そんなロマンのある話じゃなくて、もっと本質的にしょうもなくて。


「神官が発見した古文書によるとこういった内容だそうです」

 神官め、いらんもん見つけやがって。そもそもなんだよ神官って。何で神がいる前提で話を進めてんだよ。天じゃなくてもっと民に目を向けろ民に。


 ナーロは咳ばらいを一つすると、伝承とやらを唱え始めた。


 空から太陽の影が落ちんとする時、汚れなき憐れな平たい顔が神を囲み祈らば返り咲くだろう



「神官、いわく、大いなる救いを授けてくれる、とのことです」



「また平たい顔っすか」


「それは今回も俺らのことだろうな」


「そして今回もきっとしょーもないすね」


「きっとな」


「今回もって、前は一体どんな内容だったんだ?」


「あぁ夢葉には後で教えてやるよ。それより今はあの二人だ」


 俺はコブラツイストの攻防戦をしているジュウとエレミを指差す。この二人、東京ドームのメインイベントでも狙ってるのか?


「宗教問題は根深いですから、今すぐというのは難しいですね」


「そうっすねー。みんなヴォ教を信じればこんな争いも起こらないのに」


「その考えがあるから、こんな争いが起こるんだよ」


 しかし、どうしたものか。俺の部屋でこれ以上暴れられても嫌だし、このまま、いがみあったまま生活してもらうのも居心地が悪い。



「誰か何か現状を打開する名案ない?」


「すみません。思いつきません」


「私もっす」


「あるぞ」


「マジか夢葉!? 魔法少女マジかる夢葉!?」


 意外な人物の発言にみんな夢葉を見る。これで「にらめっこで勝負してもらおう!」とか抜かしたら承知せんからな。二度と笑えない体質にしてやるからな。


「夢葉さん、どんな名案を思いついたんすか?」

 蒼の言葉に夢葉は勿体もったいぶることなく返答した。


「根本的かつ理性的な解決が無理なら、いっその事、一回全力でぶつかり合うんだよ。 拳と拳で!! 漫画だと犬猿の仲が仲良くなるためには、それが鉄板なんだよ。王道なんだよ!!」


 握りこぶしを作りながら夢葉が力説する。


 仲の悪い二人が河川敷で殴り合って、死闘の末、土手に並んで寝転んで「やるじゃねえか」と拳を合わせる。そんなシーンを何度も見てきた。この流れをあの二人に当てはめようと言うんだな。その場しのぎに違いないが他に手はなさそうだ。


 なら、善は急げだな。


「ジュウ、エレミ。お前ら今から河川敷に行って、ちょっと喧嘩してきてくれないか」


「河川敷って。何で私達がこんな時間にそんなところへ」


「これもお前達と俺達のためなんだ。頼む。河川敷へはここから徒歩二十分くらいだから」


「ちょっと待ってください。宗教戦争なら私も参戦しますよ。ヴォ教最強!! 師匠も呼んできます!!」


「蒼はちょっと静かにしててくれ」


「なんだそりゃ。透、もっと納得できる理由を」


「なんです? ワタシと闘うのがそんなに怖いんですか?」


 ナイス煽りだ。エレミ。これで単細胞でやおい脳なジュウは確実に釣れる。


「んだとぉ!? 誰がビビるかよ!! やったろーじゃねーか!! まずは河川敷まで競争だ!!」


「ノゾムところですよ!!」


 二人は窓をぶち破り夜の闇へ消えていった。窓を閉めていた俺のミスだ。



「じゃあ俺達はトランプでもして待つか。再会記念にナーロがルール決めていいぞ」


「そうですね、なら今日は『ぶたのしっぽ』というものをやってみたいです」


「あの絶妙に盛り上がらんやつか。オッケー」


 俺は押し入れからトランプを取り出し、シャッフルして円状に広げる。


 ぶたのしっぽとは、七並べより盛り上がらず、神経衰弱よりもだるいトランプゲームである。プレイヤーは山札からトランプを一枚引き、山札の隣のプレイエリアに置く。その際既に置いてあったトランプとマークが異なればセーフ。一致してればアウト。プレイエリアに重ねられたトランプを全部回収し、それを手札とする。そして、次からは手札からトランプを出していく。それを繰り返して山札が0になった時、手札の枚数が一番少なかった人がウィナー、多かった奴がピッグ、というゲームである。俺は大富豪がやりたかった。


「今回の予言にあった『太陽の影』ってあれですかね、日食のことっすかね?」


「そのまま受け取れば日食だと思うが、予言って大抵トンチが効いてるからなぁ。おそらく違うだろうっ!! しゃセーフ!!」


「『汚れなき憐れな平たい顔』ってのも意味わからなくね? 汚れなきは正直者とか優しいとかまだ分かるが、憐れってなんだよ憐れって」


「夢葉、予言に含まれる侮辱的な言葉はだいたい、『平たい顔』の枕詞まくらことばみたいなもんだから気にするな」


「そうなのか。で、平たい顔ってのは」


「俺たちだ。日本人だ。みなまで言わすな」


「アタシ、次回作は日本人がエルフを凌辱する漫画を、って、それは既にあるか。というかエルフが出てくる漫画はそんなんばっかりか。そりゃ嫌われるわ」


「ただ、神を囲むって、いったい何を」


「姫様、今戻りました」


 そんなことを話しているとジュウとエレミが帰ってきた。


 小指を絡ませながら。


「お、お帰りなさい。ジュウ、どうでしたか? モヤモヤは少し晴れました?」


「はい。お陰様で。やっぱり真正面からぶつかり合うのが一番ですね。あと、女同士も悪くないですね」


「トオルさんもありがとうございます。あのアドバイスのおかげで極上の時間を過ごせました」 


「ソウデスカソレハヨカッタデス」自分でも初めて出す声色だった。


 エレミがジュウの肩に頭を寄せる。この数十分間の出来事を思うと俺は鼻血を垂らさずにいられなかった。


「それで姫様、相談なのですが」


「なんですか?」


「これからは私達の部屋でエレミも一緒に生活したいと思うのですがどうで」


「嫌です。誰がそんな異教徒と」


「そうですか・・・。でしたら、私とエレミは透の部屋に住んで、透を姫様の部屋に追い出す形ではどうでしょうか?」


「仕方ないですね。今晩だけですよ」即答だった。


「ナーロさん!?」


「なんですか透さん。何か問題でも?」ナーロの語気には有無を言わさぬ迫力があった。


「いえ、ではヨロシクオネガイシマス」本日二度目の初めて出す声。

 既に自分のモノにしている自分が怖い。



「姫様ありがとうございます!! 透もありがとう!!」


 ジュウが初めて俺に頭頂部を見せた。

 果たしてジュウのこの提案は俺に微笑むのか否か。結末はすぐそこ、のはず。



 □



「では、どうぞ。知的生命体が住むには不適切極まりない狭い部屋ですが、どうぞお入りください」


「失礼しまーす」


 久しぶりに入るナーロの部屋は以前と同じ内装をしていた。言うなれば江戸時代。

 タンスや棚はニス加工されていない木製だし、窓にはカーテンじゃなく障子が取り付けられているし、部屋の真ん中には囲炉裏がある。しかし、部屋の隅には霧峰エアコンがあるから、ここは間違いなく現代。


 俺はちゃぶ台を挟んでナーロと向かい合って座る。改めて見るとやっぱり美人だった。俺、よくこの人に好きになってもらえたよなぁ。


 互いに見つめ合うこと体感20分。先に根を上げたのは俺だった。


「こ、この度はご結婚おめでとうございます」


「ありがとうございます。政略結婚ですけどね。というか、よりにもよって第一声だそれですか。そちらはどうですか? 就職は決まりそうですか?」


「いえ、それがまだで」


「そうでしたか。まぁ、そうですよね」

 ナーロは俺の言葉にうつむいてしまった。



 夏祭りの夜、しっかり就職してナーロを迎えに行く、と俺は誓った。ただ、今思えばその誓いはあまりにもぼんやりしていて、俺、絶対将来金持ちになる!! と同じくらい具体性のない言葉だった。


 何もかも遅すぎたのかな。


 またしても沈黙。出口は見えず。




「・・・透さん。最後に一つお願いしてもいいでしょうか」


「な、なんでしょうか?」

 ナーロは一度目をつむり、ゆっくり開いて俺を見つめる。その瞳はとても美しかった。


「夏祭りの夜の事、覚えていますよね」


「・・・はい」

 花火、神社、夜、浴衣0人、予想外の告白、忘れられるわけがない。


「その時の返事、今ここでやり直してください。優しい嘘じゃなくて、ちゃんと『やっぱりお前のことはそう言った目で見れねーわw 異種族姦なんてマニアックな性癖ねーんだわw 耳長は耳長同士で盛ってろw』とおっしゃって下さい。そうしてくれないと、私、前に進めません・・・」


 ナーロの瞳がみるみる潤んでいく。俺は少し考えた後こう言った。


「ナーロ、それは出来ないよ」


「どうしてですか?」


「だって、俺、ナーロの事好きだもん。告白された瞬間に恋に落ちたもん。勿論その前からいいと思ってたけども!! てか、当日もそう伝えたし結婚の約束もしたよね?」


「確かに透さんは『就職するまで待ってて』とおっしゃいましたが、透さんが就職するなんて世界から争いごとが消えるくらいあり得ないことなので、私、てっきり遠回しに断れたのだと」


「え、俺ってそこまで見限られてたの・・・?」



 二人とも目を丸くして間抜け面。そしてどちらからともなくクスクスと笑いだした。


「ということは私の告白は成功していたんですね」


「そうだよ。あの場所には幸福しかなかったんだよ」


「やっぱり、物事はうやむやにしないで真正面からぶつからないとだめですね」


「ジュウの言ったとおりだな」


「ですね」ナーロの瞳から一筋の涙がこぼれる。俺は彼女に手を伸ばしその涙を拭う。


「お姫様、俺からも一つよろしいでしょうか?」


「はい。なんでしょう?」


「政略結婚はまだキャンセル可能でしょうか?」

 ナーロの顔がほころんだ。


「申請から七日以内なのでキャンセル可能です」


「よかった」

 二人で見つめ合い、微笑みあう。


「透さん。今日は一緒の布団で寝ませんか?」


「そうしよっか。でも、婚前交渉はダメだよ」


「相変わらず変なところでお堅いですね」


 電光石火で二つほど下ネタをひらめいたが、生まれなかった事にした。思いついたからといって、何でも口にしていい訳ではない。


 布団を敷き、クーラーをつけ、二人並んで床に就いた。目の前には美女、空からは冷気。最高だ。


「透さん。おやすみなさい」


「おやすみ。ナーロ」


 一瞬だけ、頬に柔らかいものが当たった。

 俺はナーロが寝息を立てたらトイレに行こうと決めた。




 そして、こうも思った















 人生、勝った。












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