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46_ぶ、部長おおおおおおおお!!

 俺の耳が正常ならば、今、俺は告白された。

 しかも美人に。しかも王位継承候補に。

 夏祭りから抜け出して二人きりという最高の状況で。



 エロ漫画なら濡れ場が始まるノリだぞおい。

 いけんのか? いけんのか俺!?



「と、透さん!!」


「は、はいっ!!」


 俺の名を呼ぶナーロの声には並々ならぬ決意が込められていた。俺は一度ズボンで手のひらを拭う。


「私は透さんが好きです。透さんは私のことどう思ってますか?」


「ど、どう思うってそりゃ」


 あれ、俺今困ってる? 


 困ってるね!



 ナーロのことは嫌いではないが恋愛対象として見たことはなかった。

 だって住む世界が違いすぎてそんな関係になるなんて思いつきもしなかったんだもん。


 そもそも、生まれてこの方一目惚れなんてしたことはない。恋愛戦争の勝者になれる気がしなかったので一目惚れスイッチは常時オフだ。


 俺はナーロのことを好きなのか? というか、好きってどんな気持ちだっけ?



「ナーロはさ」


「ナーロは俺をどうして好きになったの?」


 ナーロの目を見て問う。別に時間稼ぎじゃなく、本当に聞きたかったのだ。



「それはですね」


「それは・・・?」


「それはですね」


「それは・・・?」


 ナーロは数秒固まった後、静かに語りだした。


「第一印象は、カメムシみたいな人だな。臭いなって、不快でしかありませんでした。でも、伝承の謎を一緒に追うにつれて、毎日毎日真剣に伝承の解決に取り組む姿を見て『他人の為にこんなに一生懸命になってくれるとは何て素敵な人なんだろう』って、心 かれて行く自分がいて、気づけば好きになっていました!! 態度でバレバレだったと思いますが・・・」


 最後にはうつむいてしまった。好意的な態度があった記憶は無いが、今、こんなに可愛い態度を見せてくれてるんだからチャラだチャラ。


 ナーロとはみんなと出かけた以外に、二人きりで登山に行ったり、ナーロのおごりで遊園地に行ったり等特別な時間を沢山過ごした。その間で種族の壁を越えて好きになっていったということか。



 つまり、恋は理不尽かつ理屈ではないということか。

 つまり、恋に落ちるのに時間は関係ないということか。

 つまり、誰がいつどこで誰を好きになってもおかしくないということだな。


 こんな可愛い子に告白されるなんて男 冥利みょうりに尽きる。最高のイベントだ。



 そういえば、俺もナーロのこと、好きだったよな。

 そうだよ。確か出会って一ヶ月位で好いてたな。

 そもそも相手が好いてるんだから、俺に選択肢はないよな。



「ナーロ」


「は、はいっ!!」


 ナーロが背筋をビクッと伸ばす。いつもの堂々とした立ち振舞とは正反対のリアクション。可愛い。



「俺もナーロのことが好きだ」遠くで花火の咲く音がする。


「ホントですか!?なら、今ここで夜空姦を」


「ただ、付き合うのは少し待ってくれないか?」


「どうしてですか?!」


「無職の男に娘をやる親はいない。だから、俺が就職したら、社会復帰したら付き合おう。きっと、人並みになるから。それはそれとして夜空姦はこのあとすぐやろう」


 将来のことを考えるとこの選択肢がベストだと思う。今ここで彼女の誘いに飛びついても破局は目に見えてる。



「そう・・・ですか・・・分かりました」


 気落ちしたナーロの姿に罪悪感を覚える。俺はいつも人をがっかりさせてばっかりだ。


「早く社会復帰してくださいね」


「あぁ!! 任せとけ!! それはそうと夜空姦はしよう!!」

 ドンッと胸を叩く。ナーロの目元にキラリと光る物が見えた気がする。


「そうですね。ぜひやりましょう。でも、ゴムはつけてくださいね」


「え、ゴム?」


「はい。今日、私、危険日なので」


 頬を染めるナーロとは反対に俺の心は冷えていった。


 ゴムなんてないよ。

 ゴムなんて常備するかよ。折りたたみ傘じゃないんだぞ。

 無職がゴム買えるかよ。


「ナーロ。やっぱりそういうのは付き合ってからにしよう」


「ええ!? そんな、さっきまでノリノリだったのに・・・」


「ナーロ。自分を大切に。ところで、個人的には下の口はだめでも上の口はセーフだと思うんだが、どうだ?」


 苦し紛れの一発にナーロはキョトンとした表情。

 しかし、次の瞬間には見せつけるように口を開いて。



 夏の闇の中、花火に照らされた時だけわずかに浮かぶ潮吹ひょっとこ顔を、俺は忘れない。




 □



「皆さん、本当にお世話になりました。ノブレス・オブ・リージュで過ごした日々は私の宝物です」これまでの恩を込め頭を深く下げる。


「それは彩達も同じ気持ちだよ。向こうでも元気でね」


「また会えるっすよね? ね?」


「はい。きっと、必ず」


「その、元気でな」


「はい」


 晴れた空の下、ノブレス・オブ・リージュ前で住人の皆さんと最後のお別れ。蒼さん、瞳さん、彩さん、大家さん、そして透さんに見送られながら私は車に乗り込んだ。


「では、姫様出発します」


「えぇ」


 ジュウがエンジンをかけ、アクセルを踏む。エンジンがうなり、バリバリのアメリカンオープンカーが発進する。私は、座席に膝立ちをして皆に大きく手を振った。みんなも振り返してくれた。見えなくなるまで手を振り続けた。



「やはりちょっと寂しいですね。姫様」


「そうですね・・・。ねぇ、ジュウ」


「何でしょうか?」


 私はシートに座り直し、ドアに肘をつく。



「透さん、いつ社会復帰できると思う?」

「永遠に先ですね」即答だった。


「そうよねぇ」



 あのお祭りの夜に、音も光もない花火が散ったことは、二人しか知らない。








「それでは確かに今月分のお家賃頂戴しました。来月もこの調子でお願いしますね」


「ははぁー。仰せのとおりに」


 今日は憂鬱な家賃徴収日。わざわざ俺の部屋まで取り立てに来た牡丹ぼたんさんへ税を収める。

 雀も涙する程の雀の涙の失業保険が牡丹さんの元へ流れる。



 不労所得。現代社会の邪悪である。



「色無さん、最近はどうですか?」


 それを無職に聞くか? 舐めとんのか?


「いやーあんまり良くないですね」


「でしょうね」

 今ここでこの人を殴っても、俺が罪に問われるんですか? 俺が悪いってことになるんでしょうか? どうなんですか裁判長。


「以前からお伝えしていた様に、今日から新しい入居者がいらっしゃいます。くれぐれも問題は起こさないように。それと、色無さん。押し入れにネコとか飼ってませんよね? うちはペットや売女ばいたは入居禁止ですよ?」


 牡丹さんは笑顔で言った。俺は体が跳ねるのを何とかこらえた。

 この人、どこでその情報を!?


「自分、ネコよりタチ派なんてそんなの飼ったりしませんよやだなー。ところで牡丹さん質問があるのですが!!」


「なんでしょうか?」


「新しい入居人って、女の子ですか? かわいい?」


「しね。それと来月の家賃倍な」


「すみません勘弁してください」


 俺は腰が壊れるほど深く頭を下げる。



 土下座はしない。それが俺のプライドだ。



 新しい入居者か。社会はまたしても人間を一人ノックアウトしたらしい。

 今はしんどい時期だろうから仲良くしてあげよう。引越し祝いはどら焼きがいいな。

 さーて、今日は彩の登校日なので久しぶりに昼寝でもするか。現実もつまらんしな。


 □


 寝て、起きて、寝てから、起きた。


 窓の外を見る。世界は既にオレンジ色だった。

 社会人であればこんな休日の過ごし方をした日には死にたくなるだろう。しかし、俺は無職。強いのだ。


 今日の夕飯ももやしかぁ。


 そんなことを考えていると、ドンドンっと玄関が叩かれた。誰か来たらしい。

 もしかして蒼か誰かが作りすぎた肉じゃがを持ってきてくれたとか!?



「はいはい。今開けますよっと」


 ドアを開くと、そこに立っていたのは彩でも蒼でもない女性だった。金髪のボブカット、白いワイシャツに黒いズボンというスーツパンツスタイルだった。少しぞわっとする。


「このような時間にすみません。私、下の階に引っ越してきました傍若はたわかと申します。これからよろしくお願いします。これつまらないものですが」


 そう言って傍若は引越し祝いを渡してきた。

 白いタオルだった。剥き身だった。


 引越し祝いの最低ランクに位置する品だった。


「お気遣いありがとうございます。私は色無と申します。よろしくお願いします」


 こういう時、嘘でも感謝の意を伝えないといけないのが社会的生物の悲しいところ。俺は引越し祝いに食えないものを寄越す常識知らずの顔を見つめ、目に焼き付ける。




 ん?


 ん?



 この顔、どこかで。



「すみません、ちょっとこれかけてもらってもいいですか?」 


 俺はかけていた黒縁くろぶちメガネを女性に手渡す。嫌な予感が外れるよう、誰かに祈った。


「こう、ですか?」


 女性がなれた手付きでメガネをかける。


 その顔は紛れもなく奴だった。



「もしかして部長、ですか?」


 それでも尚、俺は祈った。







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