43_復活、そしてテーンセの死。
ふぅー
やっぱ。この瞬間、虚しいよなぁ。
気づくと俺は何故か半裸で、抜き抜きおねーさんと壁に寄りかかりながら肩を寄せ合って座っていた。じんわりと頭が痺れており動く気にはなれなかった。
「おねーさん。家に帰んないの? ご両親心配してるよ」
「いいの。私あの家嫌いだから。堅苦しくて嫌になる」女は吐き捨てるように言った。こんなボロアパートの押し入れより嫌な家ってなんだ? 床がナメクジでできてるのか?
「でも、いつかは帰らないといけないんだから」
「でも、それは今じゃない」
女は右腕を前に伸ばし、その先を見つめていた。悲壮感が漂うその仕草が不思議と似合っていた。
「ねぇ。お願いなんだけど」
うわ。嫌な予感。
「この部屋に暫く置いてくれない?」
「え、嫌」早押しクイズの速度だった。
「ちょ、なんで!! おなじみのパターンでしょうが!! 見知らぬ女とよろしくやって情が移って部屋に置くパターンでしょうが!! なんでダメなの!?」
「え、だって、他人が居るとふつーに気ぃ遣うし」
「あんたっ・・・生き難そうね・・・」
「うす」
くつろげない我が家なんて、まっぴらごめんだ。
「わかった。じゃあ部屋じゃなくて押し入れでいいから貸してくれない?」
「えー。押し入れー?」
「そう。どうせ収納する物も無いんだし、これまでだって気づかずに生活できてたでしょう? だったら問題は無いはず」
「えーでも」
「お願い!! 私、ここ追い出されたらホームレスになるしかないの!! 女のホームレスは悲惨よ!! いいの?」
右腕を谷間に挟まれる。一緒に住んでもいい気がしてきた。
「えーでもなぁ。俺、甲斐性ないし無職だし」
「大丈夫。私も無職だから!! なんなら失業保険貰ってるだけおにーさんの方が甲斐性あるから!! 尊敬してるから!!」
「そ、そうかなぁ」
「そうよ凄いわよ!! 自立した男性よ!!」
右腕を谷間に挟まれ上下される。一緒に住んでもいい気がとてもしてきた。
「そうだな。そうだ。ちゃんとしゃぶってもらったんだし、俺も約束は守らないとな」
一度膝を叩き、腹を決める。
「押し入れ、貸すよ」
「本当!? 本当に本当?」
「ただし、一つ条件がある」
「なに? なに? 服を着ろ以外だったらなんでもするわ!!」
「一回は家に帰る事。今すぐじゃなくていいから」家族は一緒にいるべきだ、と思う。そんな俺は幸せ者なんだろうか。
「分かったわ!! ok!! ok!! よゆーよゆー!!」
本当に分かってんのかこいつ。
「じゃあ、今日から押し入れ借りていいのよね!?」
「あぁ。男に二言はない」
俺の武士の如き決断に、女はパンッと手を叩いて
「よっしゃあああおらああああきたああああ!! ちょっっっろ!! 男ちょっっっろ!! ちんこなくてよかったああああ!! ふつーーのお尻のまま生きてけるううううううう!!」
こいつ、普通に嫌な奴だな。
「あ、ちなみに家賃は折半な」
「え」
女は間抜けた声を漏らし、整った顔は遠足に持って行ったお弁当の中身が五百円玉だった時の女生徒の表情をしていた。
「それまじ?」
「まじ」
女はしばらく活動を停止させ、
「体で払」
「キャッシュで。一括キャッシュで」
俺は右手で握手を求める。これが握られなければ、女の新居は豚箱になる。
女は恨めし気に俺の右手を見つめていたが、最後には観念し握手に応じた。
「これからよろしくお願いします。えーと、そういえば名前」
下の口ばっかりでコミュニケーションしてきたので、お互いの基本的な情報が全くなかった。
「私の名前は付定・M・澄香。澄香でいいわ。よろしくね色無透さん」
「あれ、俺自己紹介したっけ? てか、外国の方?」
「ふふーん。それはもっと親しくなってから」
唇に人差し指を当て澄香はウィンクを飛ばした。妙に年季の入ったその動作に俺は思わず尋ねていた。
「澄香、今幾つ? 俺、二十八歳」
「今年で三十二だけど」
「これからよろしくお願いします付定さん」
こうして三十二歳家出三十路との同室生活が始まったのだった!!
□
「姫様、着きました」
「ええ。戻ってきたわね」
透さん達の協力もあって誰よりも早く英知の結晶を入手することが出来た。
私とジュウは透さん達へのお礼もそこそこに電撃帰国し、王宮へ死にかけのお父様の元へと急いだ。
久しぶりに見る王宮は数年ぶりに帰ったかのような懐かしさをもたらした。豪華な内装、高価な骨董品、行きかうメイド。どれもこれもあのボロアパートにはなかったものだ。
ただ、少し静かすぎる気もする。
「姫様、こちらです」
私の身長の三倍はある扉をジュウが片手で開ける。中に入るとそこには金のベッドに横になるお父様の姿があった。
「お父様!!」
私は駆け寄り抱き着いた。その体は細く弱弱しかった。
「おお、テーンセ久しぶりだな」
「お父様、私はナーロです。女です」
お父様は私の顔をまじまじと見て
「おおそうじゃったな。ジュウ、よくぞ戻ってきてくれた」
「王様、ジュウは私です。王様の手を握っておられるのが王位継承候補のナーロ様です」私の横に立っていたジュウがすかさず訂正する。
「おお、そうかそうだったか」
おいたわしやお父様。体だけではなく頭の方もすっかり弱り切ってしまって。
でも、大丈夫。この英知の結晶があればきっと。
「して、テーンセ、何様だ?」このボケ老人が。もう駄目かもしれない。
「はい。お父様、ナーロはやりました。伝承にあった英知の結晶を見つけてまいりました!」
私が言うとジュウが肌色率高めの紙袋から数十冊の薄い本をベッドに置く。日本人には見えない顔つきの日本人男性が見つめっている表紙のものばかりだ。
「よくやった!! これが英知の結晶か!! てっきり妾共が喜びそうな宝石を想像していたんだが、まさか書物だったとは」
そういってお父様が表紙に手をかける。表紙には『美少年ぼろ雑巾』と赤字で記されている。
まずい。あれは美少年が野郎どもに輪姦される難易度高めの珠玉の一冊。死にかけのお父様に見せたら危篤に陥るのは間違いない。ここはもっと難易度の低い、例えばアナル拡張モノを。
「お父様。少しお待ちください。その書物、女性にとっては現実逃避の糧となりましょうが、男性にとっては劇薬になりかねません。なので、男性にもなじみ深いこちらの一冊を」
私は名著「拡張調教記」をお父様に差し出した。男尻からピンクのバイブが生えている表紙を見るだけで私の中のナニかがむくむくしてくる。
「ナーロ、案ずるな。私は読んだものが鼻呼吸をできなくなると言われた禁書『ビエン』を読んでなお鼻呼吸をしている男だぞ。こんな薄い書物、物の数ではない」
「あ、ちょ」
私の制止も虚しくお父様は禁断の一ページを捲ってしまった。
すると地は割れ、海はうねり、風は吹き荒れ、お父様が死んだ。
「・・・ジュウ」
「はい」
「お父様は螺旋階段から足を滑らせて不幸にも死んだ。玉のように転がって死んだ。来世はきっとアルマジロ。そうよね?」
「はい。その通りでございます。ただいま、王宮きっての螺旋階段まで運んで」
「ぐ、ぐわあああああああああ!! なんだこれはあああああああああ!!」
「お父様!!」
突如、お父様が息を吹き返した。身をよじり、ベッド上を転げまわり、苦悶の声を上げる。しかし、その両手は同人誌をがっちりつかみ、両目は一時も同人誌から離れず。
「お、お父様? 大丈夫ですか?」
「なんじゃこりゃああ!! ヤバいヤバいぞおおお!!」
「お父様、何がヤバいのかを具体的に」
「濃密な絡みと重厚な心理描写がやばい!! うおっ男同士でそんなこといいのか!? そんなところに挿れていいのか!? そんな太いのは入るのか!?」
ページが捲られる。
「入ったあああああああああ!! セアルーーナックス―ーーー!!!」
セアルナックスとは、アンダードッグで喜びを表現するときに発せられるポジティブな言葉である。アナルセックスではない。
「キースメえええええええええ!!」
キースメとは日本語で言う「万歳」みたいな感じである。メスイキではない。
そう叫ぶとお父様はベッドに両足で立ち上がり、天に向かって『美少年ぼろ雑巾』を掲げた。すると、お父様の体が眩い白い光に包まれて――――――。
「お、お父様?」
「待たせたな。ナーロ。私は戻って来たぞ」
ベッドの上には弱弱しいくたばり損ないの姿はなく、白目、三白眼、薄い唇、細い眉、ワイルドな髭、スキンヘッド、筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》、半裸、乳首三つの男が立っていた。
私の大好きな、あの頃のお父さんだった。
□
「と、言うことがありましたの。皆さんのおかげで、あと『美少年ぼろ雑巾』を生み出した異常性癖者のおかげで父は、アンダードッグは救われました」
ありがとうございます、と二人は頭を下げた。
「いやいや。助かったんなら何よりだよ。王様が元気になったってことは王位継承の話は」
「先延ばしなりました。でも、今回の功績が認められて私は王位継承第一候補に認定されました」
「それは良かった!! テーンセも元気か?」
父親として我が息子の現在は把握しておかねばならぬ。
「彼は冒険の途中で死にました」
「そっか。残念だな・・・」
「悪い子じゃなかったのにねぇ・・・」
全員で両手を合わせる。
テーンセからもらった「紙おむつと切ない気持ち」は今もたまに使わせてもらっている。
「何はともあれ危機は救われたわけですからよかったっす!! これから祝賀会でもやらないっすか? 透さんのおごりで!」
「それは名案だな!! 食パンの耳と塩持ってくるから待っててくれ!!」
「そんな蟻んこの給食みたいなメニューは要りません。大丈夫です。もっと良いものを食べましょう。経費で落としますから皆さんご遠慮なく」
「そうか」
俺はナーロにバレない様に蒼に向けてサムズアップを飛ばした。蒼はウィンクでそれに応える。たかり、成功。
「よっ!! 太っ腹!! じゃあパーティーの定番、ピザでも頼みますか!!」
流石、蒼。人の金で飯にありつけるとなると行動力に拍車がかかる。
「じゃあ、俺はフライドチキン!!」
「儂はサラダセットで」
日頃採れない野菜を摂取しようとは、師匠、抜け目ないですな
「あのー」 ナーロが控えめに挙手する。
「なんだ?」
「くら寿司も頼んでいいでしょうか?」
「もちろん。特上五人前追加じゃあああ!!」
「いえ、あの安っぽさが好きなので並でお願いします」
「分かりました!!」
お寿司やピザが届いたらお寿司の容器の透明な蓋にピザの耳とアナゴを取り分けて、『紙おむつと切ない気持ち』の前に備えよう。
テーンセ、お前の事、忘れないよ。