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36_この物語はフィクションです。実際のすべての事象に関係ありません。  


 ジュウから出版社爆破計画を持ち掛けられてから二日後、俺は師匠の部屋に居た。

 二人きりになれるチャンスは今しかなかった。


「師匠、相談があるんですが、いいですか?」


「ん、何だい?」

 師匠はパソコンからこちらへ体を向け、エロ画像収集の手を止める。


「えっと、元カノの話なんですけど、元カノがある日突然、クラスメイトから『出版社を爆破しよう』と誘われたらしいんです。この場合参加すべきですか? それとも刺し違えてでも止めるべきですか?」

 もちろん、これは俺の話だ。俺とジュウの話だ。そもそも俺に元カノが存在した時期なんて無い。絶賛今カノ募集中です。


「なかなか哲学的な質問だね。うーん、そうだなぁ」

 師匠はあごに手を当て思案する。個人的には爆破には大反対だ。しかし、相手は王族関係者。従っておく方が得策にも思える。


「夜だね」


「夜?」


「ビルの中に人のいない夜ならいいんじゃない? どうせ大企業の事だから保険にも入ってるだろうし。てか、発案者にずみほ銀行の爆破も頼めない?」


「そうかその手があったか!! さっすが師匠、天才!! 亀の甲より年の劫!! 銀行の件も頼んでみます!!」


「役に立ててよかったよ」


 光明が差した。これで被害は保険会社だけで済む。

 保険会社なんて人の不安に付け込んで銭をため込むぼったくり集団。ビルを爆破して被害を受けるのがそいつらだけとなれば、なんの気兼ねも無く爆破できる。考えようによっては、今回の爆破は、保険会社が不安を煽って強請ゆすった銭を元の持ち主へ返金させるための善行とも言える。大義名分は我にあり。天誅てんちゅうを下すのだ。

 明日さっそく下見に行こう。



 □



 電車を乗り継ぐこと三時間。俺とジュウは今回の計画の目的地に来ていた。

 勿論、電車賃はおごってもらった。

 車内で「ずみほ銀行も爆破できたりする?」と師匠からの依頼を伝えたが、「わざわざ爆破しなくても、勝手に壊れるだろ」と断られてしまった。


「ここが諸悪の根源か」

 ジュウと俺はめちゃくちゃ巨大なビルを眺める。優に百階はあるであろう超高層ビルは、燦々《さんさん》と輝く太陽にすら届きそうだった。ガリバー旅行記の小人になった気分だ。


「あぁ。この出版社こそなろう系小説をぎょーさん出版している日本最大の出版社、『角山』だ。ここを爆破すれば日本の出版業界の八割がその影響を受け、書籍の出版はとどこおり、果てには日本経済、世界経済に大きな打撃を与えるだろう」


「そうか。そうすればアンダードッグに不細工どもが来るきっかけを減らせるな。さっそく今夜決行するぞ」


「本当にやるんですか? 話し合いとかで解決出来るならそっちの方がいい気が・・・」土壇場に来て日和ひよった俺は最後の説得を試みる。


「角山の社長との話し合いならとうにした。しかし、何度話しても結論は同じ『で、いくら欲しんだ?』だ」


「わお。なんて資本主義」


「あいつら我々を金の奴隷だと思っていやがる。札束で頬を叩けば犬の真似でも阿波踊りでも喜んでやると決めつけている。奴らこそ資本主義の犬なのに!! そんな拝金主義共に一発分からせてやるには爆破が一番だ!! 革命だ!! 武力行使だ!! おい透!! 今夜やるぞ!!」

 その目は完全に異常者のそれだった。


 □


 俺たちの決意も知らずに時間は滞りなく進む。そして決行の夜がやってきた。

 俺は黒い目出し帽に高校時代のジャージ、ジュウはこの前プールで着ていたスク水姿だ。


「よし、社員はみんな帰ったな」


「だな。でも、ジュウ。なんで水着姿なの? もし逮捕されたら罪状に露出罪が追加されるぞ?」


「死ぬときは好きな恰好で死にたいだろ?」

 ジュウが角山を見つめながら答える。今すぐ帰りたい、と思っている俺とは覚悟が違かった。俺も一番のお気に入りの、ハワイで買ったアロハシャツ着てくればよかった。


「じゃあ、行くぞ。作戦決行だ」


「そういや今更だけど、どうやってビルを爆破させるんだ? これからビルに侵入して爆弾とかダイナマイトとか地雷女とか仕掛けるのか? 夢かわなのか?」

 今の今まですっかり忘れていた。いや、昼飯にピザ食べてる時に一回聞いたっけ。

 ダメだ覚えてねぇ。無職になってから人間性能が半減した気がする。


 俺の問にジュウは「なんだそんなことか」と鼻で笑った。


「それはな、こうやるんだ!!」

 ジュウは日本の出版界を牛耳る角山に向かい右手をかざすと


「死ね!! 腐れ不細工ども!!」

 百デシベルの大声で罵倒した。すると、右手から丸くて大きい、フジテレビ本社の球体部分並みに巨大な黒い塊が放たれ、角山に直撃。ダイハードの様なド派手な爆発の後に、角山はファイトクラブの名シーンの様に無残にも崩壊した。



「ヒャッハー!! やってやったぜ!! 拝金主義の馬鹿野郎ども思い知ったか!!  疲れた奴等から金を奪い取るだけの詐欺師が!! 何が『なろう系小説は読むバファリン』じゃ、なにが『ソシャゲとなろう系があれば生きていける!!』じゃあ!! だぁほ共!! 書店を汚す老廃物が!! てめぇらのせいで日本の小説文化は世界からの笑われ者じゃ!! 文化的荒廃じゃ!! 作者の姿が透けて見える糞都合のいいテンプレ展開ばっかりこぞって書きやがって。『広辞苑』の独創性の欄を千回音読しろ模倣犯が!!  悔しかったらエロと美少女と冒険なしで現代日本を舞台に一作書いてみろってんだ!! 仏壇に供えられねぇ作品作ってんじゃねーよ!! 反省しろ!!」

 ジュウは締めに中指を立てた。

 俺はその言葉を聞いて気づいた。



 これはジュウだけの言葉じゃない。みんなの言葉だ、叫びだ。

 だから、この角山爆破もジュウが悪いとか誰が悪いとかはない。

 みんなの、みんなの思いなんだ。


 だから俺は悪くない。


「あースッキリした。じゃあ透、帰るぞ。」

 そういってジュウは駆けだす。


「あ、ちょっと待って!!」

 任務は果たされた。俺は悪くない。



 □



 角山を木端微塵こっぱみじんにした後、やつれたリーマンと同じ終電に乗りノブレス・オブ・リージュまで帰ってきた。


「透、今日は助かったよ。明日は休養日にして明後日は、サーバー? だっけ。爆破しに行くぞ」


「ちょい待ち」

 部屋に戻ろうとするジュウを呼び止める。


「今回の作戦に俺って、必要だった? 何もやってないんだが」


「あぁ、いざって時のトカゲの尻尾・・・じゃなくて、スケープゴーじゃなくて、あーえーと、ほらよく言うだろ、一人より二人って」

 そういうことだよ、と言い残しジュウは去っていった。

 石ぶつけてやろうかと思った。



 俺は、俺は、何て事をしてしまったのだろう・・・。

 何かとんでもないことに首を突っ込んでしまった気がしてならなかった。


 タイムマシンが欲しかった。どうせなら小学生時代まで戻って人生無双したかった。


 □





 角山爆破から一日、俺は自室で寝込んでいた。精神的な疲労が原因だと思う。

 彩には、今日はちょっと遊べない、と伝えてある。


「明日も爆破するのか」


 角山の一件はニュースになってるだろうか。ワンチャン、みんな気づかない、って可能性はないかな。逆に「よくやった!!」って文部科学大臣から表彰されないかな。

 あれ、ちょっと待って。


 俺、昨日何してたっけ?

 確かずっと家に居たよな?

 午前中は彩と遊んで夜は部屋に侵入してきたありと追いかけっこしてたよな。そうだよ、俺は何も関係ないよな。


「うわっ!!」

 突然ドンドンッと玄関が叩かれた。


 まさかもうサツが来たんか? いくら何でも足が付くの早すぎないか? なんでこんな時に限って有能なんだ。いつもはネズミ捕りか職質という名のナンパばっかりしてるくせに。しかも、盗まれる様なものなんてないから俺のドアは常時開放オート・ノーロック。ドアノブさえ回せばポリ公だろうとマッポだろうと歓迎ようこそしてしまう。


 豚箱は嫌だ。掘られるのは嫌だ。


 俺は布団から飛び起き窓へ一直線。そして窓枠に足をかけて、


「おじさん生きてるー? って何してるの?」


 玄関を開けて入ってきたのは、彩とその友達だった。確か金髪ツインテロリの方が劇至高げきしこうみゆきで、クリーム色のゆるふわヘアーが出茅根でちねあそびだっけ。


「いや、その、天気がいいから窓開けて換気でもしようかと。あと、ついでに通行人に唾を当てる練習でもしようかと」


「おにーさん、おひさーっていやーん!! おにーさんパンイチ~!! 襲われちゃう~☆」


「調子が悪いと聞いたのでお見舞いに来ました。はいこれ。回復祈願のお守りです」


「中に彩達の毛が入ってるから効き目ばっちりだよー」


「そうか。みんな、ありがとう!!」

 俺はかなりショックを受けてることを悟られない様に、努めて元気よく対応した。


 そうか。皆もう、生えてるんだ。


「じゃ、お邪魔しまーす」

「お邪魔します」

「おじさん、トランプしよー」


 どすどすと若い女が入室する。部屋の中に脳を刺激する匂いが充満する。

 こいつら、自分が被捕食者って自覚がまるでないな。


 よし。ここは大人の男として、いっちょ男の野蛮さを教えてやるか。


 ターゲットは、一番弱そうな、遊だ。


 俺は窓枠から足を下ろし、振り向きながら


「旨そうなおっぱいだなぁーーー!?」


 と、遊びに一直線タックルし煎餅せんべい布団ふとんへ押し倒す。

 遊に馬乗りになり頬を舐める。

 ひゃん、とかわいい声が聞こえた。


「いいか? 男の部屋に入るってのはなぁ、『食べてください』ってことなんだよおおおおおお!! いただきまーす!!」

 俺は礼儀に従いそのデカい胸を三度揉み、自分のパンツを下ろしにかかる。


 ふとそこで一つの異変に気付く。


 俺の愚息、寝てる。

 若い女の子のおっぱい揉んだのに、すやすやしてる。


 きっと罪悪感イー・ディーによるものだった。



 □



「よっし、ここでオシャレかくめーい☆ そして上がり!! 遊の負け―」


「あらあら、みんな強いですねー」


「遊弱すぎー☆ じゃあ、スカート脱ぎ脱ぎな!!」


 後ろから衣擦れの音がする。どうやら脱衣大富豪も佳境に入ったらしい。

 が、部屋の隅で体育座りしている強姦未遂者こと俺には関係ない。


「おじさーん、いい加減一緒に遊ぼうよー。不能は恥ずかしいことじゃないよー」


「嫌だ。それに強姦アクティブ・ラブ・アタックしかけた女の子とトランプするってどんな神経だ。あと不能って言わないで、せめて『良心ある愚息カインド・マイ・サン』って言って」


「おじさん、ややこしい事言ってないでトランプしようよー」


「私は気にしてませんよー。お客さんの中にはもっと激しいプレイする人もいらっしゃいますし。浣腸腹パンとか」


 お客さん?


「えーこわーい☆ あーしのお客さんはどM が多いから、逆にあーしが玉蹴りとかひどいことする側だなー☆」


「ちょっと待って。もしかして二人とも援助交際グッド・サポートしてるの?」

 俺は非処女率が急上昇した娘たちの方を向く。


「はい。お金欲しいので」


「あーしは楽しーから!!」


「ダメだよそんなことしちゃ!! もっと自分を大切にして!! 一人一晩幾ら!?」


「ホ別七五です」

「ホ別八万!!」


「たっか。若さに胡坐あぐらかいてんじゃねーぞ」


 いや、待てよ。通信高校に通ってるドロップアウト品とは言え、現役女子高生と一発やれるならむしろ安いのではないか?

 えーと、俺の一か月の失業保険が七万五千円だから・・・。



「ちくしょう!! 足りねぇ!! 分割はダメか!? もしくは体で払う!!」


「現金一括じゃないと駄目ですねー」


「ちくしょう!! 資本主義のメス豚どもめ!! 俺がせめて手取り二十万だったら!!」

 今以上に己が低所得を恨んだことは無い。


 あ、一回あるか。


 正確には親に「社会人になったから毎月三千円の仕送りするよ」って言った際「いいのよ無理しなくて。気持ちだけで十分だから。いやほんとに無理しないで。マジで。うん、マジで」と気を遣われた時以来だ。


「分割ってw おにーさん、貧乏で不能でせ型で甲斐性かいしょう無しで職無しってww ウケるww」みゆきが腹を抱えて笑う。


 貧乏 不能 瘦せ型 甲斐性無し 職無し 痩せ型 

 その言葉は俺の心を容赦なくえぐった。


 畜生。いつか大手企業の正社員になって必ず買ってやるからな。くすぐり責めしてやるからな。


「ねぇ。いい加減おじさんもトランプやろうよー。次はババ抜きだよー」


「そうですね。トランプはたとえデクの坊でも人数がいた方が盛り上がりますし」


「でも、その年で無職になっちゃう、くそざぁこ(笑)おにーさんはきっと運もくそざぁこ(笑)だろーからきっとビリッケツだよw」


 こいつら・・・。それが傷心EDにかける言葉か。


「てめぇら返り討ちにしてやるよ!! 俺が勝ったら売春代一万円にしてください!!」


「しょうがないですね」

「きゃは☆ いいよー」


 こうして一世一代の勝負が始まった。



 俺は惨敗した。ビリばかりだった。

 みゆきの言った通り、運も実力もクソ雑ぁ魚だった。


 □


 トランプがひと段落つき、俺達はみんなが持ち寄ったお菓子を食べながら雑談していた。人の金で食うポテチ(海苔塩)は最高だった。


「お二人は、昨日更新された『ネオニート』読みました?」

 遊が問いかけた。無論、このお二人とは彩とみゆきの事を指している。


「あーし読んだ!! やっぱ『ネオニート』おもろいわー」


「私まだだから後で読ませて」


「いいですよー」


「その『ネオニート』って何? 俺の悪口?」


 可愛い女の子に殴る蹴るされるのは好きだが、言葉の暴力は辛いだけなのでやめて欲しい。


「違いますよ。ネット小説のタイトルです。『レ・ゼロ~ネオニートの俺が転生したら慎重なスライムだらけの隠しダンジョンで魔法科高校の盾の美少女に祝福された件について』、略して『ネオニート』です」

 タイトルと言うより最早それが一つの作品であった。自由律短歌だった。


「最近流行っててめっちゃおもろいんだよー☆ あーしの生きるかて!!」


「私も好きー」


「へぇ。そんなに面白いんか」

 なんでだろう。ひとかけらも読みたいと思わないし、なんなら既に飽きてる。

 胃がもたれてきた。


「なんつーか、読んでて元気出てくるんだよね。こんなあーしでも生きてればいいことあるんじゃないかって」


「そうそう。落ちこぼれに優しい話ですよね」


「同じニートでも主人公とおじさんは大違い」

 彩の言葉にみんながどっと笑う。


「てめーらやっぱり馬鹿にしてるな!! 大人の怖さ思い知らせてやる!! 次は神経衰弱な!!」


 キャー怒ったー、と楽しそうな声。

 今だけは昨日の事と明日の事は忘れよう。



 俺はまた負けた。

 一組しか取れなかった。明らかに脳の機能が低下していた。







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