34_福原市役所マル暴課直系雑草駆除部無職根絶組社会復帰サポート課
「先輩、では行ってきます!!」
「行ってらっしゃい。でも、本当に一人で大丈夫? あそこ隔離されてるのは一癖も二癖もある人達ばかりだよ?」
「大丈夫です!! いつまでも先輩に甘えていられませんから!!」
私はポンと一度胸を叩く。
「そう。あんまり無理しないように」
「はいっ!! では、行ってきます!!」
「はーい。本当に大丈夫かねぇ」
ま、今はかわいい後輩を信じるしかないか。
□
「よしっ、ついた、と」
覆面パトカーを飛ばすこと四十分、私は目的地である『ノブレス・オブ・リージュ』に着いた。
明日取り壊されてもおかしく無い、到底人が住んでいるとは思えない外観。だが、信じがたい事に、この掃き溜めにも人は住んでいる。
悲しいがこれが現実。現代日本の闇。目を逸らしてはいけない。
でも、泣いてる人がいるなら涙を拭いてあげればいいように、悲しい現実があるならそこから救い出してあげればいい。
諦めるにはまだ早い。
「よしっ」一度顔を叩く。
□
階段を登り二階へ。目的地は210号室、色無透。彼を社会へ復帰させる、それが私の使命。
ドアの前に立ち、唇を舐め、ノックする。
時刻は午前九時。この時間に起きていることは調べがついている。
さぁ、迷える子羊さん、私に救われて下さい!!
「あれ?」
返事がない。おかしいな、この時間は起きていて、隣部屋に移動する用意をしてるはずなのに。
コンコン
再度ノック。慌てず待とう。
コンコン
遅い。
もしかして寝てる? それか部屋の中で倒れてる? 職なしの金無しだから道端に落ちてる芋けんぴでも食べてお腹を壊したのかもしれない。
ラストノック。
これで出ないなら救急車を呼ぼう。これまでで一番力強く。
コンコン。
ガチャっとドアが開く。
「はい。健康です。規則正しく起きてます」
出てきた。これがこの部屋の主、色無透。
冴えない顔、可哀想な頭、恵まれない体。
な、なんて、なんて救いがいのある外見をしてるんだろう!!
「あのー何か用ですか?」
「あの、私、市役所の社会復帰サポート課から来たのですが」
「お疲れ様です。間に合ってます」
「あ、ちょっと待って下さい!! 扉を閉めないで!! 今、あなたがしようとしている行為は、他の人が行う『扉を閉める』という行為とは意味合いが、持つ重みが違います!! それと私達は間に合ってない方、足りない方の元にしか来ませんので!! その断り方は無意味です!!」
扉に靴を挟み、拒絶を拒絶する。
「すいません。今、朝ごはん作ってるので」
「ガスコンロで直接、炙っただけの食パンを朝ごはんと呼ばないで下さい!!」
「では、何て呼べば。てか、何故それを」
「飯もどき、とか、食べられるだけのモノとかでいいんじゃないですか。それに市役所は犯罪にならないことなら何でもできますから!! ところで人もどき、じゃなかった、色無さん!!」
「は、はい」
「あなた、職を失ってから随分立ちますが、就職状況の方はいかがですか?」
「すみません、腹痛故に帰ります」
彼は扉を閉めようとするも、私のハイヒールがそうはさせなかった。
「色無さん、帰るも何もここがあなたの家じゃないですか!! 仕事から帰って、部屋でぼーっとしてたら、ふと『帰りたい』って呟いていて自分自身で驚くみたいな体験私もありますが!! 気持ちは分かりますが!! で、現在の就職状況はどんな感じですか?」
「ぼ、ぼちぼちです。失業保険ありがとうございます」
「いえいえ、国民の権利ですから。ただ、失業保険も生涯契約ではありませんから、今のうちから早めの行動を」
「明日から頑張ります!! アザスッ!!」
彼はぐいぐいと扉を引いて現実から逃れようとする。
そう、彼らはいつも何かから逃げている。
「それが駄目なんですよ!! 明日明日と先延ばしにしていると、気付いた時には手遅れ、過去の住人になってしまうんです!! そして終いには国にたかる寄生虫になるんですよ!! 親戚の集まりで気まずい思いをする羽目になるんですよ!!」
「いいもん!! 親戚の集まりなんて行かないもん!! 行ってもお年玉やらお盆小遣いで金が飛んでくだけだもん!! なんで幸せな奴らに更に幸せを送るような真似せんとあかんのや!!」
「それは分かりません。でも、色無さんが幸せになる方法なら知ってます」
「え、それ本当!? タダで教えてくれる?」
ドアが若干開き、噛みつかれていた靴が解放される。
「お金は要りません。無料で結構です」
「マジ!? 神じゃん!! マジゴッド!! メシア!! 物好き!! 暇人!! 税金泥棒!!」
ドアは完全に開かれた。色無さん越しに室内の様子が少し伺えた。
窓の付いた段ボール、彼の部屋はそんな印象だ。
「で、俺が幸せになれる、簡単で楽勝でウハウハなバラ色人生逆転マジックとは?」
「それはですね」
「
「少しでも早く就職して人並みの平々凡々な仕事を続けて、世間的な普通の人生に軟着陸することです」
「俺に地獄に帰れと!? もう一度戦場に行けと!? 帰還兵にまたベトナム行きを命ずるのかあんたは!!」
私の提案を遮り、色無さんが唾を飛ばして噛みついてきた。目が赤く血走っている。
「大丈夫ですよ!! 私達がサポートしますから!! 安心してください!!」
「嘘だ!! お上と不動屋の甘い言葉は信じねぇことにしてるんだ!! 帰ってくれ!!」
ダメだ。さすが無職、家の中だと敵なしだ。だがせめて、せめてここは次に繋がる手を打たないと
「待ってください!! せめて名刺だけでも!!」
締まろうとするドアに右手をかけ手前に力をこめる。すると、意外にもドアをすんなり止めることができた。無職は社会的にも筋肉的にも無力らしい。
「名刺渡したら帰れよ!! えーなになに」
色無さんは片手で名刺を受け取ると名前に目を通し、
「福原市役所マル暴課直系雑草駆除部無職根絶組社会復帰サポート課の」
「勝利歩と申します!! 以後、お見知りおきを!!」
敬礼しながら可愛くドヤ顔。うなれ、合コンの必殺技!!
色無さんは名刺から視線を上げると
「改名してから出直してこいっ!!」
「ええーーっっ!!」
私の名刺が・・・くしゃくしゃに・・・。
「人に蟻の気持ちが分からんように、勝利歩なんて名前の奴に俺らの気持ちは、色無透、祭花蒼、積田瞳、霧景大彩なんて名前の奴の気持ちは一生分からんだろうなぁたわけがッッ!!」
彼は私に紙くずとなった名刺をぶつける。
「月田咲あたりに改名して出直してこい!! 去ねっ!!」
響きはいいがどこか哀愁を漂わせる名前を残し、ドアはバタンと閉まった。
この薄い扉が、今では現世と冥界の境界壁のように厚く立ちふさがっていた。
先輩、やっぱり無職はおかしいです。無職になるだけあります。
対話は望めません。
市役所に戻ったら、先輩のおっぱいに癒やされよう。
渡し損ねた手土産のままどおるをポケットから取り出す。
玄関先に置いて、去る。