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3_一文無しのろくでなし





 ある晴れた日。多分平日。

 俺は一人布団の上で大の字になっていた。


 ぼんやり、天井のシミを数えていた。



 一、二、三、四・・・・



 あれ、昨日より一つ多いぞ。


 数え間違いかな。


 再度、数え直す。




 俺は自由を満喫していた。




 □



 見た目が不衛生な新居「ノブレス・オブ・リージュ」に引っ越しを済ませた。リビングは四畳半の畳張り。コンロ一つの台所とトイレは玄関近くに設けられているが、風呂は共通だった。大人四人は入れそうな広さだけが救いだった。

 次に、重要な臭気についてだが、喜ばしいことに外見からは想像もつかないほど無味無臭。ブックオフに圧勝の清廉さだった。


 トイレがあり、コンロがあり、家賃二万、最大の不安だった臭いはなし。

 意外にも許容範囲内の新居に、俺は思わず飛び跳ねた。


 深夜二時にウイニングジャンプ!! 快音と幸せを下の部屋におすそ分け!!

 

 俺の人生大逆転劇の幕が上がったぞ!!



 □



 と、数日前の俺は思っていたが、これはなんだ。


 真っ昼間から天井のシミを数えるこの日常はなんだ。

 そして、毎日シミの数が異なるのは何故だ?

 そもそも、今日は何曜日なんだ。



「何もかもがめんどくせぇ」


 失業保険の手続きも、住所変更届も、引っ越しの挨拶も、皿洗いも

 ぜんっぶめんどくせぇ。

 やりたいことは無いが、やりたくないことはやりたくない。



 明日でいいや。



 幕が上がっても、舞台には誰も立っていない。

 眠いから仕方ない。

 俺は静かにまぶたを閉じる。



「殺すぞ、殺すぞおおおおおおおお! ぜってえええええ殺すうううううううう。孫の代まで殺すうううううううううう」

 ドンっとが殴られる。騒音バリューセットに俺の瞼は営業を再開する。



 そっか、もう朝九時か。



 古本臭さはなかったが、この新居には罵詈雑言があった。



 □



 初めてその声を聴いた時はめっちゃ驚き、ガバッと飛び起きていた。

 最初は目覚まし時計のレアアラームかと思ったが、声は隣の部屋から聞こえていた。



「うるせええええええええええ。黙って死んどけええええええええ。殺うううううううううううう。ざまああああああああああああ」


 通報案件だった。

 どう聞いても隣の部屋で殺人が行われている。


 俺は一市民としての義務を果たすべく、スマホの画面をタッチした。

 しかし、あろうことか、充電が切れていた。そもそも契約も切れていた。万事休す。

 俺はせめてものつぐないに、両手を合わせ隣の部屋へ向けて合掌がっしょう。念仏の間に『俺は悪くない。やれることはやろうとした』と挟みながら犯人が自首するのを待った。



 しかし、いつまで経ってもサイレンは聞こえず、いつまで経っても物騒な声は続いていた。

 よくそんなにテンション続くなぁ。と思いながら合掌を続けていると、発狂が響きドンっと壁が殴られた。


 その音に俺は天啓てんけいを得た。

 これ、ゲームでグツってるだけだわ。対人オンラインゲームで負けまくってキレてるだけだわ。



 そう考えると物騒な物言いも、テンションの継続時間も腑に落ちた。


 よかった。ハイテンションで殺された人はいなかったんだね。


 よかったよかった、と布団にもぐる。

 晩酌の酒がまだ残ってるや。



「殺おおおおおおおすううううううううううう。サ・ツ・ガ・イ! サ・ツ・ガ・イ! サ・ツ・ガ・イ! へーーーーーーへっ!」


 眠れなかった。



 □



 入念な調査の結果。隣人の暴言には法則性があることが分かった。



 一つ、暴言はジャスト朝九時からジャスト夜七時まで続く。時間を過ぎることはなく、ぴたっと止まる。


 二つ、語彙ごいが貧弱。殺す、くたばれ、死ねぇ、の順に多く使われている。


 三つ、暴言を毎日聞かされてると、顔の知らない相手でも殺意が沸く。


 俺は東側の壁を見る。ウエハース並みに薄い壁は隣人の声を素通りさせている。

 ちゃんと壁としての仕事をしろ。働けごみくず恥ずかしくないのか。


「隣人、死なねぇかなぁ。一日だけでいいから死なねぇかなぁ」

 これが最近の口癖である。


「ぶっっっっっころすうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!! 死ねえええええええええええええええええええ!!」


 こうやるんだよ、と隣室から暴言のお手本を示される。

 これだけ殺意を込めててもこれほどまでに叫んでも、回線越しの相手には全く伝わらないんだよな。切ないな。


 だから、俺は文字に起こすことにした。

 前の住人が置いていったであろう古びた2030年のカレンダーを一枚切り離し、裏面に思いの丈を詰め込んだ。マイネームペンで大きくこう書いた。



 お前がしね。

 すぐしね。



 とんだ引っ越し祝いになっちまったぜ。HAHA

 明日にでも郵便受けに入れるつもりだ。

  





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