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13.5_困ったときには唱えてみよう!!





「では、どうぞ! 汚い部屋ですが」


「おじゃましまーす」


 蒼に続いて玄関をくぐる。足元には畳、頭上には年季の入った天井。彩の部屋とは違い、俺の部屋と同様のレイアウトにほっとする。



 しかし、その配色はかなり違っていた。



 熊のぬいぐるみやカーペット、布団カバーやテーブルがすべてショッキングピンクで統一されていた。これは少女趣味、というくくりでいいのだろうか。

 唯一例外として、部屋の隅に置かれた箱? だけ茶色く異彩を放っていた。中に何が入ってるんだろう。



「あ、やっぱり変っすよね。名前が蒼なのに部屋がピンクピンクしてて」

 蒼は照れたように頬を人差し指で掻く。


「でも、好きなんですよ。ピンク色。もちろん蒼って名前が嫌な訳じゃなくて、なんというかその、元気が出るっていうか」

 蒼はぬいぐるみを高い高いしながら言う。



「いや、別に変じゃないよ。俺だってとおるって名前だけどスケスケよりチラチラの方が好きだし。しかも、趣味なんて等しくくだらなくて個人的なものだし、何よりここは蒼の部屋なんだから蒼の好きな色に染めていいんだよ」

 蒼、それにな。お前には部屋の色合いよりも、もっと気にすべきことがあるだろ。



「透さん。ありがとうございます! 布団畳みますからちょっと待ってください! あと煎餅せんべい出しますね!」

 蒼がしゃがんだ拍子にシャツが上にズレ、ピンクの布が顔を出した。

 当たり前のことが当たり前に起こる世界に、俺は深くうなずいた。


 こういうのでいいんだよ。


 しかし、この部屋には一つ、大きくよろしくないことがある。

 

 それは、壁だ。

 

 この部屋の壁にはびっしりと新聞やら雑誌やらのスクラップや地図、自作のポエムなどが貼られている。壁の薄さと相まって、この部屋と隣部屋は紙で区切られている、と言っても通用するレベルだ。



 ピンク色の生活具と灰色の壁が水と油の如く分離している。

 この部屋にいるだけで三半規管にダメージが蓄積されていく。

 ただ、さっきあんな綺麗事を言った手前、「趣味わりぃというか頭わりぃというか頭おかしぃ部屋だなあはは」と一般人の感想を吐くことはできない。

 もっと考えて発言するべきだった。ぬかった。


「お待たせしたっす。ささ、座って座って。煎餅もどうぞ」

「あざす!! 頂きます!!」

 俺はまがりせんべいに手を伸ばし、遠慮なく袋を開く。


「でも、驚きました。まさか夢で出会った人と現実でも出会うなんて。これはあれっすかね。なんかの暗示か、運命なんですかね」

 一口かじる。バリッという爽快な音と共に口の中に醤油味が広がる。たまらん。やっぱり日本人は醤油と味噌だよな。


「あ、でも誤解しないでください。私、オカルトとか迷信とかを妄信してるわけじゃないっすから! どっちかって言うと現実にしか興味がなくて、だからこそ、現実というリアルな世界にどうしてそういった事柄が伝わるのか、ってことに興味があって調べてるんすよ! そして、将来的には月刊ムー的な雑誌の編集になりたいんすよ!!」

 うんめぇ。うんめぇ。煎餅うんめぇ。こんなにうまかったっけ? 流石一袋十六枚入りで百八十八円もするだけはあるわ。こんなうんめぇんだから多少高くても買うわ。あー、このボリボリとした食感、たまらん。パンの耳が原始人の食い物に思える。文化開花万歳。



「ところで透さん、あの夢、やけにリアルじゃなかったっすか? 何か巨大な戦艦? みたいなのが攻撃してきて。月は現実みたいに近くまで迫ってきてて。これはあれですかね、現実の月の接近と、最近、ちまたで噂されている異人種との取引、あと女の子消失現象ともなんか関係があるんすかね? てか、透さんよく食べますね」


 もう何枚食べただろう。仮に十枚食べていたとしても、まだまだ満足していない。もっと食べていたい。まったく何て旨いものを作ってくれたんだ。この規格外のうまさ。これなんて食べ物だ? 今度買うから教えてくれ。



「あのー透さん。ちなみにそのお煎餅、招待特典で無料になっているのは最初の一つだけで、二つ目以降は一つ五百円の有料煎餅に」


「殺すぞてめぇ!! ぶっ殺すぞっ!! 殺すぞっ!!」


 いつの間にか立ち上がっていた俺。眼下には呆気にとられた、煎餅の破片まみれの蒼の顔があった。そして俺は最後にこう言った。



「お茶ほしい」


「い、一杯三百え」


「殺すぞっ!!」


 程なくして、一杯の麦茶がテーブルに置かれた。




 殺すぞっ

 それは、人にはあまり教えたくない、すべてが無料タダになる魔法の言葉。



 多用は厳禁———。

 あと、自分より弱そうな相手にだけ唱えること―――――。




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