11_ここがすごい!!
ゴールを一番に通過したのはワリオだった。
「やったー!! 彩の勝ち! やっぱり彩がイチバンデース! よっしゃ! ざぁこ!」
「うわー負けたー。やっぱり彩には敵わないなぁ」
「でしょー」
彩はにしし、と笑ったりしなかった。
俺の理想の展開はいつだって叶わない。俺が手を抜いたため、計画通り一着は彩になった。
だが、彩は歓喜の声を上げるでも罵声をあびせるでもなく、陰りのある背中を俺に見せるばかり。
□
さっきのは失言だった。ただ、ノリだけで言ったわけではない。
前いた学校でなくてもいい。夜間の学校でもいい。
どこでもいいから高校に通って卒業してほしかった。
これは俺の本心だ。
彩はまだ若い。俺とは違ってまだまだやり直しがきくし、人生で一番自由で自堕落で楽しい大学生活というメインイベントも控えている。人生を捨てるなんてとんでもない。 顔だって赤点じゃないし、声はかわいい、勉学はわからんが格闘ゲームのフレームやコンボレシピを覚えられるんだから決して馬鹿ではない。
そして何より、若い。これが何より強い。
人生のピークは大学等を経て社会に放り出されるまでの数年間で、端的に言えば二十代前半までである。人間としての寿命はそこで尽き、それ以降は消耗品へと強制的に降格され、摩耗しきるまで何かの罰の様にこき使われる。
そのことを踏まえると、彩の余命はもう数年で終わりを迎えてしまうことになる。そんな貴重な人生の黄金期を格闘ゲームと貧乏アパートと無職の異性とで浪費してほしくない。だから、少し急かしてしまった。
でも、でもな、彩、
時間は思ったより長くないんだ。本当に。
土下座しながらこれを伝えれば、きっと彩も分かってくれるはず。てか許してくれ気まずくて死にそうだ。
「なぁ、あ
「彩だって」
「彩だって普通に学校いきたかったよおおおおおおおお」
彩はそう叫ぶと俺の薄い胸に顔を埋めた。胸に湿り気を感じた。
有罪確実の状況。だが、拒絶することなんて出来ない。
俺は彩の頭に右手を置き、優しく撫でる。
未成年に胸を貸して、逮捕される人生も悪くない。
□
「落ち着いたか?」
俺の胸から離れた彩がこくん、と一度うなずく。その目は若干赤くなっていた。
「さっきはごめんな。彩の気持ちも考えず勝手なこと言って。本当にすみませんでした」俺は頭を深々下げる。これで気が収まるといいが。
暫く沈黙が続く。
俺は彩が何か言うまで頭を上げるつもりはない。
「おじさん、顔上げて」
従い、俺は恐る恐る顔を上げる。報復のビンタに備え頬に力をこめる。
「彩こそごめんね。突然抱き着いたりして。でも、おじさんの言葉に効いてヘラッたわけじゃないの。ただ、自分より遥かに終ってる無職のおやじに遠回しに正論ぶつけられた自分が情けなくて、それで泣いちゃったの」
俺は目頭が熱くなった。
「そ、そうだったのか。確かにそれは情けなく感じるよな。俺も年下の上司に説教されてる時、何度も泣いちゃったもんあははははは」
あなたさぁ、何度同じミス繰り返すわけ? 話聞いてる?
あなたがしょうもないと私までしょうもないと思われるんだけど
ほんっと頼むよぉ。本当に
もういい。別の人に回すから
おい、能無しじゃなかった、色無。ちょっとこっち来い
ほんっとなんていうか。はあぁ
お荷物どころか廃棄物
まともにコピーも出来ねぇのかよ
はぁ。もういい。壁とおしゃべりしてろ
ねぇ。今夜、ウチ来ない?
忌まわしき過去。あんな職場離れて正解だった。
「おじさん。なんかごめん」彩が申し訳なさそうな表情をする。
「いやもう全然平気だから。本当に克服したから。うん。ほんっとに。そうだ、仲直りの証に夕飯はラーメン食いにいくか!」本当に全然平気な俺は余裕の提案をする。
「ほんと!? いいの!?」彩の顔がぱぁっと明るくなる。
「いいのいいの。こういう日があってもいいの」今月はもう飯抜きだな。
「半分子じゃなくて、一人前のラーメンを一人で食べてもいい?」
「もちろんもちろん。一人前は一人で食べきるためにあるからな!」
「やったー!! 海苔乗せてもいい?」
「海苔、か。海苔はそうだなぁ。値段幾らくらいだ?」
「五十円!」
「よし、それならオッケーだ! ただ、一枚俺にもくれ」来月は半月断食だな。
「うわあああああああい!! じゃあじゃあぎょうざ」
「調子に乗るな」
「ごめんなさい・・・」
「ただいまー。なんかデカい声が聞こえたが大丈夫か?」
振り向くと明日夏が玄関でハイヒールを脱いでいた。
「あ、明日夏さん、おかえりなさい」
「あ、お姉ちゃんおかえり! うんとね、おじさんがラーメンご馳走してくれるから嬉しくてはっちゃけちゃった!」彩はぴょんぴょんと飛び跳ねる。天井からほこりが舞い降りる。
「しかも、一人前を独り占めしていいって! あと、海苔付き!」
有頂天! といった様子で彩がくるっと半回転。俺はそれを微笑みながら見つめる。
ラーメン一つでこんなに喜ぶなんて。一体どんな生活を。そもそも一人前を独り占めって、そんな日本語聞いたことないぞ。
「おー! それは豪華だな! 餃子は? 餃子はどうだ!?」
「それは『調子に乗るな』だって!」
「あははそっかそっか。でも、どうやって奢ってもらう流れになったんだ?」訝し気な顔で明日夏が俺を見る。
「うんとそれはねー」
まずい。このまま彩がゲロってあの一連の流れがシスコンの明日夏に知れたら、俺がちぢれ麵になっちまう。
「おじさ」
「だああああぁだああああぁだあああ!! だあああだあああだあああだあああ!!」
こうするしかなかった。二人はきょとんとした表情を浮かべている。
「おじさんが彩に」
「だああああぁだああああぁだあああ!! だあああだあああだあああだあああ!!」
「がっこう」
「だああああぁだああああぁだあああ!! だあああだあああだあああだあああ!!」
「うるさいんじゃ!!」明日夏が俺の右頬を張る。舌を噛みそうになった。
「ったく、よくわからないがやましいことがあるってことだけは分かった。ただ、今回はラーメンに免じて歯牙にかけないでおく。ただ、次はないぞ。あとあたしは塩ラーメンな」
「え、あなたは自腹で」
「塩ラーメンな」
「は、はい」元ヤンだ。あのガンの付け方は絶対元ヤンでレディース上がりだ。
「うっし。じゃあ、彩。ラーメン食いに行く前にがっこーの宿題終わらせとけよ」
「はーい」彩が手を上げ返事をする。
今、聞き間違いか?
「明日夏さん、今何て?」
「ん? がっこーの宿題終わらせとけよって」明日夏はケロっと言った。
「え、え、ちょっと待って。明日夏さん、彩ってゲーム中毒の引きこもりで学校行ってないんじゃ?」
「あれ、言ってなかったっけ。彩、現役JKだぞ。今年で卒業予定だ」
明日夏はこともなげに言った。無論、寝耳に水の初耳だった。
話が違っていた。
「で、でも、毎日家に家にいるのに高校卒業できるなんてそんな夢みたいな話」
「おじさん! そんな夢みたいなことが出来るんだよ! このM高なら!」
彩が一冊の教科書を見せてきた。その表紙の下には「M高指定優良教科書」と刻んであった。
「M高だって!? M高ってあの時代の最先端であるネット授業を採用してて、入学試験に学力テストの必要がない、あの!?」
「そう!」
「実際に高校に通わなくちゃいけない日数が三年間累計で一か月もない、あの!?」
「そう!」
「高校卒業への必修科目に加え、プログラミングや機械学習等、課外授業にも力を入れている学びの百貨店とも言うべき、あのM高!?」
「その通り!」
「おみそれしました」ははぁ~と平伏する。
「これはもう入学するっきゃないね!」
「みんなもM高で最高の青春を取り戻せ!」
「願書、絶賛募集中よ!」
その後、みんなで好楽苑に行った。